2011年07月29日

『日本語文章・文体・表現事典』

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『日本語文章・文体・表現事典』(朝倉書店/2011年6月)が刊行された。題名のとおり、日本語の文章・文体・表現を多角的にまとめた事典である。「表現用語の解説」からはじまり「文章用語の解説」「文体用語の解説」「レトリック用語の解説」「ジャンル別文体概観」「文章・文体・表現の基礎知識」「目的・用途別文章作法」「近代作家の文体概説と表現鑑賞」「近代の名詩・名歌・名句の表現鑑賞」と続いて「文章論・文体論・表現論の文献解題」で締め括られる。今回、「近代作家の文体概説と表現鑑賞」のなかの「古井由吉」と「後藤明生」の項目の執筆を担当した。自分の仕事とも関わりのある事典である。それだけに興味深い。しかし、何しろ大部である。時間のあるときにでもじっくり読んでみようと思っている。
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入江泰吉記念奈良市写真美術館館編『昭和の奈良大和路―入江泰吉の原風景』

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入江泰吉記念奈良市写真美術館館編『昭和の奈良大和路―入江泰吉の原風景』(光村推古書院/2011年8月)は入江泰吉記念奈良市写真美術館館で購入した。当館で9月25日までもよおされている「入江泰吉 大和の暮らし―昭和20年〜30年代―」と題された展覧会に合わせて企画・出版された写真集である。入江泰吉によって撮影された昭和20年代から昭和30年代にかけての奈良の風景写真が多数収録されている。展覧会に出展されている写真と重複するものもある。出展されていない写真も収録されている。現在、新大宮駅の途中から地下にもぐり込んでしまう近鉄奈良線が、当時、路上を走っていたことを知るものはいまではもう少ないだろう。般若寺の本堂が選挙の投票所として使われている様子を撮影した一枚は貴重である。「興福寺境内」(p39)や「若草山麓」(p45)も印象深い。娯楽に乏しかった当時、奈良公園や若草山に出掛けることも充分なレクリエーションであったようである。興福寺の境内や若草山に茣蓙を敷き、三々五々、酒を呑んだり、歓談したりする人たちでゴッタ返している光景もいまでは考えられないものである。しかも、あたりにはゴミが散乱しており、実に汚い。小野十三郎も『詩論』のなかで若草山に散乱するゴミの様子に言及していたように思う。しかし、その様子を実際に目の当たりにしたのは今回がはじめてである。隣国の人々はゴミを平気で路上に捨てる。マナーの悪い民族である。そういって隣国を批判する言説は多い。しかし、この写真を見れば、数十年前までは日本人も隣国の人々とまったく同じレベルにあったことを思い知らされる。その他、わが家の掛かりつけの医院が写り込んでいる写真もある。遠くに実家そのものが写り込んでいるものもある。いまでも変わらぬのは子どもたちの表情である。その無邪気な表情には魅了される。微笑ましい光景である。
ラベル:写真 入江泰吉
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奈良市写真美術館『入江泰吉 大和の暮らし―昭和20年〜30年代―』

奈良市写真美術館では9月25日まで「入江泰吉 大和の暮らし―昭和20年〜30年代―」と題された展覧会がもよおされている。入江泰吉によって撮影された昭和20年代から昭和30年代にかけての奈良の風景写真が多数展示されている。奈良の風景や仏像などを撮影して来た入江がこういった庶民の暮らしぶりにも目を向けていたことをはじめて知るものも多いだろう。地元民にとっては、現在のあの場所がかつてこのような風景であったのかということを知るのにも格好の展覧会である。移り変わる風景画多いなかにあって、いまでもまだ変わらぬ姿のまま残っている風景も残されている。変わりゆくものと変わらないもの。そのはざまでわれわれが生きていることを教えてくれる展覧会であった。
ラベル:入江泰吉 写真
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2011年07月27日

甥っ子の帰省。

名古屋在住の甥っ子・ユウが今日から奈良の実家にやって来ている。8月の下旬まで実家に滞在する予定であるという。兄のシュンは友人の家に宿泊する予定があったりして帰省は8月に入ってからである。ユウはこれまで一人で実家にやって来ようとはしなかった。3歳になる前にすでに一人で実家で長期滞在を続けていたシュンとは比べものにならないほどの弱虫である。ところが、今年からは一人で泊まれるという。ユウはいま5歳である。5歳になってやっと一人立ちすることが出来るようになったということか。まことに喜ばしい限りである。
ラベル:夏休み
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2011年07月25日

新大宮で昼食。

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今日は奈良ロイヤルホテルで会食をした。利用したのはランチバイキングを提供している“万葉”(奈良市法華寺町254-1奈良ロイヤルホテル1F)である。平日は食べ放題のバイキングのほかにもメインディッシュ3種類のなかから選択した1品もいただける。今回は海老料理を選択した。バイキングの品数も豊富で美味しい。2100円でこれだけの料理が食べられれば満足である。ただ、ハンバーグだけはスーパーで売られているような冷凍ものをそのまま解凍しただけのような味であった。
ラベル:バイキング
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2011年07月24日

学園前で一杯。

今日は早朝出勤だった。仕事は無事に終了した。夜は学園前の“温温”(奈良市学園北1-1-1ル・シエル学園前2F)で仕事の関係者と一杯やった。はじめて訪れた店である。呑み放題のコースを注文。呑み放題ということもあってビールと焼酎をがぶがぶ呑んだ。控除の話、かにチャーハンの話など主婦連中を相手に愉快な一夜であった。笑えるエピソードが満点の一夜であった。
ラベル:
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2011年07月23日

奈良町の地蔵盆。

今日は朝から大阪へ。仕事の打ち合わせだった。夕方、奈良町を散策した。今日は地蔵盆である。街のあちらこちらで地蔵盆の光景が見られた。なかでも、福智院(奈良県奈良市福智院町46)には狭い境内にチビッ子やその保護者がひしめき、大混雑であった。開け放たれた本堂のなかもチビッ子だらけである。大きな地蔵菩薩坐像(国重文)を物珍しそうに見上げている子らの様子が微笑ましかった。
ラベル:地蔵盆
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2011年07月22日

地蔵盆。

地蔵盆の季節である。奈良では明日・あさってあたりに地蔵盆をもよおすところが多い。場所によってはテントを張ったり、提灯を出したりと作業に追われていた。明日は散歩の途中にでも地蔵盆を幾つかめぐってみようと思っている。天気が良さそうで何よりだ。
ラベル:地蔵盆
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2011年07月19日

台風接近。

台風の季節である。只今台風6号が近畿地方に接近中である。今日は日中に外出する予定があった。出掛けるとき、雨はほとんど雨が降っていなかった。しかし、帰りは土砂降りであった。強風も吹き荒れている。植木類などを室内に片づけた。クーラーをかける必要がないのはあり難いが、雨戸を閉めなければならないのでかえって蒸し暑い。久し振りに台風らしい台風の接近である。
ラベル:台風
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2011年07月18日

橿原で昼食。

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所用でイオンモール橿原アルルへ。昼食をとるために“一刻魁堂”(橿原市曲川町7-20-1イオンモール橿原アルル1F)に入った。はじめて訪れた店である。休日の昼時であったせいだろう。店内はゴッタ返していた。節系つけ麺を注文。スープはとんこつ風味のこってり味である。しかし、途中から添えられていた酢を少量入れるとあっさり味に変化した。不思議なものである。取り立てて特徴のある味ではなかったため、ラーメンマニアには物足りないかも知れない。しかし、私には充分美味しかった。ただし、店のロゴはわかりにくい。知らないものは“一刻堂”と読んでしまうはずである。
ラベル:ラーメン
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2011年07月17日

“seve”5周年。

7月14日はフランス革命記念日である。5年前、その革命記念日に店をオープンさせたのが奈良町のワインバー“seve(セヴ)”(奈良市西寺林町19-1)である。今年は5周年という区切りの年であることもあって某所で5周年の記念パーティがもよおされた。私は残念ながら諸事情によって参加することが出来なかったが、さぞ盛大で充実したパーティであったことだろう。特に9リットルの巨大シャンパンは呑んでみたかったものである。これからも美味しいワインを呑ませて下さい。楽しみにしています。
ラベル:ワイン
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2011年07月16日

夏祭り。

季節柄、実家の町内の夏祭りがもよおされた。以前は盛大に櫓を組み、そのまわりを人々が河内音頭のリズムにのって踊っていたものである。幼い頃、私は盆踊りの「オ」の発音がうまくいえず、盆踊りのことを「ボンドリ」と呼んでいたようである。踊りの輪のなかに入ったことも何度もある。しかし、当時の私の関心はもっぱら屋台の方にあったようである。金魚すくいにヨーヨー釣り。焼きソバにお好み焼き。実にいろいろな屋台に顔を出したものである。いまでも河内音頭の歌い手さんはやって来る。しかし、櫓が組まれることはない。歌い手さんは仮設のステージの上で河内音頭を歌う。しかし、彼らの歌にあわせて踊る人はほとんどいない。寂しい限りである。これも時代の変化というものであろうか。父親が町内会の役員をしていることもあり、屋台の店番に借り出されていた。それを冷やかしにゆく。父親は近所の子どもたちを相手にせっせと商品を売っていた。
ラベル:
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2011年07月15日

後藤明生13回忌追悼集会。

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内向の世代の文学者・後藤明生が亡くなったのは1999年8月2日の朝である。暑い日であった。午前中に訃報を受けた私は、その日の午後、関係者数名とともにお悔やみにうかがった。目をつむって横たわる後藤明生の死に顔はまるで眠っているかのような安らかなものであった。葬儀がとりおこなわれたのは8月6日。葬儀に参列した私は火葬場までお伴をさせていただいた。あの日も暑かった。通夜の後、後藤明生の親族の方々にお酒を頂戴し、そのまま葬儀会場にもうけられた簡易の宿泊施設で休んだものの、ゆっくり休むことが出来なかった。前日からの疲れが残っていたのであろう。翌日の葬儀は疲労困憊の一日であった。あれから12年の歳月が流れた。7月13日、東京・飯田橋の日本出版クラブ会館で後藤明生の13回忌追悼集会がひっそりとりおこなわれた。会の中心となったのは後藤明生の朝倉中学・高校時代の同級生や後輩たちである。それに加えて早稲田大学時代の友人、同人雑誌仲間、平凡出版勤務時代の部下などが参加された。奥さまとは4、5年振りにお会いすることが出来た。遺影の前に献花をおこない、その後は食事会に移った。出席者が一人ずつ後藤明生の思い出を語った。印象深いのは彼らがいずれも親しみを込めて「ごっちゃん」と呼んでいたことである。後藤明生を神格化するわけでもなく、その反対に過度に貶めるわけでもなく、ごく普通に酒を呑み、文学を語り、あるいは文学以外の話題を語りあって来たものたちであるからこその親密さが「ごっちゃん」という呼び方からはうかがえた。したがって、彼らの思い出話はいずれも貴重であった。そして、同時に抱腹絶倒であった。なかでも、編集者時代、某有名週刊誌に詩を書いていたという逸話は後藤明生の作品世界を愛読して来たものには意外に聞こえることであろう。「平凡パンチ」編集部員時代のエピソードも凄まじいものであった。その中身を詳しく紹介することが出来ないのが残念である。
ラベル:後藤明生
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2011年07月14日

台東区立書道博物館。

13日は午前3時半に起床。始発の新幹線に乗り込み上京した。所用もあって午前中は鶯谷の台東区立書道博物館(台東区根岸2-10-4)へ。洋画家で書家でもあった中村不折のコレクションを蒐集した博物館である。今回、はじめて訪問したが、甲骨文から青銅器、玉、瓦当、墓券、金銅仏・石造仏など、中国伝来のものが多くてつい見入ってしまった。折りしも千字文をテーマにした特別展がもよおされていた。なかでも、不折の『臨顔真卿裴将軍詩軸』はその巨大さに圧倒された。迫力のある書であった。
ラベル:博物館 中村不折
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2011年07月12日

日帰り上京。

明日は所用で上京する。明け方に起床して朝の新幹線に飛び乗り、所用を済ませて、夜、帰宅する予定。慌しい日帰り旅行である。仕事が立て込んでいてゆっくりする時間がない。関東在住の友人と酒を酌み交わす余裕もない。こればかりは仕方がない。別の機会にゆっくり上京しよう。
ラベル:東京
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2011年07月11日

横井町の穴栗神社。

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穴栗神社(奈良市横井1-677)は横井町に鎮座している。いわゆる天理街道を天理方面に向かうと左手の奥に社叢が見える。それが穴栗神社の森である。境内に立てられた説明版によると、当社の地は『日本書紀』景行天皇の条に「春日穴咋邑」と出ているところであるという。平安時代、穴栗・井栗の神が当地から春日大社に勧請されたとのこと。『萬葉集』の「妹が家に伊久里の杜の藤の花今来む春も常かくし見む」(高安王)に詠まれる「伊久里の杜」であるという。祭神は太玉命・高御産霊尊・青和幣・白和幣である。太玉命と高御産霊尊が祭神として位置づけられているのは良い。しかし、青和幣と白和幣とは何だろう。「幣」が神格化されているというのは珍しいのではあるまいか。どことなく不思議な神社である。
ラベル:神社
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2011年07月10日

神殿でテイクアウト。

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フリアンディーズ”(奈良市神殿町162-18)に立ち寄った。シュークリームと2種類のプリン(カスタード&黒ゴマ)を購入した。カスタードプリンはオーソドックスなものであって食べやすい。黒ゴマプリンは黒ゴマの風味が濃厚で美味しかった。コストパフォーマンスも良い。近いうちにまた別のケーキを注文してみよう。
ラベル:ケーキ プリン
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2011年07月09日

梅雨明け。

昨日、奈良では梅雨明け宣言がなされた。6月下旬からしばらく真夏のような日が続いた。7月に入ってしばし雨降りの日が続いた。そして、昨日の梅雨明け宣言である。今年は梅雨入りしたのが例年よりもかなり早かった。そういった経緯もあり、梅雨が明ける時期はこのあたりで妥当であろう。しかし、おかげでいきなりの猛暑である。某大型ショッピングセンターは明らかに避暑目的で訪れた人たちでゴッタ返していた。
ラベル:梅雨
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2011年07月08日

天理でテイクアウト。

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天理に立ち寄ったついでに“天雅”(天理市川原城町816)の餃子を持ち帰った。今年に入ってはじめての訪問である。皮は相変わらずモチモチである。口にほおばると肉汁がしみ出して来る。付属のタレも良い。今回も美味しくいただいた。ちなみに豚饅は9月末まで販売中止であるという。“天雅”の豚饅には久しくありついていない。久し振りに無性に食べたくなって来た。
ラベル:餃子
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2011年07月06日

天理市の石上神宮。

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石上神宮には何度も参拝している。国宝の本殿や出雲建雄神社拝殿、あるいは昨年の夏に拝観する機会に恵まれた七支刀など見所の多い神社である。なかでも、禁足地をかこむようにして立てられた石造の玉垣(写真)は私のお気に入りである。古代の鉄剣や玉などが数多く出土したことで知られる禁足地をかこむようにして立てられているだけのことはあり、先端部分が尖ったその造型はさながら剣そのものである。数多くの剣に守られるようにして禁足地が古代のまま残されている様子はいつ見ても印象深い。一つ一つに「布留社」という文字が刻まれている。かつて布留社と呼ばれていた名残りである。
ラベル:神社
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2011年07月04日

内田魯庵『思い出す人々』

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内田魯庵の『思い出す人々』(岩波文庫/1994年2月)を再読する機会に恵まれた。有り難い限りである。かれこれ7、8年振りではなかろうか。7、8年前に読んだときと同様、今回も二葉亭四迷について言及した「二葉亭四迷の一生」「二葉亭余談」「二葉亭追録」「二葉亭四迷―遺稿を整理して―」がもっともおもしろかった。「二葉亭の直話に由ると、いよいよ行詰って筆が動かなくなると露文で書いてから飜訳したそうだ」という一節などは近代以降の日本語(言文一致体)に慣れ親しんだ現代のわれわれには想像することは難しい。しかし、言文一致という新たな文の草創期における先駆者=二葉亭の苦闘をうかがい知るには見逃すことの出来ない記述である。「二葉亭は始終文章を気にしていた」「二葉亭も一つの文章論としては随分思切った放胆な議論をしていたが、率ざ自分が筆を執る段となると仮名遣いから手爾於波、漢字の撰択、若い文人が好い加減に創作した出鱈目の造語の詮索から句読の末までを一々精究して際限なく気にしていた」「一面には従来の文章型を根本から破壊した革命家であったが、同時に一面においてはまた極めて神経的な新らしい雕虫の技術家であった」という回想部分も興味深い。二葉亭にとって文学は「文」との格闘を抜きにしてはありえなかったということをあらためて思い知らされた。「文」との格闘は作品を如何に書くかという方法論の問題に通じる。しかし、その肝心の方法に対する意識が失われてしまったところに日本の近代文学の問題がある。それはすなわち「文」に対する自己意識の喪失を意味している。いま一度、「文」と格闘した二葉亭の営為を振り返ってみるべきではなかろうか。
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2011年07月03日

カブトムシ9

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前回、カブトムシについて記したのは2009年8月23日の日記だった。あれから2年。今年もカブトムシの季節がやって来た。今年のカブトムシが成虫になって地表に姿を現したのは10日ほど前のこと。いまでは元気に活動している。夜になるとうるさいくらいである。すでにもらい手は確定している。近日中に順次もらわれてゆく予定である。
ラベル:カブトムシ
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2011年07月02日

奈良阪でおやつ。

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奈良阪の植村牧場(奈良市般若寺町168)へ立ち寄った。植村牧場の名物といえば、絞りたての牛乳で作られた自家製ソフトクリームである。久し振りに買い求めてその場で食べた。相変わらず濃厚で独特の風味である。以前はしばしば散歩の途中に立ち寄って食べたものである。牛乳も買いたかった。しかし、帰宅までに時間がかかることもあって今回は買うのを控えた。
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2011年07月01日

大宮通りで昼食。

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今日は大宮通り沿いの丸源ラーメン(奈良市二条大路南4-1-21)で昼食。平日限定ランチのCセット=肉そば+餃子+鉄板玉子チャーハン(ミニ)を注文した。久し振りの訪問である。相変わらず肉そばは美味かった。見た目ほどにはこってりしていないのも良い。途中から柚子胡椒を溶かすとさっぱり味に変化する。ラー油や酢を加えるとさらに味が変化する。これもおもしろい。次回はつけ麺を食べてみたいと思っている。
ラベル:ラーメン
posted by 乾口達司 at 23:00| 奈良 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | グルメ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする