2011年02月28日

岡山紀行(旭川)

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岡山紀行(曹源寺)→こちら
岡山紀行(操山)→こちら
岡山紀行(内田百關カ家跡)→こちら
岡山紀行(津島遺跡)→こちら
岡山紀行(吉備津神社)→こちら
岡山紀行(蟹八幡宮)→こちら
岡山紀行(亀石神社)→こちら
岡山紀行(乙子城跡)→こちら

岡山県には旭川・吉井川・高梁川という3本の大河が流れている。いずれも瀬戸内海に注いでいる。旭川は岡山市の中心街を南北に流れている。旭川クラスの規模の大河は地元・奈良には見当たらない。それだけにいつまで見ていても飽きることがない。河川の東岸にケレップ水制が並んでいるのも珍しい。ケレップ水制については項をあらためて書いてみよう。写真は岡南大橋の上から岡山市の中心部方面を撮影したものである。
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posted by 乾口達司 at 20:30| 奈良 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

同窓生の結婚披露パーティー。

昨日は幼稚園・小学校時代の同窓生の結婚披露パーティーが奈良町でもよおされた。招待されていたこともあり、当初は私も出席を考えていた。ところが、いろいろと事情が重なり都合がつかず、今回は出席を見合わせた。残念である。そのときの模様は写メールで拝見した。和やかな雰囲気のパーティーであったようである。Iさん、いつまでもお幸せに。
タグ:ワイン
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2011年02月25日

岡山紀行(乙子城跡)

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岡山紀行(曹源寺)→こちら
岡山紀行(操山)→こちら
岡山紀行(内田百關カ家跡)→こちら
岡山紀行(津島遺跡)→こちら
岡山紀行(吉備津神社)→こちら
岡山紀行(蟹八幡宮)→こちら
岡山紀行(亀石神社)→こちら

乙子城跡は吉井川の河川沿いに位置している。お碗を伏せたようなこんもりとした山である。後に備前地方の戦国大名となる宇喜多直家が若かりし頃に赴任した城でもあるという。山のふもとから中腹にかけては墓地で埋め尽くされている。墓地のあいだをぬうようにして山道を登ってゆくとやがて山頂に到着する。山頂は平らになっている。ちょっとした広さを有している。付近に土塁の跡が残されているが、それ以外に当時をしのぶものはまったくない。ただし、山頂からの眺めは素晴らしかった。
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posted by 乾口達司 at 23:30| 奈良 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

岡山紀行(亀石神社)

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岡山紀行(曹源寺)→こちら
岡山紀行(操山)→こちら
岡山紀行(内田百關カ家跡)→こちら
岡山紀行(津島遺跡)→こちら
岡山紀行(吉備津神社)→こちら
岡山紀行(蟹八幡宮)→こちら

亀石神社は岡山市東区水門町にある。東征中の神武天皇の水先案内人を務めた神が乗っていた大亀を祭った神社であるという。写真の亀型の巨石がその化身であるようだ。確かに亀であるといわれれば、亀に見えないこともない。旧暦の6月15日にはシャギリ船が湾内を巡航する祭りがとりおこなわれるということであった。
タグ:神社
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2011年02月24日

岡山紀行(蟹八幡宮)

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岡山紀行(曹源寺)→こちら
岡山紀行(操山)→こちら
岡山紀行(内田百關カ家跡)→こちら
岡山紀行(津島遺跡)→こちら
岡山紀行(吉備津神社)→こちら

蟹八幡宮は岡山市北区久米にある。先日、久米地区のとあるスタジオで写真を撮影される機会があった。撮影の合間、スタジオのまわりをぶらぶら散策していたところ、蟹八幡宮と記された石柱を発見。このような名前の神社が存在するなどそれまでまったく知らなかった。大きな収穫である。細長い参道を3、40メートルほど進むと随神門がある。それをくぐると遊具や墓地などが見られる、比較的、広い境内になる。中央に位置する社殿はごくありふれたものである。拝殿の脇には丸くて大きな石がごろりと転がっている。表面をなでると病に効果があるという。神社の由緒書によると、大昔、付近の村人が宮を建てようとしていたところ、巨大な「一大神蟹」が出現して神社の地割をおこなった。地割を終えた「神蟹」はそのまま近くの川(笹ケ瀬川か?)に身を隠したが、その際、ハサミの一方をその地に残した。村人はハサミを社宝として神社に奉った。以来、この付近で獲れるカニは「神蟹」の子孫であることを証明するかのように一方のハサミは大きく、他方は小さいままであるという。神社の創建後、病を得た母親に孝養を尽くす少女がいた。少女は蟹八幡宮に熱心に詣でており、これに感心した天女が少女に一籠の貝を授けた。少女が持ち帰った貝のおかげで母親の病状は恢復。少女は貝を川に放流した。おかげで現在も近くの笹ケ瀬川ではたくさんのシジミ貝が獲れるという。巨大なカニの伝承はなかなかおもしろい。古代においてカニがどのように神格化されていたのかを是非とも知りたいと思った。
タグ:神社
posted by 乾口達司 at 22:21| 奈良 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

岡山紀行(吉備津神社)

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岡山紀行(曹源寺)→こちら
岡山紀行(操山)→こちら
岡山紀行(内田百關カ家跡)→こちら
岡山紀行(津島遺跡)→こちら

以前の岡山紀行の続き。吉備津神社にはこれまで何度も足を運んでいる。前回の訪問のときにも参拝をした。比翼入母屋造の国宝本殿の修復工事も終わり、工事中に比べて、参拝しやすい環境になっている。写真は本殿につらなる拝殿の天井部分。その見上げるような高さが本殿の雄大さも伝えている。本殿が乗っかる巨大な亀腹も圧巻である。出雲大社の本殿とともにいつ見ても圧倒される国宝建造物である。
タグ:神社
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2011年02月23日

岡山紀行(津島遺跡)

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岡山紀行(曹源寺)→こちら
岡山紀行(操山)→こちら
岡山紀行(内田百關カ家跡)→こちら

津島遺跡は現在の岡山県総合グラウンドとその周辺に広がっている。弥生時代を中心とした集落遺跡である。近年、発掘作業の成果にもとづいて整備され、高床式倉庫や竪穴式住居などが復元されている。出土品は敷地内のメインスタジアムの一画に「遺跡&スポーツミュージアム」と題して展示されている。津島遺跡の出土品の他にも人見絹枝と有森裕子という岡山県出身のマラソンランナーに関する所持品などが展示されている。
タグ:遺跡
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岡山紀行(内田百關カ家跡)

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岡山紀行(曹源寺)→こちら
岡山紀行(操山)→こちら

以前の岡山紀行の続きである。岡山県出身の文学者・内田百閧フ生家跡は古京郵便局の隣に位置している。当時の面影はまったくない。ただ、「木蓮や塀の外吹く俄風」という句の刻まれた文学碑が立っているだけである。石碑の上には小さなブロンズ製の牛が置かれている。牛のたたずまいがどこかユーモラスである。この文学碑をはじめて目にしてからかれこれ十年の歳月が流れている。
タグ:内田百
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2011年02月22日

忙しい数日間。

19日は仕事で大阪へ。その後、仕事関係のスタッフと軽く酒を呑んでから旅に出ました。それからが大忙しでした。昨日の夜にようやく帰宅。自宅を不在にしているあいだに誕生日も迎えました。旅先で誕生日を迎えるのは昨年の沖縄旅行に続いて2年連続です。今日からはふたたび仕事を再開。月末は仕事の分量が増えるので大変です。これからあと数時間くらいは仕事と格闘するつもり。頑張ります。
タグ:仕事
posted by 乾口達司 at 23:53| 奈良 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 想い | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年02月18日

忙しいです。

ここのところ仕事でバタバタしている。今日は仕事の合間に役所まで出掛ける用事も入っていた。バタバタである。明日は午後から難波で仕事の研修会に参加する予定である。その後、帰宅せずそのまま遠出をする予定。月末に向けて忙しくなって来た。頑張ります!
タグ:仕事
posted by 乾口達司 at 23:29| 奈良 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 想い | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年02月17日

同窓会の発送作業。

今日は年末に開かれた同窓会の作業日だった。写真や会報の発送作業がおこなわれた。しかし、私は仕事が立て込んでいて作業に加わることが出来なかった。作業はO+MR+MN+N+Kという主婦&女性陣にお願いしてしまった。作業は昼過ぎに無事終わったようである。皆さん、今回はありがとうございました。どうもお手数をおかけしました。今度、お礼をいたします。
タグ:同窓会
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2011年02月14日

今日も雪。

今日は午後から外出。外出先で雪が降って来た。帰宅後、しばらく事務作業をして窓の外を見るとかなり積もっている。これは寒そうだ。そう思った。夕刻からは奈良町に出る用事があった。雪の降るなかを歩いて奈良町へ。おかげで靴のなかが水浸しになってしまった。奈良でこれだけ降るのは珍しい。今年の冬はそれほど寒いということだろう。立春を過ぎたというのは名ばかりである。これから少しずつ暖かくなってゆくという。しかし、お水取りの頃、もう一度、寒くなるはずである。体調には気をつけておこう。
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posted by 乾口達司 at 22:33| 奈良 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 春夏秋冬 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年02月13日

天王寺で一杯。

昨夜は勉強会の帰りに一杯やった。参加者は昨日の勉強会に参加したもののうちの4名である。向かったのは“吾作どん”アポロビル店(大阪市阿倍野区阿倍野筋1-5-31アポロビル10F)である。座敷に通してもらった。座敷からは天王寺公園や通天閣を眺めることが出来た。ビールで乾杯。私は途中から芋焼酎のお湯割りに移行した。海鮮系が充実しているようである。刺身などをつまみながら呑み続けた。勉強会の反省会も含めて有意義な数時間を過ごすことが出来た。
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posted by 乾口達司 at 22:46| 奈良 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | グルメ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年02月12日

後藤明生を読む会(第3回)

後藤明生を読む会(第2回)→こちら

後藤明生を読む会の3回目がもよおされた。場所は前回に引き続いて大阪・天王寺の大阪市立阿倍野市民学習センターである。本日のテクストは1回目に引き続いて『吉野大夫』であった。今回は私が発表者として基調報告をおこなった。その後、参加者で討議がおこなわれた。今回も話題となった事柄をアトランダムに列記しておこう。イメージや先入観を裏切る「言葉」について、「モンペの女」という表現がどのように変化してゆくのか、言葉は他の言葉との関係において言葉である、その言葉は他の言葉との関係において変化してゆく、「四辻」から「変則四叉路」そして「六道」へ、それを媒介している「川」と「死」について、「女」とセットにして付け加えられる「わからない」という表現について。次回の開催は5月。次回は『日本近代文学との戦い』について討議をおこなう予定である。
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2011年02月11日

雪。

今朝、目が覚めると家の外は一面の雪景色であった。完全なモノクロームの世界である。とにかく今年の冬は寒い。これまでにも小雪がちらくつことはあった。しかし、今朝くらい降り積もったのははじめてである。外に出て庭に降り積もった雪を手で触ってみた。ひやりと冷たい。当たり前である。しばらく触っていると手の感覚が麻痺して来た。雪は午後には止んだ。しかし、降り積もった雪が夕方までに完全に溶けることはなかった。明日も寒そうである。明日は外出する予定である。用心しておこう。
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posted by 乾口達司 at 20:19| 奈良 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 春夏秋冬 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年02月10日

岡山紀行(操山)

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岡山紀行(曹源寺)→こちら

曹源寺からは裏手の山に登った。山といっても丘陵程度の標高しかない。三重塔からさらに登ると円山不動明王に到着。ここから金蔵山を経由して操山へと向かった。付近一帯で目につくのは古墳である。円山不動明王の建物も横穴式石室を持つ小さな古墳の上に建っている。そこから歩いて4、5分の距離にある金蔵山古墳は大型の前方後円墳である。金蔵山古墳のような大型のものもあるが、その大半は小さな横穴式石室を有する群集墳である。2つの石室を有する双股古墳や巨大な石組みを露出させた八畳岩古墳などは珍しかった。萩の塚古墳の天井石には「火の用心」と書かれていた。とにかく付近一帯は古墳だらけである。130基ほどの古墳があるというが、小さなものまで含めればもっとあるのではあるまいか。古墳マニアにはたまらないスポットである。途中、寄り道をして明禅寺城跡にも立ち寄った。明禅寺城跡で使われた石垣の多くも付近の古墳から掘り出して来たものに違いない。
タグ:古墳
posted by 乾口達司 at 23:29| 奈良 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年02月09日

岡山紀行(曹源寺)

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以前の岡山紀行について書いてゆこう。曹源寺(岡山市中区円山)は臨済宗の寺院である。岡山藩主・池田氏の菩提寺としても知られている。近年は外国人の修行僧をたくさん受け入れている。青い目をした修行僧とはなかなか珍しい。私が訪問したとき、開山堂では一人の外国人修行僧が寝袋に包まって熟睡していた。薄暗い堂内に横たわるその姿に一瞬ギョッとしたものである。写真は背後の山の中腹に建つ三重塔である。この日は曹源寺から背後の山を経由して安住院(岡山市中区国富3-1-29)まで歩く予定であった。まずは三重塔を目指して山を登りはじめた。しかし、途中で足を滑らせて見事に転んでしまった。幸先の良くない出発と相成ったものである。
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posted by 乾口達司 at 23:37| 奈良 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年02月08日

忙しくしています。

先月に引き続き、今月も忙しい。仕事もさることながら、勉強会・研修会・同窓会の事故処理も立て込んでおり、猫の手も借りたいくらいである。今週末は勉強会。来週末は研修会。旅に出る予定も入っている。もちろん、その合間に仕事をこなさなければならない。バタバタである。これでは思うように外出することも難しい。明日以降は以前の旅ネタ(未発表分)でも記してゆこうと思っている。
タグ:仕事
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2011年02月04日

風邪の治りかけ。

毎度の風邪ネタである。今日はだいぶ調子が戻って来た。自宅で仕事に励んだ。咳で喉が痛いほかは別に熱があるわけではない。おかげで淡々と仕事をこなした。夕方からは梅田へ。久し振りの酒を呑んだ。しかし、喉が痛かったのでさっさと帰宅した。
タグ:風邪
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2011年02月03日

風邪。

月曜日以来、風邪で寝込んでいた。しかし、寝込んでいるといっても、仕事がある。無理をしない程度に仕事もこなした。普段よりもペースを落として仕事をする一方、外出することもなく、ひたすら養生に努めていたせいだろう。おかげでだいぶマシになった。もうしばらく養生に専念し、今週末には完全に恢復したいものである。
タグ:風邪
posted by 乾口達司 at 23:57| 奈良 ☀| Comment(2) | TrackBack(0) | 自己 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする