2011年08月29日

ミナミで一杯。

20110829-1.bmp

人と会う用事があって難波へと出た。その際に立ち寄ったのが“南蛮亭”(大阪市中央区難波4-5-7 プラザレスパル1F)である。これまでに何度もお邪魔をしている。何しろ人気店である。客がいっぱいで入店を諦めたこともある。今回は開店と同時の入店であったためにすんなり入ることが出来た。注文は伝票に記入して店員に渡すという形式である。「とりサラダ」のほかにも串をいろいろ注文。ビールを2杯飲んだ後は焼酎の水割りに切り替えた。ミナミでお勧めの焼き鳥屋である。
タグ:焼き鳥
posted by 乾口達司 at 22:45| 奈良 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | グルメ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年08月27日

土砂降りの大雨。

今日は仕事で梅田へ。電車で梅田へ向かっている途中はかんかん照りであった。しかし、仕事を終えて帰宅する段になると外は土砂降りの大雨である。おまけに雷鳴まで轟いている。「バケツを引っくり返す」という表現がぴったりの大雨である。さいわいにも地下通路を歩けたことでほとんど濡れなかった。最寄の駅に帰って来ると雨は小降りである。猛烈な雨雲は生駒山地を越えてやって来ることはなかったらしい。それにしてもひどい雨であった。
タグ:
posted by 乾口達司 at 19:17| 奈良 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 自己 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

岡山紀行(浦間茶臼山古墳)

20110827-1.bmp

岡山紀行(渋川海岸)→こちら
岡山紀行(玉比盗_社)→こちら
岡山紀行(粟井温泉)→こちら
岡山紀行(内宮)→こちら
岡山紀行(住吉宮)→こちら
岡山紀行(福岡)→こちら
岡山紀行(吉井石造宝塔)→こちら
岡山紀行(福岡神社)→こちら

浦間茶臼山古墳(岡山市裏間)は全長約138メートル・後円部の径約80メートルの前方後円墳。4世紀前半頃に造られたとされた吉備地方最古の前方後円墳であるとされている。前方部の形状は初期の前方後円墳に見られる撥状の形をしている。奈良県桜井市の箸墓古墳の2分の1の大きさに造られているという説もあるようだ。箸墓古墳2分の1スケール説が正しいとすれば、畿内に成立した王権の強い関わりを考えなければならない。興味深い内容である。写真は後円部の頂上に見られる埋葬施設の遺構。ご覧の通り、盗掘されていまは何もない。
タグ:古墳
posted by 乾口達司 at 18:53| 奈良 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年08月26日

夏風邪。

一昨日あたりから喉の調子が悪かった。それが昨日になって鼻水へと変わった。今日も鼻水が出来る。どうやら夏風邪をひいたようである。エアコンをつけて寝たりしていたせいだろうか。薬を飲んで養生しよう。
タグ:風邪
posted by 乾口達司 at 19:53| 奈良 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 自己 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年08月22日

富雄でおやつ。

20110822-2.bmp

富雄に住んでいた時代には“みやけ―旧鴻池邸表屋”(奈良市鳥見町1-5-1)はまだオープンしていなかった。オープンは私が富雄から転居した直後である。したがって、訪問は今回がはじめてであった。旧鴻池家の屋敷の一部を移築したものであるらしい。したがって、食事場所は大きく2つに分かれた座敷でいただくことになる。訪れたのが午後3時前であったせいだろう。店内は時間を持て余していそうな主婦連中でゴッタ返していた。注文したカキ氷はキメが細かく、喉越しが良い。カキ氷の入っている器も冷たくて気持ちが良い。白玉だんごも美味しい。もう少し訪問客が少なければ座敷でゆっくりくつろぐことが出来たであろう。私の隣では家事手伝いをやっていると思われる妙齢の女性とその母親とが一つのカキ氷を仲良く分け合っていた。
タグ:カキ氷
posted by 乾口達司 at 22:54| 奈良 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | グルメ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

富雄で昼食。

20110822-1.bmp

“ジャンク屋哲”(奈良市富雄北1-3-5キタダビル1F)は富雄駅東改札から北側へ徒歩30秒のところにある。いわゆる二郎系と呼ばれるタイプのラーメン店である。写真は豚入りラーメンのノーマルタイプでニンニクは入れた。ただし、この手の店で好まれる野菜のボリュームアップは避けた。麺はストレートの太麺でもちもちしている。スープはしょうゆ豚骨であろうか。つけ麺も美味しい。ただし、つけ汁はスープ割りをしてようやくマイルドになる程度の濃さである。したがって、スープだけを呑むことは難しい。次回、訪れるときは野菜の「ちょいマシ」くらいにはチャレンジしてみよう。
タグ:ラーメン
posted by 乾口達司 at 22:39| 奈良 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | グルメ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年08月21日

岡山紀行(福岡神社)

20110821-1.bmp

岡山紀行(渋川海岸)→こちら
岡山紀行(玉比盗_社)→こちら
岡山紀行(粟井温泉)→こちら
岡山紀行(内宮)→こちら
岡山紀行(住吉宮)→こちら
岡山紀行(福岡)→こちら
岡山紀行(吉井石造宝塔)→こちら

福岡神社(岡山市浅川519)の祭神は武甕槌命・経津主命・天児屋根命・姫大神・仲哀天皇・応神天皇。古くから霊験があらたかで当初は正一位春日大明神と称えられていた。平重盛の尊信篤かったという。観応元年、足利尊氏の軍勢が数か月在陣・祈願したと伝える。円形に近い独立した丘の頂上に位置している。石段を登ってゆくのが一苦労である。しかし、頂上からの眺めは素晴らしかった。
タグ:神社
posted by 乾口達司 at 22:44| 奈良 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年08月20日

後藤明生を読む会(第5回)

後藤明生を読む会(第4回)→こちら

本日、後藤明生を読む会の第5回目がもよおされた。本日のテクストは『行き帰り』(中央公論社)である。いつものように代表の発表者が基調報告をおこなった。その後、参加者で討議がおこなわれた。今回も話題となった事柄をアトランダムに列記しておこう。『行き帰り』に登場する高鍋や高田は「釈王寺」のような小説、「『夢語り』拾遺」「元山の思い出」といったエッセイにも名前を変えて描かれている。「ある日」という表現の多用とそれによって現出される不透明な現実性。「ある日」という表現に見られるような特定することの出来ない日時を提示することで、過去から現在へと流れる「線的時間」を攪乱していること。過去そのものが現在であるという後藤明生の認識と大森荘蔵の『時間と自我』との関係について。「相変わらず」という用語が頻出すること。「相変わらず」と変化との共存。谷津遊園の大観覧車の生々しい存在感。観覧車が動いているようであり、止まっているようにも見えたという表現と「相変わらず」という表現およびそこからの変化の表現との対応関係について。冒頭で言及される「紫陽花」について。「紫陽花」をどこで見たのかを忘れていることが起源の不明という事態と関係していること。理想=思いとしての永興と現実=存在としての習志野。福島県の地図について。それにちなんだ全体の不透明性について。断片の集積体としての『夢語り』の世界が高田によっておこなわれる永興に関する断片を蒐集するという行為を反映していること。高鍋の沈黙・高田の饒舌とそれぞれ対峙することによって『夢語り』の世界を相対化することが『行き帰り』の目的であること。「逸平氏」からの手紙=創作説。それによって現われるさまざまな謎について(例えば、自分の父親の名前を「H君」「木食児」となぜ複数で表記したのか?)。独特な接続詞の使い方について。中野孝次「後藤明生の方法―近作にふれて」(「海」1977年10月号)に対する肯定と否定。会津行きの場面で表記が唐突にメモ書きに変化すること。メモ書きを挿入する書き方の斬新性について。会話文を含めたさまざまな「行き帰り」の表現について。次回の研究会は10月15日。次回は私が「鰐か鯨か」(『謎の手紙をめぐる数通の手紙』所収)について発表する予定である。
タグ:後藤明生
posted by 乾口達司 at 22:30| 奈良 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 自己 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年08月19日

岡山紀行(吉井石造宝塔)

20110819-2.bmp

岡山紀行(渋川海岸)→こちら
岡山紀行(玉比盗_社)→こちら
岡山紀行(粟井温泉)→こちら
岡山紀行(内宮)→こちら
岡山紀行(住吉宮)→こちら
岡山紀行(福岡)→こちら

吉井石造宝塔(岡山市吉井)は倉安川の水門から山手へ歩いて5分ほどのところにある。総高282センチメートル。花崗岩製で鎌倉時代後期の建立であるという。基礎の四方には格狭間、塔身の四方には扉形がそれぞれ刻まれている。首部には縁板状の造り出しが見られる。屋蓋やその四隅にも隅木形や降棟がしつらえられている。形の良い宝塔である。付近には吉祥院という寺院があったという。しかし、いまは草むらとなっており、その痕跡を見つけ出すことは出来ない。後鳥羽上皇の遺髪を埋めた供養塔であるという伝承も残されている。
タグ:石塔
posted by 乾口達司 at 22:42| 奈良 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

岡山紀行(福岡)

20110819-1.bmp

岡山紀行(渋川海岸)→こちら
岡山紀行(玉比盗_社)→こちら
岡山紀行(粟井温泉)→こちら
岡山紀行(内宮)→こちら
岡山紀行(住吉宮)→こちら

長船町には福岡という地名が残されている。平安時代、福岡荘と呼ばれる荘園があったという。中世以降、吉井川の沿岸部に位置していたことから市場が形成されて大いに賑わったようである。布教のために福岡の市を訪れた一遍の様子を描いた『一遍上人絵巻』の描写を見てその存在を知っているものもいることだろう。後年、黒田官兵衛の先祖も居を構えていたようである。官兵衛の子息・長政が九州・博多に領地を賜った折、長政は先祖の住んでいた福岡の地にちなんで現在の福岡県福岡市の地を「福岡」と命名したという。宇喜多直家が備前を統一した折、岡山の地に城下町を築くため、福岡にいた商人たちは岡山に強制的に移住させられたという。そのせいだろう。現在の福岡はかつての賑わいが嘘のようにひっそり静まり返っている。往時をしのぶものとして写真の石柱が立てられている。
タグ: 福岡
posted by 乾口達司 at 22:27| 奈良 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年08月17日

岡山紀行(住吉宮)

20110817-1.bmp

岡山紀行(渋川海岸)→こちら
岡山紀行(玉比盗_社)→こちら
岡山紀行(粟井温泉)→こちら
岡山紀行(内宮)→こちら

住吉宮(岡山市南区福島1-8先)は旭川にかかる旭川大橋と岡南大橋のあいだに位置している。堤防の内側に設けられたグラウンドの脇に鎮座しているため、こんもりとした社叢が対岸からでも確認することが出来る。祭神は底筒男命・中筒男命・表筒男命・神功皇后。寛文12年(1672年)8月15日、当時の藩主・池田光政によって当地に勧請されたという。海岸付近に位置して航海の安全を見守っていた神社である。現在よりもさらに岡山の市街地寄りに海岸線があった時代、このあたりに船着場があったのであろう。旭川の氾濫や荒波で流されたこともたびたびであったのではなかろうか。その都度、再建されたのかも知れない。
タグ:神社
posted by 乾口達司 at 22:47| 奈良 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年08月16日

岡山紀行(内宮)

20110816-1.bmp

岡山紀行(渋川海岸)→こちら
岡山紀行(玉比盗_社)→こちら
岡山紀行(粟井温泉)→こちら

旭川沿いに位置する内宮(岡山市南区浜野1-3-8)はいわゆる元伊勢の一つであるとされている。崇神天皇の時代、皇祖神である天照大御神は笠縫邑に移されたのを皮切りに鎮座地を求めて各地を転々とした。当地は吉備国における鎮座地=名方浜宮の有力候補地であるようだ。しかし、そういった由来を知らなければ、どこにでも見られるありふれた神社の一つに過ぎない。あたりには岡山では名の知られた製紙工場もある。車も頻繁に行き交う。境内には誰の姿もなかった。
タグ:神社
posted by 乾口達司 at 22:10| 奈良 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年08月13日

岡山紀行(粟井温泉)

20110813-1.bmp

岡山紀行(渋川海岸)→こちら
岡山紀行(玉比盗_社)→こちら

粟井温泉あしもり荘(岡山市粟井2223-1)は近水園などのある足守の中心地からさらに山奥に入ったところにある。先日の岡山旅行ではじめて訪問をした。湯船はそれほど大きなものではない。しかし、それがかえって隠れ湯のような雰囲気を演出している。泉質はアルカリ性ラドン泉。加熱して使用しているという。ぬるっとして湯ざわりが快適である。夏のひとときを温泉宿でくつろいだ。
タグ:温泉
posted by 乾口達司 at 21:08| 奈良 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年08月12日

岡山紀行(玉比盗_社)

20110812-2.bmp

岡山紀行(渋川海岸)→こちら

玉比盗_社(玉野市玉野市玉5-1-17)には立石がまつられている。磐座であろう。それにしても大きい。巨大であるという表現がピッタリである。下から見上げると天に向かって伸びているような印象を受ける。背面には大きな亀裂が見られる。いつの日か、本体から崩れ落ちてしまうのではなかろうか。本殿の奥には奥宮もある。こちらも別の巨石をまつっている。壮観な眺めである。近くを訪れた折には是非とも拝観しておきたい巨石である。
タグ:神社
posted by 乾口達司 at 23:00| 奈良 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

岡山紀行(渋川海岸)

20110812-1.bmp

以前の岡山紀行について触れてゆこう。瀬戸内海に面した渋川海岸(玉野市)はこれまでにも何度か車で通った。岡山県民がしばしば海水浴に訪れるところである。海開きのシーズンのみ駐車場が有料になる。しかし、駐車場として完備された付近から少しはずれると、ちょっとした駐車スペースも見つかる。先日の訪問ではそちらに車を止めて海を眺めた。海のないところで育ったものには物珍しい光景である。足をつけたりして遊んだ。
タグ:
posted by 乾口達司 at 22:37| 奈良 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年08月11日

ギョウザ。

20110811-1.bmp

久し振りに自宅でギョウザを作った。アンを皮でせっせと包む。久し振りにこういった単純作業も良いものだとおもった。後はホットプレートの上で焼くだけである。酢醤油にラー油をたらして食べた。熱々で美味しかった。
タグ:ギョウザ
posted by 乾口達司 at 23:13| 奈良 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 料理 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年08月09日

甥っ子の誕生日。

20110809-1.bmp

8月9日は甥っ子シュンの誕生日。12年前の今日、シュンは生まれた。時間は間もなく10日になろうとするちょうどいまごろの時間帯のこと。生まれてすぐに病院へ駆けつけたものである。当時のことは良く憶えている。あれから12年の歳月が流れたのか。早いものである。誕生日ケーキは“N・アツヒロ”(奈良市三条大路5-1-25)で購入した。ローソクを立てて御祝いをした後、切り分けた。
posted by 乾口達司 at 23:45| 奈良 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 自己 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年08月08日

前田勇『大阪弁』

20110808-1.bmp

前田勇の『大阪弁』(朝日新聞社/1977年2月)をはじめて読んだのは十数年前のことである。当時、関西の詩人や漫才の起源などを調べる機会があった。その関わりのなかで読んだのであった。それまで「大阪弁」を意識したことはなかった。それだけにここに記されている「大阪弁」の指摘は目から鱗であった。「大阪弁は一音語を、すべて長呼する」という指摘は「目」を「めえ」、「歯」を「はあ」、「手」を「てえ」と呼ぶことに当てはまる。そして、そこから「大阪弁」の持つ「母音過多」の傾向が指摘されている。「たとえば動詞の打ち消しの言い方ひとつを取ってみても、上方では『ありはせぬ→ありゃせん→あらへん→あれへん』という順に変化しているが、大阪弁はすでに『あれへん』まで到達しているのに、京都弁はまだ一足おくれて『あらへん』の段階である」として「京都弁は保守的・消極的であり、大阪弁は進歩的・積極的である」と指摘されているのも興味深かった。ほかにも「どうしたというのや」が「どないした言うねん」に変化する際の「ねん」という断定表現、「行きなさる」が「行かはる」に変化する際の「はる」という敬語表現、「ド阿呆」のように「どう」という短呼が接頭語化した「ど」の分析や助詞の省略率の高さ、船場言葉の持つ貴族性など、興味深い指摘が満載である。いまでも仕事で関西弁(大阪弁)について調べるときに活用している。ありがたい一作である。
タグ:方言
posted by 乾口達司 at 17:36| 奈良 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年08月07日

メダカを飼う。

20110807-1.bmp

メダカを譲り受けたのは先月末のことである。以来、メダカの飼育に追われている。当初は物置に眠っていた大きめのプラスチックケースに水を入れて飼育していた。しかし、メダカの数が多く、それだけではいささか窮屈に感じられたため、後日、陶器の鉢を用意してそこに半分程度を移した。空っぽの陶器の鉢のなかには水生植物も植えられている。メダカの入ったプラスチックケースと鉢は玄関脇に置いた。屋外に置かれているために日光が良く当たる。メダカの発育には良い環境であろう。しかし、この時期、日中は水温が急激に上昇する。しかし、鉢の方は水生植物が適度に影を作ってくれるために水温の上昇を抑えてくれているようである。プラスチックケースの方も出来るだけ影が出来るように鉢植などを横に置いている。おかげでメダカは元気に泳いでいる。水は庭の井戸水を使っている。水が減って来たら継ぎ足してやろうと思っている。
タグ:メダカ
posted by 乾口達司 at 22:22| 奈良 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 春夏秋冬 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年08月03日

後藤明生を読む会(第5回)のお知らせ。

2009年の年末以来、大学時代の同窓生たちと内向の世代の小説家・後藤明生(1932年〜1999年)をめぐる勉強会を立ち上げようと話し合って来た。これまでに何度も会合を重ねた。そして、2010年8月29日に第1回の読書会をもよおすことが出来た。以後、勉強会を重ねて来ている。前回の読書会のことは5月7日の日記で報告したとおりである。参加は自由である。興味のある方はいらっしゃって下さい。

■第5回後藤明生を読む会の御案内
2009年の暮れから有志で集まり、内向の世代の文学者・後藤明生の評論集を制作・刊行してみようと話しあってまいりました。それに先立ち、後藤明生の文学をより深く理解するため、これまでに「後藤明生を読む会」を企画・運営し続けております。後藤作品について共同で討議をするなかでお互いの認識と協同性を高めあい、後藤明生論集を執筆・刊行してゆく道筋をつけてゆければと考えております。特に発表者と聞き手とが相互に入れ替わることで各人がテクストの読み手であると同時に書き手であるという相互変換的な存在へと成長していければと願っております。
さて、来る8月20日、第5回の「後藤明生を読む会」をもよおします。
参加資格などは一切ありません。
万障お繰り合わせの上御出席下さいますよう御案内申し上げます。
謹白

日時 : 2011年8月20日(土)午後1時〜4時半頃
場所 : 阿倍野市民学習センター第2会議室
住所 : 大阪市阿倍野区阿倍野筋3-10-1-300(あべのベルタ3F)
TEL : 06-6634-7951
交通案内 : 地下鉄谷町線「阿倍野」駅F番出口より、「あべのベルタ」地下2階通路を通って3階へ上がって下さい
テクスト : 後藤明生『行き帰り』(あらかじめ読んで来ていただけると幸いです)
参加費 : 500円程度(資料代含/参加者数によって若干変わります)
その他 : 終了後、近くの店で打ち上げをおこないます。要実費負担
タグ:後藤明生
posted by 乾口達司 at 21:12| 奈良 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 自己 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年08月02日

木津で昼食。

20110802-1.bmp

久し振りに“とれたてダイニング柳生”(木津川市州見台5-21-10-2)を訪れた。何年振りの訪問であろうか。注文したのは桶盛りわっぱ膳である。見た目よりもボリュームがあって美味しい。それを証明するかのように客が入れ替わり立ち代りやって来る。夜のメニューもいつかいただきたいものである。
タグ:ランチ
posted by 乾口達司 at 22:23| 奈良 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | グルメ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする