2012年07月28日

後藤明生を読む会(第11回)のお知らせ。

2009年の年末以来、大学時代の同窓生たちと内向の世代の小説家・後藤明生(1932年〜1999年)をめぐる勉強会を立ち上げようと話し合って来た。これまでに何度も会合を重ねた。そして、2010年8月29日に第1回の読書会をもよおすことが出来た。以後、勉強会を重ねて来ている。前回の勉強会のことは7月1日の日記に記したとおりである。参加は自由である。興味のある方はいらっしゃって下さい。

■第11回後藤明生を読む会の御案内
2009年の暮れから有志で集まり、内向の世代の文学者・後藤明生の評論集を制作・刊行してみようと話しあってまいりました。それに先立ち、後藤明生の文学をより深く理解するため、これまでに「後藤明生を読む会」を企画・運営し続けております。後藤作品について共同で討議をするなかでお互いの認識と協同性を高めあい、後藤明生論集を執筆・刊行してゆく道筋をつけていければと考えております。特に発表者と聞き手とが相互に入れ替わることで各人がテクストの読み手であると同時に書き手であるという相互変換的な存在へと成長していければと願っております。
さて、来る8月12日、第11回の「後藤明生を読む会」をもよおします。
参加資格などは一切ありません。
万障お繰り合わせの上御出席下さいますよう御案内申し上げます。
謹白

日 時  8月12日(日)13:00〜17:00
場 所  大阪市立城北市民学習センター第2会議室(大阪府大阪市旭区高殿6-14-6)
最寄駅 谷町線・今里線→関目高殿駅/京阪電車→関目駅
      ・城北市民学習センターのホームページ→こちら
テキスト 後藤明生『しんとく問答』(講談社)
発表者  乾口達司
参加費用 500円程度(参加者数によって変動します)
その他  終了後、近くの酒場で懇親会をおこないます(会費は別途)
タグ:後藤明生
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2012年07月27日

自宅で昼食。

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この時期はやはり素麺である。今日はいただきものの素麺を食した。“麺匠の勝太郎”(奈良県桜井市三輪432-3)の“一番蔵”である。作り方は一般的な素麺の作り方と同じである。吉野葛が入っているという麺は一般の素麺よりも若干太い。もちもちとした食感が素麺としては意外である。とても美味しくいただいた。
タグ:素麺
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2012年07月26日

樹木。

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写真はとある樹木である。節の部分が目玉のように見える。先日、某所を散歩している折に発見した。こういった“目玉”のある樹木は特に珍しいものではない。むしろしばしば見かける。しかし、見れば見るほど不思議である。“目玉”のある樹木を見かけるとしばしば立ち止まって見てしまう。
タグ:樹木
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2012年07月25日

後藤明生『この人を見よ』刊行。

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後藤明生(1932年〜1999年)の『この人を見よ』(幻戯書房/2012年8月)が刊行された。奥付を確認すると、発行日は「2012年8月2日」となっている。8月2日といえば、1999年に亡くなった後藤明生の命日である。命日を発行日とした編集部の演出は何とも心憎い。巻末には「イエス=ジャーナリスト論、その他」と題されたインタビュー記事が掲載されている。「イエス=ジャーナリスト論、その他」は以前に『小説の快楽』(講談社/1998年2月)に収録されている。今回、「イエス=ジャーナリスト論、その他」が再収録されることとなった背景には、当時、連載中であった『この人を見よ』について部分的に言及されていることが挙げられる。しかし、それだけではあるまい。ここからは芥川龍之介や太宰治、菊池寛といった文学者に対する言及を通して、後藤明生自身の考える文学論、小説を書くということに対する意識もうかがえる。その意味では、直接、『この人を見よ』について解説したものではないとしても『この人を見よ』の魅力、後藤明生の作品世界の特徴を知ってもらうためには必要な記事であったということが出来る。それにしても良くぞこれだけ風変わりな小説を長期間にわたって書き続けたものであると感心させられる。そのことは、今日、信濃追分に滞在している後藤明生夫人とお電話でお話をしたときにも正直に申し上げた。奥さまは、最後まで自分の書きたいように書いてあの世にいっちゃったのだから、本人もさぞや満足だったでしょうとおっしゃっていた。以前より『この人を見よ』が単行本としてまとめられないままになっていることを気にされていた奥さまは今回の刊行をとても喜んでおられた。そして、その思いは私を含めた一部の愛読者にとっても同じである。その内容もさることながら、わざわざ図書館に出向いて初出誌である「海燕」を書庫から引っ張り出し、コピーをとる手間がはぶけるだけでも有り難い。知り合いの編集者A氏などは地元の図書館で『この人を見よ』の全文コピーを敢行したという。いまでこそコピーは閲覧者が自分でコピーをとることになっている。しかし、A氏がコピーをとった当時、コピーは図書館の職員が代行する形をとっていたという。図書館の職員にとって、39回にわたって延々連載された『この人を見よ』の全文コピーは悪質な嫌がらせ以外の何ものでもなかったかも知れない。ページをぱらぱらめくっているだけでも、行間からは後藤明生特有の饒舌な語りがじわじわとただよって来る。連載当時、断続的に「海燕」の当該ページをめくっていたときのことが思い返される。これから暇を見つけてゆっくり読み進めよう。8月12日に大阪で予定されている後藤明生研究会の場でも参加者有志にその刊行を宣伝しておこうと思う。
タグ:後藤明生
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2012年07月23日

奈良町の地蔵盆。

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今日は終日オフであった。今夜は奈良の各地で地蔵盆がおこなわれた。夕方、近鉄奈良駅から奈良町付近を散策し、幾つかの地蔵盆を見学した。奈良女子大学の近くの花芝町では多くの屋台が出て賑わっていた。夕食後、十輪院を拝観。住職の講話を拝聴した後、本尊の石仏龕にお参りした。写真は次に訪れた福智院の本尊・地蔵菩薩坐像である。こちらには子どもたちが数多く集い、境内では出店のカキ氷などを頬張っていた。その後、笠屋町の鐙地蔵にも参拝。鐙地蔵は地蔵盆のこの日だけ御開帳される。いずれの地蔵盆も地域の人たちの交流の場となっており、ほのぼのとした雰囲気であった。
タグ:地蔵盆 仏像
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2012年07月20日

木津川市の高麗寺跡。

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高麗寺跡(京都府木津川市山城町上狛高麗寺森ノ前)は古代寺院の一つである。天平年間の出来事として記されている『日本霊異記』中巻第18「法華経を読む僧をあざけりて現に口ゆがみて悪死の報を得る縁」に「高麗寺の僧栄常」が登場することからもわかるように、奈良時代にはすでに高麗寺が存在していたことがうかがえる。実際にはそれよりも百年以上も前の7世紀初頭には創建されていたようであり、その名のとおり、高句麗からの渡来系氏族(狛氏)よって建てられた寺院であったようだ。現在、伽藍を指し示す建物はすべて失われている。しかし、塔の心礎や礎石は付近に点在しており、かろうじて往時をしのぶことが出来る。付近にはのどかな田園風景が広がっている。目の前には木津川が流れている。木津川沿いに伽藍が建てられているという点からは水運や水上交通を重視した渡来系氏族の思惑を透視することが出来た。
タグ:
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2012年07月19日

木津川市のふるさとミュージアム山城。

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先日、所用があって“ふるさとミュージアム山城(京都府立山城郷土資料館)”(京都府木津川市山城町上狛千両岩)へ出掛けた。7月7日から8月26日までのあいだ、企画展として「南山城のくらし−モノが語るなりわい−」がもよおされている。その名のとおり、南山城地域の生業にスポットを当てた企画展である。木津川と深い関わりを持った水運業のほか、お茶作りや柿の栽培などを紹介した箇所もあった。常設展では南山城地域の古墳や遺跡からの出土品、陶磁器や彫刻類も展示されていた。節電対策として、現在、入館が無料となっている。人がそれほど訪れるようなところではないため、ゆっくりと展示品を見てまわるのに格好のスポットである。
タグ:博物館
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2012年07月18日

尼ヶ辻北町の阿弥陀石仏。

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近鉄尼ヶ辻駅から東へ百メートルほど進むと左手に道路よりもやや高い小区画(伏見崗)が現れる。写真の阿弥陀如来をかたどった石仏(奈良県奈良市尼ヶ辻北町)はその敷地内に建つ小さなお堂のなかに安置されている。像高は等身大で蓮華座の上に立っている。舟形光背を背にして立つそれは鎌倉時代後期の作であるという。全体的に摩滅が少なく、頭光の単弁蓮華文やヘルメットをかぶったような大きな螺髪、衣文もしっかり残っている。実に立派である。団子鼻や肉厚のタラコ風の唇も親しみやすさを感じさせる。
タグ:石仏
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2012年07月17日

梅雨明け。

今日、近畿地方で梅雨が明けたという。梅雨明けにふさわしく、朝から猛烈に暑い一日であった。午前中、所用でならファミリーへと出掛けた。歩いて帰宅。帰宅したときは汗でびっしょりであった。すぐにシャワーを浴びた。着ていた服も洗い、庭に干した。猛烈な陽射しのもと、洗濯ものは数時間で完全に乾いた。午後からふたたび外出した。午前中よりもさらに強烈な日差しであった。これからしばらくは、外出時、冷たい麦茶を入れた水筒を欠かせないようだ。
タグ:
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2012年07月16日

登美ヶ丘で夕食。

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今夜は“アルション・ラ・メゾン”(奈良市中登美ヶ丘6-3-5)で夕食。数年振りの訪問である。ディナービュッフェでパンやパスタなどさまざまなものをいただいた。最後のデザート&アイスクリームまで美味しかった。飲み物は最初はビールを注文した。その後、飲み放題のワイン(白・赤)に移行した。連休の最終日である。しかし、早めに訪れたせいだろうか。客の数は少なかった。おかげでゆっくり食べることが出来た。
タグ:イタリアン
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2012年07月15日

生駒市の生駒山麓公園。

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生駒市の生駒山麓公園(生駒市俵口町2088)に出掛けた。訪問するのは何年振りだろう。甥っ子のシュンがまだ3歳か4歳くらいのときに訪れて以来である。したがって、前回の訪問はかれこれ十年近く前ということになる。生駒山麓公園は生駒山地の中腹に位置しており、アクセスは阪奈道路から信貴・生駒スカイラインを生駒山上遊園地方面に向かうのが一般的である。その広大な敷地にはハイキングコースが設けられているほか、グラウンドや児童遊具、キャンプ場、フィールドアスレチックなどのさまざまな施設が設置されている。園内の中心施設となるふれあいセンターには浴場や温水プール、宿泊施設、レストランまで完備している。今日は仕事仲間の主婦Kが施設内でパート勤務している日でもあり、まずはKに挨拶。その後、2時間ほどかけて公園内をめぐった。写真は施設の一画に移設されている生駒ケーブルのケーブルカーである。生駒ケーブルといえば、現在はミケとブルが活躍中である。しかし、生駒山麓公園の一画に彼らの先輩が保存・展示されているのを知るものは決して多くはないはずだ。暑い一日であった。次はもっと気候の良い時期に訪れてみよう。
タグ:公園
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2012年07月14日

盆踊り&夏祭り。

今日は町内の盆踊り&夏祭りであった。プロの歌手による河内音頭が場内に響きわたるなか、町内会主催の出店も幾つか出ていた。父親が町内会の役員をやっている。父親は金魚すくいの店を担当していた。町内はもちろん、町内の外からも人がやって来ていたようである。私自身、出店の焼きそばを食べて夏祭りを堪能した。
タグ:
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2012年07月13日

散髪と散歩。

散髪へ。その後、帰宅のついでに奈良の街中を歩いて帰宅した。帰宅する前から雨がぽつぽつ降り出した。さいわいにも大して濡れなかったが、ひどい暑さには閉口した。おかげで帰宅したときには汗びっしょりである。心地良い汗ではある。しかし、不快指数はそのぶんだけ高い。湿度の高い今夜は寝苦しい一夜となるのではなかろうか。
タグ:散髪 散歩
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2012年07月11日

法華寺町の極楽寺石仏。

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極楽寺(奈良市法華寺町648)は法華寺の西方に位置している。写真の石仏は門の脇にまつられている。高さは2メートル以上。舟形の石の表面に肉厚の地蔵立像が彫られている。右手には錫杖を持っている。左手には宝珠を持っている。本体の脇には銘文が刻まれており、それによると、弘安二年(1279)に作られたことがうかがえる。首から肩にかけて亀裂が入っているようであり、補修の痕が見て取れる。尊顔は摩滅しており、その表情をうかがい知ることが出来ないのは残念である。その周囲には数多くの石仏が集められている。
タグ:石仏
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2012年07月10日

二条大路南の奈良市役所(平城京模型)

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奈良市市役所(奈良市二条大路南1-1-1)の1階ロビーには大きな平城京の模型が展示されている。縮尺1/1000というスケールである。当時の街並みがミニチュアで再現されている。もちろん、平城宮や東大寺、興福寺、元興寺、西大寺、唐招提寺、薬師寺といった有名なスポットも認められる。西大寺の西方にはいわゆる「本願天皇御山荘」(孝謙・称徳天皇の山荘跡と考えられる)まで再現されている。寺院では姫寺や穂積寺、服寺、佐伯院、平松寺のようにいまでは廃寺となったマイナーな寺院も再現されている。一般にはあまり知られていないようなスポットも細部にわたって忠実に再現しようとする意気込みが感じられ、訪れるたびについ見入ってしまう。写真は平城京の北側から南向きに撮影したもの。手前に見えるのは佐紀古墳群(東群)である。
タグ:平城京 模型
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2012年07月09日

叶匠壽庵の三笠焼き。

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叶匠壽庵の三笠焼きをいただいた。あまりに大きくて中身はずっしり重い。食べ応えがあり過ぎるほどである。昼食時に一気にいただいた。お腹がいっぱいになった。
タグ:三笠焼き
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2012年07月08日

生駒市の四季の森公園。

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四季の森公園(生駒市北大和1丁目)を訪れた。公園の中央には広いグラウンドがあり、その周囲をぐるりと散策することが出来るように歩道も整備されている。歩道の脇には滑り台やシーソー、砂場などの遊具が設けられている。懸垂の際に使用するのであろうか。用途不明の遊具らしきものも見られた。他にも犬養孝揮毫の万葉歌碑が立っている。休日ということもあって子ども連れがちらほら見掛けられた。しかし、その数はだだっ広いグラウンドに比べるとあくまでちらほらといった程度である。周囲は閑静な住宅街である。静かなひとときを過ごすことが出来た。
タグ:公園
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2012年07月06日

ひどい雷雨。

夕方から所用で外出をした。外出時は凄まじい雷雨であった。その雨足の強さは梅雨の終盤を思わせるほどであった。おかげで駅までの途上で雨にひどく濡れてしまった。雨は駅に到着する頃には小康状態になった。しかし、所用からの帰り道、最寄りの駅に降り立つとふたたび土砂降りの大雨である。帰宅するとやはり雨は止んでしまった。今日は雨に祟られた一日であった。
タグ:
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2012年07月04日

『万葉集』巻16。

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所用で『万葉集』を読み返した。読み返したといっても、すべてではない。巻16だけである。巻16を読み返してあらためて『万葉集』は不思議な歌集であると思った。たとえば、巻16には竹取の翁を主人公にした歌群が収録されている。しかし、3791番の歌に添えられた詞書はわれわれが良く知る『竹取物語』とは大きく異なる。登場するのは竹取の翁のほかに9人の少女たちである。ある春のこと、翁が丘に登っていると9人の少女とめぐり逢う。少女たちは翁を見て「火を吹いてくれ」と頼む。翁はそれに応えて火の番をする。しかし、しばらくすると、少女たちは誰がこの翁を呼んだのだといいはじめる。翁は少女たちに迷惑をかけたお詫びとして昔話を歌にして詠む。以下、翁が3つの歌を詠み、それに呼応して少女たちが9つの歌を詠む。歌の内容もさることながら、その詞書に記された翁と少女たちとの関係は不思議である。翁からすれば、少女たちの方から自分を呼び止め、火の番を依頼して来たのに、後になって「誰がこの翁を呼んだのだ」といい合うのは不条理そのものであろう。しかも、そこにはわれわれが知るかぐや姫の存在も『竹取物語』の片鱗も認められない。そうかと思えば「法師らが鬚の剃杭馬繋ぎいたくな引きそ僧は半かむ」(3846)や「石麻呂に吾物申す夏痩に良しといふ物ぞ鰻漁り食せ」(3853)や「痩す痩すも生けらばあらむをはたやはた鰻を漁ると川に流るな」(3854)のような歌もある。特に3853と3854からは夏バテには鰻が良いといういわれが古代からあったことがうかがえて興味深い。他にも「奥つ国頷く君が染屋形黄染の屋形神の門渡る」(3888)のような怪奇・幻想ものもある。巻16には『万葉集』に対する一般的なイメージをくつがえすような要素が満ち満ちており、あらためて『万葉集』全巻を読み返してみようという気持ちになった。
タグ:万葉集
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2012年07月03日

風邪。

風邪をひいたようである。気分がすぐれない。今夜はさっさと休もう。
タグ:風邪
posted by 乾口達司 at 20:18| 奈良 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 自己 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年07月01日

後藤明生を読む会(第10回)

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後藤明生を読む会(第9回)→こちら

昨日は後藤明生を読む会の第10回目がもよおされた。今回のテクストは『夢と夢の間』(集英社/1978年1月)である。いつものように代表の発表者が基調報告をおこなった。その後、参加者で討議がおこなわれた。今回も話題となった事柄をアトランダムに列記しておく。

・『夢と夢の間』が新聞小説として連載されたこと。
・新聞小説である以上、文芸雑誌に発表される小説よりも一般の読者に対してわかりやすさが求められる。したがって、『夢と夢の間』には、文芸雑誌に発表される後藤明生の作品とは異なる特徴が見出せる。
・もっとも大きな特徴としては、「ロッキード事件」や「ディスクジョッキー」「モデルガン」あるいは日ソの政治的対立など、当時の時代状況を表した事物や事件が丹念に織り込まれていることが挙げられる。
・『吉田健一頌』における吉田健一の「は」の使い方(松浦寿輝)と「山川次郎は私立大学の講師である」という書き出し部分における「は」との比較。
・それにもとづいて後藤明生の小説らしさが若干薄らいでいること。しかし、新聞小説という制約のなかにあってみずからの文学観を少しでも出そうと試みられていること。
・山川と『挟み撃ち』において設定されている山川との共通性と差異について。
・書き出しの一節がゴーゴリ『外套』の冒頭の一節を意識して綴られていること。
・そういった点を踏まえると、書きはじめた当初の計画では山川版『挟み撃ち』を執筆しようとしたことも考えられること。
・同窓会における「オカッパ頭」について。「ニコライ堂のタマネギ形の屋根」が「オカッパ頭」を連想させる契機となっていること。
・繰り返し語られる「旧姓矢野の女性」という表現について。
・子どものいない石川が子ども部屋無用論をとなえているという矛盾と滑稽さ。
・そして、その石川と最後まで付き合う山川の態度が指し示す後藤明生の対人関係論について。
・散文論や敬語論、ポルノ論など、物語以外の「論」の要素がふんだんに盛り込まれていること。
・バラバラな家族との関わりとそれによって生起して来る山川の相対化について。
・吉田健一の『時間』と後藤明生における時間感覚との共通性について。
・さまざまな「箱」の頻出について。
・「紐」の持つ象徴性について。
・「四人の付き合い」=「悪魔との付き合い」=関係性について。
・吉田健一と阿部良雄におけるヨーロッパ体験について。

次回の研究会は8月のお盆を予定している。『しんとく問答』(講談社/1995年10月)について、私が発表者となって討議をおこなう。
タグ:後藤明生
posted by 乾口達司 at 19:40| 奈良 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 自己 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする