2011年08月08日

前田勇『大阪弁』

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前田勇の『大阪弁』(朝日新聞社/1977年2月)をはじめて読んだのは十数年前のことである。当時、関西の詩人や漫才の起源などを調べる機会があった。その関わりのなかで読んだのであった。それまで「大阪弁」を意識したことはなかった。それだけにここに記されている「大阪弁」の指摘は目から鱗であった。「大阪弁は一音語を、すべて長呼する」という指摘は「目」を「めえ」、「歯」を「はあ」、「手」を「てえ」と呼ぶことに当てはまる。そして、そこから「大阪弁」の持つ「母音過多」の傾向が指摘されている。「たとえば動詞の打ち消しの言い方ひとつを取ってみても、上方では『ありはせぬ→ありゃせん→あらへん→あれへん』という順に変化しているが、大阪弁はすでに『あれへん』まで到達しているのに、京都弁はまだ一足おくれて『あらへん』の段階である」として「京都弁は保守的・消極的であり、大阪弁は進歩的・積極的である」と指摘されているのも興味深かった。ほかにも「どうしたというのや」が「どないした言うねん」に変化する際の「ねん」という断定表現、「行きなさる」が「行かはる」に変化する際の「はる」という敬語表現、「ド阿呆」のように「どう」という短呼が接頭語化した「ど」の分析や助詞の省略率の高さ、船場言葉の持つ貴族性など、興味深い指摘が満載である。いまでも仕事で関西弁(大阪弁)について調べるときに活用している。ありがたい一作である。
ラベル:方言
posted by 乾口達司 at 17:36| 奈良 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする