2011年08月19日

岡山紀行(吉井石造宝塔)

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岡山紀行(渋川海岸)→こちら
岡山紀行(玉比盗_社)→こちら
岡山紀行(粟井温泉)→こちら
岡山紀行(内宮)→こちら
岡山紀行(住吉宮)→こちら
岡山紀行(福岡)→こちら

吉井石造宝塔(岡山市吉井)は倉安川の水門から山手へ歩いて5分ほどのところにある。総高282センチメートル。花崗岩製で鎌倉時代後期の建立であるという。基礎の四方には格狭間、塔身の四方には扉形がそれぞれ刻まれている。首部には縁板状の造り出しが見られる。屋蓋やその四隅にも隅木形や降棟がしつらえられている。形の良い宝塔である。付近には吉祥院という寺院があったという。しかし、いまは草むらとなっており、その痕跡を見つけ出すことは出来ない。後鳥羽上皇の遺髪を埋めた供養塔であるという伝承も残されている。
ラベル:石塔
posted by 乾口達司 at 22:42| 奈良 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

岡山紀行(福岡)

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岡山紀行(渋川海岸)→こちら
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岡山紀行(内宮)→こちら
岡山紀行(住吉宮)→こちら

長船町には福岡という地名が残されている。平安時代、福岡荘と呼ばれる荘園があったという。中世以降、吉井川の沿岸部に位置していたことから市場が形成されて大いに賑わったようである。布教のために福岡の市を訪れた一遍の様子を描いた『一遍上人絵巻』の描写を見てその存在を知っているものもいることだろう。後年、黒田官兵衛の先祖も居を構えていたようである。官兵衛の子息・長政が九州・博多に領地を賜った折、長政は先祖の住んでいた福岡の地にちなんで現在の福岡県福岡市の地を「福岡」と命名したという。宇喜多直家が備前を統一した折、岡山の地に城下町を築くため、福岡にいた商人たちは岡山に強制的に移住させられたという。そのせいだろう。現在の福岡はかつての賑わいが嘘のようにひっそり静まり返っている。往時をしのぶものとして写真の石柱が立てられている。
ラベル: 福岡
posted by 乾口達司 at 22:27| 奈良 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする