2013年04月30日

後藤明生を読む会(第16回)のお知らせ。

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2009年の年末以来、大学時代の同窓生たちと内向の世代の小説家・後藤明生(1932年〜1999年)をめぐる勉強会を立ち上げようと話し合って来た。これまでに何度も会合を重ねた。そして、2010年8月29日に第1回の読書会をもよおすことが出来た。以後、勉強会を重ねて来ている。前回の勉強会のことは3月25日の日記に記したとおりである。参加は自由である。興味のある方はいらっしゃって下さい。

■第16回後藤明生を読む会の御案内
2009年の暮れから有志で集まり、内向の世代の文学者・後藤明生の評論集を制作・刊行してみようと話しあってまいりました。それに先立ち、後藤明生の文学をより深く理解するため、これまでに「後藤明生を読む会」を企画・運営し続けております。後藤作品について共同で討議をするなかでお互いの認識と協同性を高めあい、後藤明生論集を執筆・刊行してゆく道筋をつけていければと考えております。特に発表者と聞き手とが相互に入れ替わることで各人がテクストの読み手であると同時に書き手であるという相互変換的な存在へと成長していければと願っております。
さて、来る6月30日、第16回の「後藤明生を読む会」をもよおします。参加資格などは一切ありません。万障お繰り合わせの上御出席下さいますよう御案内申し上げます。

日時  2013年6月30日(日)13:00〜17:00
場所  プレラにしのみや603集会室(西宮市高松町4-8)→こちら
最寄駅 阪急西宮北口駅
テキスト 後藤明生『使者連作』(集英社)
会費 500円程度(参加者数によって変動します)
その他  終了後、近くの酒場で懇親会をおこないます(会費は別途)/会場を確保する際に「嚠喨の会」名儀で登録している場合がございますが、気にせずお越し下さい
タグ:後藤明生
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2013年04月29日

高御門町の西光院。

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奈良町の西光院(奈良市高御門町21)は「はだか大師」(木造弘法大師坐像)の寺として知られる。今日は奈良町界隈に出たついでに西光院を訪れた。久し振りの拝観である。声をかけて本堂に上がらせていただく。「はだか大師」は、その名のとおり、裸形の弘法大師像である。裸形の上に本物の衣服を着せてまつられているのが珍しい。仏像に本物の衣服を着せている近辺の仏像としては小川町・伝香寺の地蔵尊などが挙げられるが、こういった風習がいまでも残されているのがまことに興味深い。「はだか大師」の脇に安置されている地蔵菩薩立像も見逃せない。地蔵菩薩立像は1548年の作。宿院仏師・源次らによって作られたものであるという。確かにその面相は宿院仏師のそれである。重要文化財に指定されている十一面観音立像は、現在、奈良国立博物館に寄託されている。常設展の「なら仏像館」でいま一般に公開されている。奈良町を訪れる観光客は多い。しかし、西光院の「はだか大師」の存在を知るものは圧倒的に少ない。奈良町を訪れると、是非、拝観しておきたいお寺である。
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2013年04月25日

東大阪市の中甚兵衛顕彰碑。

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中甚兵衛の偉業を顕彰して建てられた石碑は、近鉄東大阪線の吉田駅を下車して北へ徒歩5分、今米公園の一角に建っている。中甚兵衛は江戸時代中期の人。それまで河内平野へ流れ込んでいた大和川を現在の堺市方面へ付け替えることを幕府に対して訴え続けた郷土の偉人である。甚兵衛の末裔に当たる中九兵衛好幸の『改流ノート』(天理時報社)や『甚兵衛と大和川〜北から西への改流・300年』(大阪書籍)によると、江戸時代、土砂の度重なる流入によって天井川となった大和川は子流が多いこともあって洪水のたびにその被害地域を拡大させていた。当時、大和川の流域に暮らしていた人々は幕府に大和川の治水対策を請願する。その請願者有志の中心にいたものこそ中甚兵衛であった。紆余曲折の末、幕府は1703年に大和川の付け替えを決定し、翌年の2月より工事がはじまる。そして、わずか8ヶ月でその付け替え工事は完了したのであった。顕彰碑は1915年の建立。前年におこなわれた叙勲に際して、甚兵衛に従五位が与えられたのを記念して、地元の有志が建立したものであるという。現在にいたる大阪の繁栄の陰に甚兵衛を中心とした有志の尽力があったことを忘れてはなるまい。
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2013年04月22日

梅田で一杯。

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大学時代の同窓生と再会したことは昨日の日記に記した。そのときに訪れたのが“ビアブルグ梅田”(大阪市北区芝田1-8-1 DDハウス1F)である。Kの行きつけのドイツ料理店であるという。ドイツ料理といえば、やはりビールである。まずはビールで乾杯をした。ビールを呑みながらソーセージの盛り合わせなどを注文。ビアホールに相応しい店内の作りも良かった。最初の乾杯の折、チロリアン風の衣装を身にまとった女性店員が親指サイズの小さなビールジョッキの玩具を手にしながら「今日はお疲れさまでした!」といって一緒に乾杯してくれるのも愉快であった。後半は焼酎の水割りに移行し、ドイツビールの店にそぐわない酒をがぶがぶ呑んでしまった。
タグ:ビール
posted by 乾口達司 at 22:44| 奈良 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | グルメ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年04月21日

同窓生と。

昨夜は大学時代の同窓生たちと会うことになった。参加したのは2人のKと2人のO、そして、私であった。特に女性のKと顔を合わせるのは十数年振りではなかろうか。しかし、その容姿や話し方がまったく変わっていなかったため、安堵をした。今回の会合は今年の2月に亡くなった恩師の追悼集会をめぐる意見交換を目的としたものであった。話は弾み、企画が動き出しそうである。企画の進行により、しばらく会えないでいるその他の旧友たちとの再会もあり得るだろうか。いまから楽しみである。
タグ:大学
posted by 乾口達司 at 21:29| 奈良 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 同窓会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年04月19日

秋篠町の秋篠寺・東塔跡。

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秋篠寺(奈良市秋篠町757)にはかつて東西2基の塔が建っていた。写真は南門の内側、参道の東手に位置する東塔跡である。ご覧のように、周囲よりもいくらか盛り上がった土檀の上に複数の礎石が残されている。なかでも、ひときわ大きいのは塔の心礎であると思われる。それ以外の礎石は心礎の周囲を支えるものであったのだろう。あたりにはかつて塔の屋根を覆っていたと思われる布目瓦の破片が散布している。秋篠寺を訪れると、必ず東塔跡にも足をのばす。
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posted by 乾口達司 at 22:27| 奈良 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 散策 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年04月18日

秋篠町の秋篠寺。

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秋篠寺(奈良市秋篠町757)には、散歩を兼ねて出掛ける。先日、訪れたときには境内の樹木は青々としていた。新緑の季節である。まずはかつて講堂として使われていた現在の本堂(国宝)に入り、本尊・薬師如来坐像をはじめ、檀上に居並ぶ諸仏を拝観する。薬師如来坐像の尊顔は、下から見上げると、我が家に縁のある坊主の御顔にそっくりである。薬師如来坐像に拝するたびにいつもニヤリとしてしまう。秋篠寺を代表する名仏・伎芸天立像の前には相変わらず拝観者がひしめいていた。写真は本堂の南方に位置する金堂跡を撮影した一枚である。かつて金堂が建っていた場所には一面に苔が敷きつめられており、ここに御堂があったことをうかがわせるものは何もない。樹木の青葉と同様、苔は早くも青々としていた。梅雨に入ると水分をふくみ、その色はよりいっそうあざやかになる。秋篠寺のもう一つの魅力である。
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2013年04月17日

兵庫・岡山紀行(夢前町の飛び出し小僧7)

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兵庫・岡山紀行(仁豊野)→こちら
兵庫・岡山紀行(常福寺)→こちら
兵庫・岡山紀行(宮ノ前古墳群)→こちら
兵庫・岡山紀行(親王塚)→こちら
兵庫・岡山紀行(性海寺)→こちら
兵庫・岡山紀行(置塩城跡)→こちら
兵庫・岡山紀行(弥勒寺)→こちら
兵庫・岡山紀行(弥勒寺宝塔)→こちら
兵庫・岡山紀行(若王子神社)→こちら
兵庫・岡山紀行(花山法皇御輿屋敷跡)→こちら
兵庫・岡山紀行(太陽公園)→こちら
兵庫・岡山紀行(日応寺)→こちら
兵庫・岡山紀行(安養寺)→こちら
兵庫・岡山紀行(備前国総社宮)→こちら
兵庫・岡山紀行(与太郎さま)→こちら
兵庫・岡山紀行(由加神社本宮)→こちら
兵庫・岡山紀行(蓮台寺)→こちら
兵庫・岡山紀行(天石門別保布羅神社・釈塔様)→こちら
兵庫・岡山紀行(近水園)→こちら
兵庫・岡山紀行(夢前町の飛び出し小僧1)→こちら
兵庫・岡山紀行(夢前町の飛び出し小僧2)→こちら
兵庫・岡山紀行(夢前町の飛び出し小僧3)→こちら
兵庫・岡山紀行(夢前町の飛び出し小僧4)→こちら
兵庫・岡山紀行(夢前町の飛び出し小僧5)→こちら
兵庫・岡山紀行(夢前町の飛び出し小僧6)→こちら

姫路市夢前町には人型(少年少女)とは異なる飛び出し小僧も存在した。写真のそれは町の各地で多数見られた。町のイメージキャラクターなのだろうか。不思議なキャラであった。
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2013年04月16日

兵庫・岡山紀行(夢前町の飛び出し小僧6)

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兵庫・岡山紀行(仁豊野)→こちら
兵庫・岡山紀行(常福寺)→こちら
兵庫・岡山紀行(宮ノ前古墳群)→こちら
兵庫・岡山紀行(親王塚)→こちら
兵庫・岡山紀行(性海寺)→こちら
兵庫・岡山紀行(置塩城跡)→こちら
兵庫・岡山紀行(弥勒寺)→こちら
兵庫・岡山紀行(弥勒寺宝塔)→こちら
兵庫・岡山紀行(若王子神社)→こちら
兵庫・岡山紀行(花山法皇御輿屋敷跡)→こちら
兵庫・岡山紀行(太陽公園)→こちら
兵庫・岡山紀行(日応寺)→こちら
兵庫・岡山紀行(安養寺)→こちら
兵庫・岡山紀行(備前国総社宮)→こちら
兵庫・岡山紀行(与太郎さま)→こちら
兵庫・岡山紀行(由加神社本宮)→こちら
兵庫・岡山紀行(蓮台寺)→こちら
兵庫・岡山紀行(天石門別保布羅神社・釈塔様)→こちら
兵庫・岡山紀行(近水園)→こちら
兵庫・岡山紀行(夢前町の飛び出し小僧1)→こちら
兵庫・岡山紀行(夢前町の飛び出し小僧2)→こちら
兵庫・岡山紀行(夢前町の飛び出し小僧3)→こちら
兵庫・岡山紀行(夢前町の飛び出し小僧4)→こちら
兵庫・岡山紀行(夢前町の飛び出し小僧5)→こちら

同じく姫路市夢前町の飛び出し小僧である。目つきが何とも良い味を出している。しかし、これまでに紹介した飛び出し小僧と同様、帽子や衣服の色が赤と黄の組み合わせから成っているのには、何か理由があるのだろうか。赤と黄は単に人目につきやすいからだろうか。
posted by 乾口達司 at 23:48| 奈良 | Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年04月15日

兵庫・岡山紀行(夢前町の飛び出し小僧5)

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兵庫・岡山紀行(仁豊野)→こちら
兵庫・岡山紀行(常福寺)→こちら
兵庫・岡山紀行(宮ノ前古墳群)→こちら
兵庫・岡山紀行(親王塚)→こちら
兵庫・岡山紀行(性海寺)→こちら
兵庫・岡山紀行(置塩城跡)→こちら
兵庫・岡山紀行(弥勒寺)→こちら
兵庫・岡山紀行(弥勒寺宝塔)→こちら
兵庫・岡山紀行(若王子神社)→こちら
兵庫・岡山紀行(花山法皇御輿屋敷跡)→こちら
兵庫・岡山紀行(太陽公園)→こちら
兵庫・岡山紀行(日応寺)→こちら
兵庫・岡山紀行(安養寺)→こちら
兵庫・岡山紀行(備前国総社宮)→こちら
兵庫・岡山紀行(与太郎さま)→こちら
兵庫・岡山紀行(由加神社本宮)→こちら
兵庫・岡山紀行(蓮台寺)→こちら
兵庫・岡山紀行(天石門別保布羅神社・釈塔様)→こちら
兵庫・岡山紀行(近水園)→こちら
兵庫・岡山紀行(夢前町の飛び出し小僧1)→こちら
兵庫・岡山紀行(夢前町の飛び出し小僧2)→こちら
兵庫・岡山紀行(夢前町の飛び出し小僧3)→こちら
兵庫・岡山紀行(夢前町の飛び出し小僧4)→こちら

同じく姫路市夢前町の飛び出し小僧である。小僧というよりも幼児といった方が良いような気もする。4月4日の日記で紹介した飛び出し小僧と類似している。違うところを探してみるのも一興である。
posted by 乾口達司 at 20:07| 奈良 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年04月13日

兵庫・岡山紀行(夢前町の飛び出し小僧4)

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兵庫・岡山紀行(仁豊野)→こちら
兵庫・岡山紀行(常福寺)→こちら
兵庫・岡山紀行(宮ノ前古墳群)→こちら
兵庫・岡山紀行(親王塚)→こちら
兵庫・岡山紀行(性海寺)→こちら
兵庫・岡山紀行(置塩城跡)→こちら
兵庫・岡山紀行(弥勒寺)→こちら
兵庫・岡山紀行(弥勒寺宝塔)→こちら
兵庫・岡山紀行(若王子神社)→こちら
兵庫・岡山紀行(花山法皇御輿屋敷跡)→こちら
兵庫・岡山紀行(太陽公園)→こちら
兵庫・岡山紀行(日応寺)→こちら
兵庫・岡山紀行(安養寺)→こちら
兵庫・岡山紀行(備前国総社宮)→こちら
兵庫・岡山紀行(与太郎さま)→こちら
兵庫・岡山紀行(由加神社本宮)→こちら
兵庫・岡山紀行(蓮台寺)→こちら
兵庫・岡山紀行(天石門別保布羅神社・釈塔様)→こちら
兵庫・岡山紀行(近水園)→こちら
兵庫・岡山紀行(夢前町の飛び出し小僧1)→こちら
兵庫・岡山紀行(夢前町の飛び出し小僧2)→こちら
兵庫・岡山紀行(夢前町の飛び出し小僧3)→こちら

今度は正真正銘の「小僧」を紹介しておこう。これも姫路市夢前町で目撃した飛び出し小僧である。
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2013年04月12日

大和西大寺で昼食。

午後から“シャトードール”西大寺店(奈良市佐紀町47-1)へ。某主婦たちと昼食をとった。ランチを注文するのははじめてである。今回はハンバーグランチを注文。食べ放題のパンと一緒にハンバーグを食べる。食後はランチについているアイスコーヒーを呑みながら、結局、12時から4時過ぎまで長居をしてしまった。長居をするのにはもって来いの店である。主婦連中とは、仕事のこと、プライヴェートのことなどいろいろ話し合った。その大半は無駄話の類ではあった。しかし、おかげで心の底から笑い、リラックスをすることが出来た。
タグ:パン
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2013年04月11日

高畑町の尾花座跡。

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ホテルサンルート奈良”(奈良市高畑町1110)の正面前の植え込みのなかに石碑が建っている。その表面には「われらが尾花座ここにありき」という文言が刻まれている。人間国宝の落語家・桂米朝の筆であるようだ。「尾花座」とはかつてこの地にあった芝居小屋のこと。「尾花」の名は近くを流れる尾花谷川にちなんだものであろう。明治42年に建てられた尾花座では、演劇や落語など、さまざまな芸能がもよおされたようである。大正9年には、当時、流行しはじめた映画に目をつけ、映画館=尾花劇場として再デビューを果たす。尾花劇場の閉館は昭和55年。その翌年には現在の地に“ホテルサンルート奈良”が建てられ、尾花座・尾花劇場時代の面影を残すものはすべてなくなった。現在、“ホテルサンルート奈良”地下1階にある“日本料理おばな”が尾花座の名前を引き継いで営業をしている程度である。店内には尾花座・尾花劇場時代の写真や額が掲げられている。それらを見ると、当時、尾花座が奈良における大衆演劇のメッカであったことがうかがえる。尾花劇場には私も何度か映画を観に訪れている。その期間は閉館までの数年間であろう。しかし、どのような作品を観たのか、おぼえていない。おぼえていることといえば、館内がひどく老朽化していたことだけである。しかし、シネコン時代の現代と異なり、当時の映画館はどこも暗く、汚く、老朽化が著しかった。それがまた映画館の魅力の一つでもあったといえる。尾花劇場だけがとりたててひどく老朽化していたわけではあるまい。尾花劇場が閉館してはや33年。もうそんなに月日が流れたのか。
タグ:映画館
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2013年04月10日

兵庫・岡山紀行(夢前町の飛び出し小僧3)

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兵庫・岡山紀行(仁豊野)→こちら
兵庫・岡山紀行(常福寺)→こちら
兵庫・岡山紀行(宮ノ前古墳群)→こちら
兵庫・岡山紀行(親王塚)→こちら
兵庫・岡山紀行(性海寺)→こちら
兵庫・岡山紀行(置塩城跡)→こちら
兵庫・岡山紀行(弥勒寺)→こちら
兵庫・岡山紀行(弥勒寺宝塔)→こちら
兵庫・岡山紀行(若王子神社)→こちら
兵庫・岡山紀行(花山法皇御輿屋敷跡)→こちら
兵庫・岡山紀行(太陽公園)→こちら
兵庫・岡山紀行(日応寺)→こちら
兵庫・岡山紀行(安養寺)→こちら
兵庫・岡山紀行(備前国総社宮)→こちら
兵庫・岡山紀行(与太郎さま)→こちら
兵庫・岡山紀行(由加神社本宮)→こちら
兵庫・岡山紀行(蓮台寺)→こちら
兵庫・岡山紀行(天石門別保布羅神社・釈塔様)→こちら
兵庫・岡山紀行(近水園)→こちら
兵庫・岡山紀行(夢前町の飛び出し小僧1)→こちら
兵庫・岡山紀行(夢前町の飛び出し小僧2)→こちら

これも姫路市夢前町で目撃した飛び出し娘である。この町は「娘」の比率が高いようだ。
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2013年04月09日

兵庫・岡山紀行(夢前町の飛び出し小僧2)

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兵庫・岡山紀行(仁豊野)→こちら
兵庫・岡山紀行(常福寺)→こちら
兵庫・岡山紀行(宮ノ前古墳群)→こちら
兵庫・岡山紀行(親王塚)→こちら
兵庫・岡山紀行(性海寺)→こちら
兵庫・岡山紀行(置塩城跡)→こちら
兵庫・岡山紀行(弥勒寺)→こちら
兵庫・岡山紀行(弥勒寺宝塔)→こちら
兵庫・岡山紀行(若王子神社)→こちら
兵庫・岡山紀行(花山法皇御輿屋敷跡)→こちら
兵庫・岡山紀行(太陽公園)→こちら
兵庫・岡山紀行(日応寺)→こちら
兵庫・岡山紀行(安養寺)→こちら
兵庫・岡山紀行(備前国総社宮)→こちら
兵庫・岡山紀行(与太郎さま)→こちら
兵庫・岡山紀行(由加神社本宮)→こちら
兵庫・岡山紀行(蓮台寺)→こちら
兵庫・岡山紀行(天石門別保布羅神社・釈塔様)→こちら
兵庫・岡山紀行(近水園)→こちら
兵庫・岡山紀行(夢前町の飛び出し小僧1)→こちら

引き続き、姫路市夢前町で目撃した飛び出し小僧を紹介する。今回のものは、正確にいえば、小僧ではなく、娘である。夢前町にはたくさんの飛び出し娘がいた。
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2013年04月08日

京都市の法勝寺址。

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法勝寺は、平安時代後期、白河天皇によって建立された。いわゆる六勝寺の一つである。敷地内には80メートルを超える八角九重塔が聳え立っていたという。その点でも院政期を代表する寺院であったといえるだろう。16世紀後半には衰微の結果として廃寺となったものと考えられている。現在、塔の址を中心とした一帯は京都市動物園(京都市左京区岡崎法勝寺町126)になっている。その地に法勝寺が存在したことは動物園の住所からうかがえるだけである。かつて塔が建っていた場所には、現在、小さな観覧車が置かれている。観覧車はいまでも活躍中である。観覧車のゴンドラには親子連れが乗っている。しかし、観覧車を楽しむ親子連れのどれだけが壮麗な塔を擁するかつての寺院の存在を知っているだろうか。
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2013年04月07日

京都で昼食。

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“新福菜館”本店(京都市下京区東塩小路向畑町569)を久し振りに訪問した。かれこれ十年振りの訪問であろうか。休日の昼前ということで行列が出来ているかと心配をしたものの、待つことなく、すぐに入店が叶った。今回は「特大・新福そば」とチャーハンを注文。しばらく待つと、チャーハンとともに真っ黒に近い醤油ベースのスープにつかった「特大・新福そば」が到着した。スープの黒さにはじめて食べる人は軽いショックを受けるのではなかろうか。しかし、その味は見た目ほど濃くはない。むしろ食べやすい。麺も中くらいの太さで食べ応えがある。上に乗った生卵のアクセントも効いている。ラーメンと同じく黒いチャーハンも十年前と変わらず美味しかった。
タグ:ラーメン
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2013年04月06日

鹿野園町の地蔵石仏。

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鹿野園町に北から入る街道がある。馬渡橋を渡り、やや勾配のある道をのぼっていくとやがて台地上に鹿野園の集落が見えて来る。集落に入る手前、左手には墓地がちょっとした小山のようにして存在している。墓地は往古からの惣墓なのであろう。高さ数十センチ程度の無数の墓石が土筆の群生のようにして地面から顔を覗かせている。そのなかにひときわ大きく数体の地蔵石仏が屹立している。写真はそのうちの一体である。舟形光背を背負い、堂々たる造りである。他にも祠に安置された地蔵石仏もある。小学生のとき、台地上に存在する集落の暮らしを学ぶため、鹿野園にはたびたび社会見学で訪れた。そのたびに馬渡橋を渡り、墓地を左手に見ながら集落に入ったものである。あのときも地蔵はその地に立っていた。そして、いまも変わらず立っている。当時から数十年の歳月が流れていることが不思議に思われる。
タグ:石仏
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2013年04月05日

古市町の奈良県護国神社。

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所用で外出をしたついでに奈良県護国神社(奈良市古市町1984)に立ち寄った。護国神社は桜の隠れたスポットである。桜は散り初めの段階に入っていたものの、しだれ桜もまだまだ充分に美しかった。境内の各所に手書き・手製の案内板などが設置されている。拝殿前には四神の模型(写真は朱雀)も置かれていた。境内には平日にもかかわらず花見客の姿が多く見られた。
タグ:神社
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2013年04月04日

兵庫・岡山紀行(夢前町の飛び出し小僧1)

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兵庫・岡山紀行(仁豊野)→こちら
兵庫・岡山紀行(常福寺)→こちら
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兵庫・岡山紀行(性海寺)→こちら
兵庫・岡山紀行(置塩城跡)→こちら
兵庫・岡山紀行(弥勒寺)→こちら
兵庫・岡山紀行(弥勒寺宝塔)→こちら
兵庫・岡山紀行(若王子神社)→こちら
兵庫・岡山紀行(花山法皇御輿屋敷跡)→こちら
兵庫・岡山紀行(太陽公園)→こちら
兵庫・岡山紀行(日応寺)→こちら
兵庫・岡山紀行(安養寺)→こちら
兵庫・岡山紀行(備前国総社宮)→こちら
兵庫・岡山紀行(与太郎さま)→こちら
兵庫・岡山紀行(由加神社本宮)→こちら
兵庫・岡山紀行(蓮台寺)→こちら
兵庫・岡山紀行(天石門別保布羅神社・釈塔様)→こちら
兵庫・岡山紀行(近水園)→こちら

姫路市夢前町で目撃した飛び出し小僧を何点か紹介しておこう。夢前町の路肩にはいままで目にしたことのない新種の飛び出し小僧がたくさんある。今回、紹介するのもその一つである。
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2013年04月03日

兵庫・岡山紀行(近水園)

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兵庫・岡山紀行(仁豊野)→こちら
兵庫・岡山紀行(常福寺)→こちら
兵庫・岡山紀行(宮ノ前古墳群)→こちら
兵庫・岡山紀行(親王塚)→こちら
兵庫・岡山紀行(性海寺)→こちら
兵庫・岡山紀行(置塩城跡)→こちら
兵庫・岡山紀行(弥勒寺)→こちら
兵庫・岡山紀行(弥勒寺宝塔)→こちら
兵庫・岡山紀行(若王子神社)→こちら
兵庫・岡山紀行(花山法皇御輿屋敷跡)→こちら
兵庫・岡山紀行(太陽公園)→こちら
兵庫・岡山紀行(日応寺)→こちら
兵庫・岡山紀行(安養寺)→こちら
兵庫・岡山紀行(備前国総社宮)→こちら
兵庫・岡山紀行(与太郎さま)→こちら
兵庫・岡山紀行(由加神社本宮)→こちら
兵庫・岡山紀行(蓮台寺)→こちら
兵庫・岡山紀行(天石門別保布羅神社・釈塔様)→こちら

近水園(岡山県岡山市北区足守803)は足守藩主・木下家に設けられた庭園である。足守川から水を取り入れて池を作り、そのなかには鶴島と亀島も設けている。特に亀島には亀の頭や手足に当たる部分に巨石が配置され、遠めに眺めると、確かに亀の形をしているのがわかる。鶴島・亀島にはそれぞれ石橋がかけられている。いずれの石橋も簡素でありながらなかなか味わい深く、しばし見惚れていた。
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2013年04月01日

佐紀町の円福寺・桜並木。

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円福寺(奈良市佐紀町2667)の門前には数本の桜が並んでいる。この季節になるとその桜並木の下を歩くのが楽しみである。白壁の蔵が建つ桜並木の向かいのT邸のたたずまいも良い。ささやかではあるが、私の好きな桜スポットである。
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posted by 乾口達司 at 21:17| 奈良 | Comment(0) | TrackBack(0) | 散策 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする