2013年01月20日

後藤明生を読む会(第14回)

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後藤明生を読む会(第13回)→こちら

昨日は後藤明生を読む会の第14回がもよおされた。今回のテクストは『めぐり逢い』(集英社/1976年3月)である。いつものように代表の発表者が基調報告をおこなった。貴重発表の後、参加者のあいだで討議がおこなわれた。今回も話題となった事柄をアトランダムに列記しておこう。

・夏目漱石の『我輩は猫である』を如何に「本歌取り」したかが『めぐり逢い』の大きなテーマとなっている
・「あとがき」における「『吾輩は猫である』の本歌取り式のことをやってみたいと思った」という微妙な表現について(なぜ、率直に「『吾輩は猫である』の本歌取りをやってみたいと思った」と書かなかったのか?)
・藤原定家の『毎月抄』における「本歌取り」についての解説(「よみかへ」「その歌をとれるよと、きこゆるやうによみなす」「あまりにおほくとる事は、あるまじき」)
・漱石の時代と現代=『めぐり逢い』の時代とのズレを団地という場所によって描く
・冒頭で披露されている「わたし」が猫を嫌う理由=「猫は笑わない」という記述は『吾輩は猫である』における「猫だって笑わないとは限らない」云々の箇所を意識した一節である。いわば、その冒頭部分からすでに『吾輩は猫である』に対する批評性を含んでいる
・ユーモアあふれる列記法の継承(『夢かたり』における「胃痛」から「肩こり」への変化の過程と『我輩は猫である』における苦沙弥先生の胃痛対策部分との対比)
・「極限すれば、伝統的な空間意識に根ざした語彙では、高層住宅の描写で正確なコミュニケーションを保つことさえできにくくなっている」(磯田光一『戦後史の空間』)という点について(磯田をはじめとする団地論としての後藤論についての批判も含めて)
・団地によって関係は如何に変化したのか?→関係の不透明化=都市化=「噂」の発生(『めぐり逢い』のもう一つの大きなテーマとして団地内の「噂」がある)
・「わたし」の職業に関する噂について「明治の人間なら怒るところ」(p28)という記述は漱石の『我輩は猫である』を意識している
・p191前後の「わたし」の「つくり話」としての「噂」を語った箇所は噂そのものの生成過程を描いた箇所であるともいえる
・後藤明生「噂の構造」(「図書」1979年8月)との関わりについて
・「実さい何匹目だろう」(p94)と書かれているくらい、さまざまな猫が登場する(スギノヤの猫・追分における子連れの野良猫・墓地の前で遭遇した猫・団地に登場したゴン・ナナ)
・「怪電話」において「猫の繁殖力」が語られていることとの関係について
・「怪電話」の後には今度は「贋ゴン」まで出現すること
・これらの異常な増殖がグロテスクであり、喜劇でもある形で描かれていること(その増殖はナナの虚勢手術およびナナ・ゴンの失踪によって強制的に終了する)
・第二の「怪電話」において撒き散らされた「噂」
・猫殺しの噂と冒頭近くで言及される『刑事コロンボ』との対応関係
・『吾輩は猫である』以外にもさまざまな作品からの「本歌取り」がおこなわれている
・物語の最後に登場する「立別れいなばの山の峯に生ふるまつとしきかば今かへりこむ」(中納言行平)の和歌のシーンは内田百閧フ『ノラや』のなかの一節を踏まえたものであろう
・百閧フ作品名は具体的に登場しないが、さまざまな点で巧みに踏まえられていると考えられる(大学でドイツ語を教えているという「ドイツ猫」の教師は海軍機関学校でドイツ語を教えていた百閧意識したものであろう/怪電話のシーンも『ノラや』の一節を意識しているものと思われる)
・作中に登場する『百人一首』との関わりでいえば、タイトルとなった「めぐり逢い」という文言は「めぐり逢ひて見しやそれとも分かぬ間に雲隠れにし夜半の月かな」(紫式部)の和歌を踏まえていると考えられる(そうであるからこそ、物語の最後でナナとゴンは「雲隠れ」をしてしまう)
・猫を題材にした作品にありがちなように、猫に愛着を持った小説として描かれていない点に特色がある
・むしろ猫を通して家族間の人間関係(他者性)や団地内の不透明さ、噂の構造、団地(間取り)の構造などを描いた小説であるといえる
・猫以外にも犬やウサギ、ハト、虎などさまざまな動物が登場するのも特徴である
・猫の話かと思えば、犬の話に脱線したりする
・しかも、それらの動物は、本来、画一的で閉鎖的であるはずの団地やそこに住まう「わたし」自身を侵食して来るような存在=他者として描かれている(その意味では団地の持つ画一性・閉鎖性を諷刺した小説としても読むことが出来る)
・ドイツ猫の教師、寿司屋のおやじ、「わたし」が喧嘩をするシーンの滑稽さと幻想性について
・深夜2時に作られる「不精ラーメン」の持つゴッタ煮性が『めぐり逢い』の方法を部分的に象徴している
・「性格」や「動機」(因果関係)によって世界をとらえることを拒絶していることについて
・異物としての「東アチ」案内文とその引用方法
・「東大襖部」について(襖の破れ目をそのままにしておくことの意味について)
・1975年9月21日から新聞で連載された本作はそれを読み進める読み手自身の日常的な時間と重なりあうようにして出来事を進行させているものの、同年の年末で連載が終わるにもかかわらず、物語は正月のシーンを持ち出して終わる(現実と小説とのズレを喚起することで本作がまぎれもないフィクションであることを指し示している)

次回の研究会は春頃を予定している。私が貴重発表をおこなう。テキストは『首塚の上のアドバルーン』(講談社)。詳細は、決定次第、ご案内します。
ラベル:後藤明生
posted by 乾口達司 at 22:33| 奈良 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 自己 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする