2012年10月06日

徳島・香川・岡山旅行(モラエスの墓)

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徳島とゆかりのあるヴェンセスラウ・デ・モラエス(1854〜1929)というポルトガル人外交官の存在を知ったのはいまから二十年以上前である。大学時代、KやYとともに四国一周旅行を敢行した折、徳島・眉山の山頂にモラエス館なるものがあることを知り、その名をはじめて知ったのであった。帰宅後、しばらくして古書店でモラエスの『おヨネとコハル』や『徳島の盆踊り』を見つけ、購入した。その後も何冊か読んだように思う。日本文化に対するモラエスのまなざしや見識もさることながら、モラエスとおヨネ、コハルとの生活そのものが私には何となく不思議に思われたものである。二十年前の旅行では、事前の下調べをおこなっていなかったこともあり、あいにくモラエスの墓を見てまわることが出来なかった。したがって、次回、徳島を訪れることがあれば、モラエスとおヨネ・コハルの墓に参りたいとかねがね思っていた。今回、徳島を訪れることになり、事前にその場所を調べてみた。すると、彼らの墓のある潮音寺は何とかつて私たちが眉山の山頂へと向かうために乗り込んだ眉山ロープウェイのふもと側の駅(現在の阿波踊り会館)から小道をはさんだすぐ向かいであった。墓地の隅に建てられた墓は、中央のモラエス自身の墓を挟むようにして、おヨネとコハルの墓が建てられている。2人の女性に挟まれるようにして眠っているところがモラエスらしい。しかし、おヨネとコハルの墓に比べて、モラエスの墓だけが不自然なくらい新しく見える。これはどういうわけだろうか。モラエスの没後、新たに墓が建てなおされたのだろうか。どうも釈然としない。
ラベル:モラエス
posted by 乾口達司 at 22:49| 奈良 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする