2010年11月30日

岡山でラーメン。

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今回は兵庫・岡山紀行(11月5〜8日)で食べたラーメンを紹介しておく。“豚松”(岡山市北区表町3-12-12)では豚松ラーメンを食べた。胡麻味噌風味で辛い。ついでに卵焼きも注文。こちらも美味しかった。私が訪れたのは午後6時過ぎ。某雑誌の編集者がカメラマンとともに取材にやって来ていた。念願の“天神そば”(岡山市天神町1-19)に訪れることが出来たのも今回の旅の収穫だった。私が岡山を訪問するのは土・日が多い。“天神そば”の休業日は土・日である。そのためにこれまで一度も店に入ることが出来なかったのである。こちらは豚松ラーメンとは違って鶏ガラの醤油ラーメン(写真)であった。スープはもちろんチャーシューも美味しかった。11月7日には旭川沿いで開かれる備前岡山京橋朝市に出掛けた。朝市に到着したのは早朝の午前5時半過ぎのこと。岡山ラーメン学会の提供している自作のラーメンをいただいた。岡山ラーメン学会を主宰している人物と私の方の関係者とが知り合いであるという経緯もあっておもむいたのである。この月のテーマは「ぶただぜ」。豚骨と豚肉を使ったラーメンであった。しかし、テーマのわりに思いのほかしつこくなく美味しくいただけた。雨が強くなって来たためにラーメンだけをいただいて退散。朝市をゆっくり見てまわることは叶わなかった。楽しみは次の機会にとっておこう。
タグ:ラーメン
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2010年11月29日

岡山で昼食。

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兵庫・岡山紀行(11月5〜8日)で食べたものの一部を紹介しておこう。岡山の中央卸売市場には何度か訪れている。しかし“シモショク”(岡山市南区市場1-1岡山中央卸売市場関連棟)を訪れるのははじめてである。今回は日替わり定食を注文した。この日のメニューはトンカツにご飯・味噌汁・香の物であった。トンカツにかけられたソースが思いのほか甘くて独特である。美味しかった。
タグ:トンカツ
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2010年11月28日

大和西大寺で一杯。

今日は早朝出勤だった。仕事は無事に終了した。仕事の終了後、実家に戻った。その後、大和西大寺の“光亭西華”(奈良市西大寺東町1-4-46アマービレ秋篠1F)に関係者が集った。呑み放題のコースを予約してあったこともあり、良く呑み、良く食べた。私は黒霧島のお湯割りを呑み続けた。結局、午後11時前まで呑んで散会。今夜はくたびれたので早めに休もうと思う。
タグ:焼酎
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2010年11月25日

岡山市の横樋観音と四つ手網。

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小野市の浄土寺浄土堂。→こちら
小野市の広渡廃寺。→こちら
小野市の来迎院五輪卒塔婆板碑。→こちら
西国三十三所巡礼(一乗寺)→こちら
倉敷市の楯築遺跡。→こちら
総社市の軽部神社。→こちら
倉敷市の安養寺。→こちら

兵庫・岡山紀行(11月5〜8日)の続きである。横樋観音(岡山市東区升田397-1)は水中から出現した。出現したのは昭和50年代のこと。当時、小学生であった少年によって付近の水中から引揚げられたのであった。現在ではお堂のなかに安置されている。どうやら像高4、50センチ程度の坐像のようである。黒光りはロウソクや線香の煤によるものであろうか。見た目は金銅仏のようである。しかし、お参りする場所から観音の祀られているところまで距離があるため、詳しいことは良くわからない。私が拝観したときは堂内に誰もいなかった。一方、横樋観音の近くの防波堤にはところどころ四つ手網が設けられている。四つ手網とは1辺が数メートルにおよぶ大きな正方形の網のこと。網は四方を十字に組んだ竹で張られており、それを別の木で吊り下げている。水中に沈められた網をしばらくしてから引き上げると網の中央に魚がかかっているという仕組みである。児島湾には四つ手網とそれに附随する小屋が幾つか並んでいる。小屋には釣り上げたばかりの魚介類をその場で調理するための設備が整えられている。収穫したばかりの魚介類がその場で食べられるとは羨ましい限りである。しかし、地元の人の話によると最近は思うようには魚が獲れないということであった。
タグ:仏像
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2010年11月24日

倉敷市の安養寺。

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小野市の浄土寺浄土堂。→こちら
小野市の広渡廃寺。→こちら
小野市の来迎院五輪卒塔婆板碑。→こちら
西国三十三所巡礼(一乗寺)→こちら
倉敷市の楯築遺跡。→こちら
総社市の軽部神社。→こちら

兵庫・岡山紀行(11月5〜8日)の続き。安養寺(倉敷市浅原1573)は中世にこの地に存在した朝原寺の後継寺院である。福山の南側中腹に位置しており、先に訪れた軽部神社からは車で10分ほどのところである。本堂に続く石段の上には四脚門が設けられている。四脚門の上には巨大な毘沙門天の坐像が安置されている。石段を登る参詣者は毘沙門天の尻の下をくぐるように登ってゆくことになる。どういうわけなのだろうか。巨大な船の碇も石段に埋めこまれている。石段を登り詰めたところで目にする宝塔(写真)は実に巨大である。正月など日によっては内部を拝観することも出来るという。宝塔の向かいの成願堂には安養寺所蔵の数多くの宝物が収蔵・展示されていた。なかでも、目をひくのは壇上に所狭しと並べられた数多くの毘沙門天立像である。いずれも等身大の立像である。現在、安養寺には42体の毘沙門天立像が伝来している。しかし、かつては108体の毘沙門天が安置されていたといわれている。特定の仏像がこれほど多く収蔵されている例は稀有ではあるまいか。安養寺(朝原寺)と毘沙門天信仰との関わりについて興味を抱いた。本堂の裏山には経塚群が認められる。第1経塚からは経瓦・土製塔婆型法華経題箋・土製宝塔(国重文)が出土したという。他にも近年に造立されたと思しきさまざまな石造物が点在している。過去と現代とが奇妙に共存する寺院であった。
タグ:仏像
posted by 乾口達司 at 21:40| 奈良 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年11月23日

総社市の軽部神社。

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小野市の浄土寺浄土堂。→こちら
小野市の広渡廃寺。→こちら
小野市の来迎院五輪卒塔婆板碑。→こちら
西国三十三所巡礼(一乗寺)→こちら
倉敷市の楯築遺跡。→こちら

兵庫・岡山紀行(11月5〜8日)の続きである。軽部神社(総社市清音軽部)は乳房の神様として信仰を集めている。境内にはかつて垂乳根の桜と呼ばれる桜の木が生えていたようである。それにちなんで乳房の神様として崇められるようになったとのこと。拝殿には乳房をかたどった絵馬が多数奉納されていた。出産後、おっぱいがたくさん出ますように。乳がんが治りますように。そういった切実で真摯な願いが書き込まれた絵馬がほとんどを占めるなか、乳房のあいだに粘土で作ったと思われる男根を挟みこんだ絵馬も見られた。これは上記のものとはまた別の願いをこめた代物であろう。このようなことにまで願いをかなえてくれる神様であるのかどうか。そこまでは保証の限りではない。
タグ:乳房 神社
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2010年11月22日

倉敷市の楯築遺跡。

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小野市の浄土寺浄土堂。→こちら
小野市の広渡廃寺。→こちら
小野市の来迎院五輪卒塔婆板碑。→こちら
西国三十三所巡礼(一乗寺)→こちら

兵庫・岡山紀行(11月5〜8日)の続きである。一乗寺に参詣した後はバスに乗ってJR姫路駅へ出た。JR姫路駅からは山陽本線で岡山へ。岡山でも幾つかの名所旧跡・神社仏閣を訪れた。楯築遺跡(倉敷市矢部)は弥生時代の墳丘墓。その規模は日本でも最大級である。これまで吉備方面には何度も足を運んでいる。しかし、楯築遺跡を訪問するのははじめてである。かねてより見学したかった遺跡だけに実際に足を運ぶことが出来て感慨深かった。主墳の頂上に立てられた5個の巨石が壮観である。それら以外にも周囲には列石がめぐらされているという。墳丘のすぐ近くには収蔵庫が設けられている。収蔵庫の内部にはかつて墳丘上に設けられていた楯築神社の御神体である大きな亀石が安置されている。収蔵庫の壁面に小窓が設けられており、そこから安置されている亀石の様子をうかがうことが出来る。これは親切な配慮である。亀石の表面にはいわゆる弧帯文様がしつらえられている。この紋様が奇怪である。言葉ではいい表すことの出来ない独特の紋様である。紋様にどのような意味がこめられているのか。是非とも知りたいと思った。
posted by 乾口達司 at 22:19| 奈良 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年11月21日

西国三十三所巡礼(観音正寺/長命寺)

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西国三十三所巡礼の旅に出た。第32番札所・観音正寺(滋賀県蒲生郡安土町石寺2)に参詣するのは久し振りであった。今日は絶好の行楽日和である。繖山の山頂近くに位置する境内は数多くのハイカーで賑わっていた。境内からの眺望も素晴らしかった。その後、第31番札所・長命寺(滋賀県近江八幡市長命寺町157)へ。長命寺に参詣するのも久し振りである。前回の参詣時はそのまま裏山の長命寺山を縦走したものである。こちらも観音正寺と同様の強烈な石段が待ち構えていた。本堂の真下まで続くいわゆる「八百八段」である。一歩ずつ踏みしめるようにして登り続けた。本堂のすぐ下まで登ることの出来る自動車道はあいにく工事中で通行止めであった。マイカーで本堂のすぐ近くまで登ろうと考えていた参詣者は当てがはずれたようだ。「車道が通行止めとは知らなかった」「こんなはずではなかった」といった声があちらこちらから聞こえた。写真は境内の様子を撮影したものである。紅葉がちょうど色づいていた。
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2010年11月20日

後藤明生を読む会(第2回)

後藤明生を読む会(第1回)→こちら

11月17日の日記にも記したように、今日は後藤明生を読む会の2回目がもよおされた。場所は大阪・天王寺の大阪市立阿倍野市民学習センターである。当日のテクストは『笑いの方法―あるいはニコライ・ゴーゴリ』であった。発表者の基調報告の後、参加者で討議がおこなわれた。前回の報告と同様、話題となった事柄をアトランダムに列記しておこう。後藤明生のいう「笑い」とは何か・因果律的思考への批判・「夢の方法」としての文体・一つずつのセンテンスは明晰であってもパラグラフや全体となると不透明になってしまう=世界の不透明性・因果律的思考への批判としての敗戦体験・人間とモノとを対等に眺める視点・「『方法』としてのゴーゴリ」における小島信夫とのやりとりについて・内面化することの出来ないものとしての世界・花田清輝の『ゴーゴリ』『ナンセンス』・坂口安吾の『茶番に寄せて』・ローザノフの『ゴーゴリについて一言』・ナボコフの『ニコライ・ゴーゴリ』・ニーチェの『悦ばしき知恵』・笑い=夢=現実とその差異・「夢の方法」で描き続けると狂気に向かうのではないか・「夢の方法」とシュルレアリスム。次回の開催は来年2月。次回は私が発表者となって『吉野大夫』について語る予定である。
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2010年11月18日

なんちゃって豚まん。

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今夜は“なんちゃって豚まん”を作った。豚まんといっても生地は食パンで中身はシュウマイ。“なんちゃって豚まん”とネーミングする所以である。まずは食パンの耳の部分を取り去る。耳を取り去ったパンの両面四方を牛乳にさっとつけて、ラップの上にのせる。パンの中央に市販のシュウマイを置く。後はラップごと生地とシュウマイを豚まん状に包み込み、電子レンジでチンするだけである。レンジにかけること3〜4分で“なんちゃって豚まん”の出来上がりである。味は豚まんに限りなく近い。今回はからしと酢醤油で食した。食パンを牛乳にしっかりつけると、出来上がりが少し牛乳臭くなる。あくまでさっとつけるくらいで充分である。こんな簡単に豚まんもどきが出来るとは思わなかった。作り方を教えてくれた母に感謝である。いつかこれで誰かを騙してやろうと思う。
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奈良市役所で試食。

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今日は午後から所用で奈良市役所へ。所用を済ませて帰ろうとしていたところ、庁舎正面ロビーの一角で法被を着た小学生の一団がさかんにチラシを配っている光景を目にした。彼らは福井県小浜市の田烏小学校から来た子どもたち(5・6年生)であるとのこと。彼らは小浜名物・鯖のなれずしをPRするために奈良市役所にやって来たのであった。実際、チラシには「なれずしいかがですか?」「伝統の食品!!ぼくたち・わたしたちの手作りのなれずしです」「スローフードとして大人気!!」といった手書きの文字が踊っていた。「なれずしいかがですか」の横の吹き出し部分には「若狭小浜の」という言葉も付け加えられていた。PR文の他にもなれずしの作り方まで写真入りで紹介されている。その脇には彼らの住む田烏の写真も掲載されていた。試食用のなれずしも用意しているので食べていって欲しいという。若狭名物といえば、以前に「へしこ」を食べたことがある。しかし、なれずしをいただくのははじめてである。なれずしは「へしこ」を塩出しし、薄皮をむいて酢で味付けした後、米と麹で漬け込んだものを指す。いただいたなれずしは米麹のついたまま小分けにされていた。思いのほか臭みがなく、食べやすかった。酒の肴に最適の逸品である。彼らは、今日、朝早くの列車で奈良までやって来たという。イベントは今日一日限り。今夕、ふたたび列車で地元へ帰るという。奈良の印象を訊ねると「遠かった」という答えが返って来た。
タグ:寿司
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2010年11月17日

後藤明生を読む会(第2回)開催のお知らせ。

昨年末以来、大学時代の同窓生たちと内向の世代の小説家・後藤明生(1932年〜1999年)をめぐる勉強会を立ち上げようと話し合って来た。これまでに何度も会合を重ねた。そして、8月29日に第1回の読書会をもよおすことが出来た。そのときのことは8月30日の日記に報告したとおりである。そして、今週末には第2回の読書会がもよおされる。以下、発起人の一人が関係各位に送信したメールを貼り付けておく。参加は自由である。興味のある方はいらっしゃって下さい。

■「後藤明生を読む会」のお誘い
去年暮れごろから数名の有志で、後藤明生に関する評論集を共著という形で刊行しようと話をしてまいりました。それに先立ち、今後、「後藤明生を読む会」を開催してゆくこととなりました。こういう会を何度か続け、共同ディスカッションを通して後藤文学に対する読みを深め、広げていくのが、目的です。発表者と聞き手が相互に入れ替わり、巻き込む形で、それがやがて、書き手へと、そして読み手へとお互いに育っていければ幸いだと考えております。
さて、第2回「後藤明生を読む会」を2010年11月20日(土)に開催します。場所は「阿倍野市民学習センター第2会議室」です。奮ってご参加ください。終了後は近くで打ち上げの昼食会を行う予定です。(実費負担)

《日時》…2010年11月20日(土)午前9時半〜12時
《場所》…阿倍野市民学習センター第2会議室(「あべのベルタ」3階)
《住所》…阿倍野区阿倍野筋3ー10ー1ー300
《TEL》…06ー6634ー7951
《交通案内》…地下鉄谷町線「阿倍野」駅F番出口より、「あべのベルタ」地下2階通路を通って3階へ上がって下さい。
《テキスト》…後藤明生『笑いの方法―あるいはニコライ・ゴーゴリ』
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同窓会の打ち合わせ。

今日は朝から小学校の同窓会の打ち合わせ。集まったのは私のほかに主婦のOとMだった。大宮通沿いのコメダ珈琲奈良二条大路店で2時間ほど話し合う。まずは出欠連絡のない同窓生への確認詐欺要に追われた。同窓会当日の中身についても話し合った。名簿に関しては、もう一度、きちんと整理しなけれはならない。折を見て整理することを取り決めた。
タグ:同窓会
posted by 乾口達司 at 22:45| 奈良 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 同窓会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年11月15日

阪原町の南明寺。

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先日、大柳生地区・阪原町にある南明寺を拝観した。平城遷都1300年祭の一環として10月23日から11月21日までの1ヶ月間、本堂(国重文)内部に安置されている本尊・薬師如来坐像、釈迦如来坐像、阿弥陀如来坐像(いずれも国重文)などの諸仏の特別公開がおこなわれている。南明寺には、ハイキングの途上、これまでに何度も訪れている。しかし、実際に本堂の内部を拝観するのは今回がはじめてである。拝観した日が平日だったせいだろう。観光客の姿はまばらだった。内陣中央に安置されている薬師如来坐像は像高84.2センチメートルで桂材の一木造。10世紀末から11世紀初頭の造立であると推定されている。板光背には唐草の彩色が残されている。釈迦如来坐像は像高144.5センチメートルで桂あるいは檜材の一木造。光背は二重円光の光身に飛天の浮き彫りが認められる。阿弥陀如来坐像は像高139センチメートルで桂材の一木造。釈迦如来坐像と阿弥陀如来坐像はほぼ大きさが同じである。しかし、中央に位置する薬師如来坐像がそれらに比べて小さいため、どこかバランスが悪い。像高や様式などに統一性が認められないことから、3体は南明寺の創建に合わせて作られたものではなく付近の寺院から別個に運び込まれ、安置されたものであることが推察される。他にも薬師如来坐像をかこむようにして像高68.9センチメートルから77.2センチメートルにかけての四天王立像が配置されている。檜材の一材から丸彫りしたものでその表情はユーモラスである。いずれも邪鬼を踏みつけてはいない。外陣には像高140.5センチメートル、檜材の寄木造から成る地蔵菩薩半跏像が安置されていた。本堂は桁行5間・梁間4間の寄棟造。鎌倉時代中期から後期の建立であるという。本堂の脇には十三重石塔や小型の宝篋印塔(写真)も見られた。
タグ:仏像 石塔
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2010年11月14日

滋賀県立近代美術館特別展『白洲正子―神と仏、自然への祈り』

“生誕100年特別展 白洲正子―神と仏、自然への祈り”(2010年10月19日〜11月21日)がもよおされている滋賀県立近代美術館に到着したのは昼過ぎだった。かねてより訪れたいと思っていた特別展にようやく足を運ぶことが出来た。白洲正子の作品は『かくれ里』』『西国巡礼』『十一面観音巡礼』『近江山河抄』などを以前に読んだことがある。しかし、そうであるからといって、私は決して白洲正子のファンであるというわけではない。随筆家として一定の才能や見識があることは認める。しかし、それ以上の興味はいまも昔もない。むしろあまり好きになれない作家である。そういっていいかも知れない。それでも白洲正子の作品を読んで来たのはひとえにその作品に登場する各地の古社寺やそれらが抱える仏像・神像類に強い関心を抱いていたからである。一般にはあまり知られていない仏像や神像の類に関する情報の媒体。そのようなものとして白洲正子の作品を読んで来たのであった。そして、今回、白洲正子の特別展に足を向けたのもかねてより拝観したかったさまざまな仏像、神像、その他の仏教美術、神道芸術をこの機会にじっくり鑑賞したいという思いから出たものであった。その意味では大いに満足のいく特別展であったといえよう。実際、かねてより拝観を願っていた三重・観菩提寺の十一面観音菩薩立像(国重文)には感銘を受けた。平安時代初期の作であるとされる観菩提寺の十一面観音菩薩立像は、普段、33年に1度しか公開されない秘仏である。今回、それをはじめて美術館で間近に拝観することが出来た。感激である。6本の腕を持つ本像は一木造で像高は205.1センチメートル。これまで多くの人に指摘されて来たように頭部が身体に比べて大きく、その顔つきは実に険しい。失礼を承知でいえば、その容貌は怪異そのものである。面相以外にも全体的に造型が骨太であり、そのことは右手の数珠を持つ手の親指の太さからもうかがえよう。それはすなわち本像を製作した仏師自身の信仰に対する強さと厳しさとを表したものである。瓶とそれを持つ左手が一木で作られているというのも興味深かった。他の作品では滋賀・金勝寺所蔵の軍荼利明王立像(国重文)に言及しないわけにはゆくまい。一面二目八臂の本像は360.5センチメートルの巨像。10世紀の作であるという。本像はかつて狛坂磨崖仏を見学するために金勝山に登った折、金勝寺に事前に連絡をして拝観させていただいた。薄暗い堂内に屹立する姿は見るものを圧倒したものである。そのときの感動は忘れられない。しかし、観菩提寺の十一面観音菩薩立像と同様、まさか本像を美術館で拝観する機会に恵まれようとは思わなかった。良くぞこれだけの巨像を山から下ろして来たものである。事実、多くの観覧者がその巨体に圧倒され、その迫力のある造型に対して畏敬と驚愕の眼差しを向けていた。以前、拝観したことのある仏像・神像類では滋賀・櫟野寺の諸仏や建部大社の神像、奈良・松尾寺の焼損仏(千手観音像トルソー)との再会も印象深かった。
タグ:仏像 神像
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2010年11月13日

押熊でランチ。

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今日は午前中に仕事を終わらせた。午後から登美ケ丘方面に出掛けた。そのついでに立ち寄ったのがつけ麺・ラーメンの“元喜神”(奈良市押熊町1556-2)である。天理スタミナラーメンの入っていた店舗に新たにオープンしたお店である。オープンは確か先月ではなかっただろうか。訪れるのは今回がはじめてである。はじめてということもあって“鶏白湯つけめんダブル”を注文した。つけ汁の鶏白湯は鶏を素材にしているせいだろうか。豚ほど濃くはなくそれでいてあっさりというわけでもない。程良い濃さである。途中からテーブルに備え付けられている高菜やラー油、ゆず粉などを混ぜあわせてみた。つけ麺を食べ終えた後はご飯・タマゴ・トッピングのチーズを投入して雑炊を作った。テーブルに設置されているIHヒーターで器をあたためる。チーズをトッピングして正解であった。つけ麺・雑炊いずれも美味しかった。近いうちにまた訪問したい店である。
タグ:ラーメン
posted by 乾口達司 at 22:53| 奈良 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | グルメ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年11月12日

西国三十三所巡礼(一乗寺)

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小野市の浄土寺浄土堂。→こちら
小野市の広渡廃寺。→こちら
小野市の来迎院五輪卒塔婆板碑。→こちら

兵庫・岡山紀行(11月5〜8日)の続きである。小野市の来迎院墓地にある五輪卒塔婆板碑を見学した後は、一路、西国三十三所第26番札所・一乗寺(兵庫県加西市坂本町821-17)を目指した。丘陵にかこまれたのどかな田園風景のなかをひたすら歩く。途中、北条行きの列車(北条鉄道)が横を通り過ぎる。子どものオモチャのような一両編成の列車である。坂本地区から山のなかをしばらく歩くと一乗寺の門前に到着した。写真は境内の中腹に建つ国宝・三重塔。安定感のある優美な塔である。1171年の建立であるという。姫路に向かうバスの到着時刻まで2時間近くあった。バス停でぼんやり待つのももったいない。境内をくまなく散策した。奥の院の賽の河原は特に珍しかった。宝物館が一般公開されていたのも幸運であった。普段、宝物館は事前の拝観予約がなければ立ち入ることを許されていない。しかし、毎年4月4日と11月5日の2日間だけは事前に予約をしなくても入館することが出来るようである。私の訪れた5日はたまたまその貴重な2日間のうちの1日に当たっていたのであった。館内では秘仏の本尊・銅造観音菩薩立像(国重文)のお前立ちに当たる銅造観音菩薩立像(国重文)に魅了された。館内を案内して下さった方によると、お前立ちと本尊とは良く似ているそうである。異なるところは本尊の方がやや背の高いことと肩幅ががっしりしていることだという。館内には、もう一体、別の銅造観音菩薩立像が安置されていた。こちらは先の2体に比べると造形的に稚拙である。しかし、飛鳥時代にさかのぼる古像であるという話だった。木造法道仙人立像や木造僧形坐像などの仏像のほかにも経典や掛軸などを拝観することが出来た。著名な国宝・絹本著色聖徳太子および天台高僧像10幅は各地の博物館に寄託されている関係で拝観は叶わなかった。
posted by 乾口達司 at 18:48| 奈良 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 西国三十三所巡礼 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年11月11日

小野市の来迎院五輪卒塔婆板碑。

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小野市の浄土寺浄土堂。→こちら
小野市の広渡廃寺。→こちら

兵庫・岡山紀行(11月5〜8日)の続き。広渡廃寺の見学後は来迎院墓地にある五輪卒塔婆板碑(小野市粟生町)を見学した。五輪卒塔婆板碑のある来迎院の墓地は粟生町の交差点の南西に位置する粟嶋神社の横にある。五輪卒塔婆板碑は墓地の入口に六地蔵と並んで立っている。石の表面に五輪塔が薄肉に彫刻されており、造立時期は鎌倉時代後期であるとのこと。興味深いのはそれが凝灰岩製の組合せ式石棺の底石に刻まれていることである。付近の古墳から出土した石棺を再利用したのであろう。板碑を覆う石廟は後年に建てられたものである。
タグ:石碑
posted by 乾口達司 at 17:40| 奈良 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年11月10日

小野市の広渡廃寺。

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小野市の浄土寺浄土堂。→こちら

兵庫・岡山紀行(11月5〜8日)の続き。浄土寺の拝観後は加西市の一乗寺へ向けて歩きはじめた。途中、近くの広渡廃寺跡歴史公園(小野市広渡町304-1)で早めの昼食をとった。広渡廃寺は7世紀後半頃に建立されたとされる古代寺院。金堂・講堂の他にも東西に塔が建ち並んでいたようである。それぞれの基壇跡には礎石が並べられており、建物の配置を観察することが出来るように綺麗に整備されている。公園の一画には当時の伽藍を復元した縮小模型も展示されていた。しかし、その周囲は柵で囲われている。けしからぬ手合いに模型を破壊されないための配慮なのであろうか。しかし、そのぶん、近くでじっくり見ることが出来なかった。残念である。
タグ:
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2010年11月09日

小野市の浄土寺浄土堂。

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5日から8日にかけておこなわれた兵庫・岡山紀行について書いてみよう。5日は早朝に出発。まずは兵庫県小野市の浄土寺(兵庫県小野市浄谷町2094)に向かった。国宝・浄土堂は重源によって建立された桁行3間・梁間3間・一重宝形造・本瓦葺の御堂。大仏様の遺構として古建築の世界では知らぬもののいない著名な歴史的建造物である。実際、見事な組物であり、内部の豪壮な構架には圧倒されるばかりである。圧倒されるといえば、堂内中央に安置された巨大な快慶作の国宝・阿弥陀三尊立像も素晴らしい。次回は阿弥陀三尊立像の背後からあたかも後光のように陽の光が差し込んで来る夏の夕刻に拝観したいものである。
タグ:
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2010年11月08日

帰宅しました。

先ほど自宅に帰宅。今回は兵庫と岡山を旅して来た。詳細は明日以降の日記で少しずつ綴ってゆこうと思う。まずはゆっくり休みます。
タグ:岡山
posted by 乾口達司 at 20:18| 奈良 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年11月04日

旅に出ます。

明日は早朝から旅に出ます。夜明け前の始発列車で出発です。8日の夜に帰宅します。
タグ:
posted by 乾口達司 at 19:44| 奈良 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年11月03日

新大宮で夕食。

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先日、久し振りに新大宮で夕食を食べた。立ち寄ったのは“梅光軒”奈良店(奈良市大宮町7-2-41)である。“梅光軒”に立ち寄るのも久し振りである。注文したのは塩ラーメン。ここではいつも塩ラーメンを注文する。あっさりしたスープが美味しかった。太いメンマも好みである。
タグ:ラーメン
posted by 乾口達司 at 23:20| 奈良 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | グルメ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年11月01日

生駒市の音の花温泉。

今日は終日オフ。予定では滋賀県の西国三十三所をめぐるはずであった。しかし、あいにくの雨だったために滋賀行きは中止。午前中に別の用事を済ませてから生駒市の音の花温泉(生駒市小平尾1008-12)に出掛けた。平日だったせいだろう。湯船には数名の年金生活者とおぼしき人々がつかっているばかりであった。私の入浴中、男性の一人が浴室で転倒した。駆けつけた従業員によって脱衣場に運ばれ、しばらくのあいだ、床に寝かされていた。男性の話では入浴の直前にビールを呑んだということであった。
タグ:温泉
posted by 乾口達司 at 21:36| 奈良 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 散策 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする