2013年01月24日

生駒市の夫婦塚。

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富雄川の西岸から百メートルほど丘陵側に入ったところに饒速日命の妻で那賀須泥毘古(長髄彦)の妹であった登美夜毘賣(御炊屋姫)の塚とされる石碑が立っている。夫婦塚である。出典は池田勝太郎代表/池尾宥祥編輯『金鵄発祥史蹟考』(増補再版・第4版/金鵄会/1939・6 )による。『金鵄発祥史蹟考』には北倭村の「字高樋にあり御炊屋姫塚なりといふ」と記されている。神武天皇聖蹟鵄邑顕彰碑とは富雄川を挟んだ反対側の田畑の一角である。田畑の一角にぽつんと立っている。遠くからでは田畑のなかにこのような石碑があることなど気がつかないだろう。もちろん、塚と称してはいても、神話の類の人物のものである。当然、墳丘らしきものはない。事実、「夫婦塚」と刻まれた文字の下にはそれよりも小さな文字(横書き)で「傳稱」(伝称)と刻まれている。その謙虚さがまことに良い。
ラベル: 神武天皇
posted by 乾口達司 at 20:12| 奈良 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 散策 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする