2011年08月20日

後藤明生を読む会(第5回)

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本日、後藤明生を読む会の第5回目がもよおされた。本日のテクストは『行き帰り』(中央公論社)である。いつものように代表の発表者が基調報告をおこなった。その後、参加者で討議がおこなわれた。今回も話題となった事柄をアトランダムに列記しておこう。『行き帰り』に登場する高鍋や高田は「釈王寺」のような小説、「『夢語り』拾遺」「元山の思い出」といったエッセイにも名前を変えて描かれている。「ある日」という表現の多用とそれによって現出される不透明な現実性。「ある日」という表現に見られるような特定することの出来ない日時を提示することで、過去から現在へと流れる「線的時間」を攪乱していること。過去そのものが現在であるという後藤明生の認識と大森荘蔵の『時間と自我』との関係について。「相変わらず」という用語が頻出すること。「相変わらず」と変化との共存。谷津遊園の大観覧車の生々しい存在感。観覧車が動いているようであり、止まっているようにも見えたという表現と「相変わらず」という表現およびそこからの変化の表現との対応関係について。冒頭で言及される「紫陽花」について。「紫陽花」をどこで見たのかを忘れていることが起源の不明という事態と関係していること。理想=思いとしての永興と現実=存在としての習志野。福島県の地図について。それにちなんだ全体の不透明性について。断片の集積体としての『夢語り』の世界が高田によっておこなわれる永興に関する断片を蒐集するという行為を反映していること。高鍋の沈黙・高田の饒舌とそれぞれ対峙することによって『夢語り』の世界を相対化することが『行き帰り』の目的であること。「逸平氏」からの手紙=創作説。それによって現われるさまざまな謎について(例えば、自分の父親の名前を「H君」「木食児」となぜ複数で表記したのか?)。独特な接続詞の使い方について。中野孝次「後藤明生の方法―近作にふれて」(「海」1977年10月号)に対する肯定と否定。会津行きの場面で表記が唐突にメモ書きに変化すること。メモ書きを挿入する書き方の斬新性について。会話文を含めたさまざまな「行き帰り」の表現について。次回の研究会は10月15日。次回は私が「鰐か鯨か」(『謎の手紙をめぐる数通の手紙』所収)について発表する予定である。
ラベル:後藤明生
posted by 乾口達司 at 22:30| 奈良 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 自己 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする