2010年10月31日

無事に。

今日は朝から仕事であった。仕事は無事に終えることが出来た。スタッフたちの協力のおかげである。次回以降もこの調子で頑張りたいものである。帰宅途中、今日、仕事で一緒だったスタッフの一人と駅でばったり遭遇してしまった。その人とは数年前にも別の駅でばったり遭遇したことがある。そのときのことは2008年7月28日の日記に記した。今回から新しくスタッフとして参加してくれることになった人とも家が近いことが判明。ぶらぶら歩いていると、いつ、どこで見かけられるかわかったものではない。気をつけよう。
タグ:仕事
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2010年10月30日

台風逸れた。

昨日と今日は大阪へ。本町界隈で打ち合わせをおこなった。今日は打ち合わせを終えてからスタッフ2名と軽くお茶をした。明日は早朝出勤である。数日前までは台風の直撃に怯えていたものである。ところが、台風はスピードを上げて早くも関東の沖合いまで進んでくれた。あり難いことである。明日は何事もなく仕事を終わらせたいものだ。
タグ:仕事
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2010年10月28日

高畑町の不空院。

平城遷都1300年祭の一環として不空院(奈良市高畑町1365)の特別拝観がもよおされている。特別拝観の期間は2010年10月16日から11月14日まで。不空院は新薬師寺の東側に位置する寺院である。かねてより拝観したいという希望を持っていた。しかし、拝観には事前予約が必要であるため、これまでに拝観の機会には恵まれなかった。実際の拝観は先日がはじめてである。本尊は不空羂索観音菩薩坐像(国重文)。ガイド氏の解説にもあったように、確かに興福寺・南円堂の不空羂索観音菩薩坐像(国宝)と良く似ている。ひょっとして同じ仏師による作ではなかろうか。そう思わせるほどの出来である。明らかに異なっているのはその像高くらいか。したがって、不空院の不空羂索観音菩薩坐像も南円堂の不空羂索観音菩薩坐像と同じく鎌倉時代の作であるようだ。もとは鑑真の住坊址であったこと。その後、興福寺・南円堂の雛型となった八角堂が空海によって建てられたこと。安政の地震でそれが倒壊した後、その跡地に現在のお堂が建てられたこと。こういった話題も興味深かった。
タグ:仏像
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2010年10月26日

五條市の草谷寺。

平城遷都1300年祭の一環として草谷寺(五條市北山町906)の収蔵庫に安置されている仏像群の特別公開がもよおされている。公開日時は10月25日から31日までの午後1時から4時まで。せっかくの機会である。この機会に拝観させていただくことにした。JR五条駅から歩いて草谷寺へ向かった。緩やかな坂道ながら、次第に道は高度を上げてゆく。歩くこと45分ほどで草谷寺に到着した。草谷寺はJR五条駅付近からだと山間のかなりの標高地点に位置していた。収蔵庫には菩薩立像・薬師如来立像・薬師如来坐像・不動王明王坐像・日光および月光菩薩立像・地蔵菩薩立像、それに小さな十二神将立像が安置されていた。菩薩立像の像高は164.3センチメートル。寄木造で衣紋の彫りが浅く、穏やかである。薬師如来立像は像高157.5センチメートルで桂材の一木造。こちらは衣紋がほとんど省略されている。裾の部分には彩色の痕跡が見られるほか、首筋や腹部などに胡粉の痕跡が認められる。11世紀末頃の作であるという。薬師如来坐像の像高は85.9センチメートル。榧材の寄木造である。こちらも様式化が進んでおり、12世紀頃の作であるようだ。パンフレットには金箔の貼られた全身像が掲載されている。しかし、実際のお姿には金箔はしつらえられていなかった。後補の金箔をすべて剥がしたのであろうか。不動明王坐像は像高85.7センチメートル。こちらも様式化が目立つ。平安時代の末頃の作であるとのこと。菩薩立像や薬師如来立像の面相に代表されるようにいずれも素朴な地方作であるという印象であった。拝観者は多かった。私が拝観したときには狭い収蔵庫の内部に拝観者がひしめいていた。
タグ:仏像
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2010年10月25日

西国三十三所巡礼(紀三井寺/粉河寺)

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今日は朝から西国三十三所の巡礼に出掛けた。まず向かったのは第2番札所・紀三井寺(和歌山市紀三井寺1201)である。正式名は紀三井山金剛宝寺護国院というらしい。しかし、一般には紀三井寺と呼ばれている。私自身、これまでそう呼んで来た。紀三井寺に参詣するのは数十年振りである。当初の予定では今年3月の秘仏本尊の御開帳に合わせて参詣をするつもりであった。しかし、諸々の所用でそれが叶わなかった。次の御開帳のときには是非とも拝観したいものである。紀三井寺といえば、本堂へ続く急な石段に辟易した記憶が残っている。前回の参詣から数十年の歳月が流れているいまではむしろその記憶だけが残されているとさえいって良い。案の定、今回も例の石段に足をやられてしまった。おまけに前夜の雨で石段が濡れている。登りも大変であったが、下りも足を滑らしそうで冷や冷やものであった。紀三井寺の参詣の後は電車を利用して第3番札所・粉河寺(紀の川市粉河2787)へ。粉河寺に参詣するのもかれこれ十年振りである。豪壮な本堂やその前面に設けられた庭園の素晴らしさもさることながら、鄙びた門前町、門前町から少し脇に入ったあたりの民家の佇まい、蜜柑畑をはじめとする田園風景、いずれも十年前とは何も変わっていない。懐かしい気持ちがこみ上げて来た。
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2010年10月24日

矢田丘陵縦走30

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今日は午前中に仕事を終わらせた。終了後、矢田丘陵を縦走して来た。前回、矢田丘陵を縦走したのは10月17日のこと。そのときのことは10月17日の日記に記した。いつものように追分を経由して子供の森へ向かった。写真は追分の村井家住宅の向かいに立つ石塔である。石柱の上部に仏さまが彫られている。頭には笠をいただいている。笠の正面には唐破風のようなものもしつられられている。子供の森から尾根筋へと駆け上がった。そして、いつものように法隆寺へと下った。雨が降り出しそうな天気であった。おかげで休憩する間も惜しんで法隆寺へ急いだ。帰りはJR法隆寺駅から電車を利用した。JR奈良駅から自宅へ向けて歩いていると雨が降り出した。
タグ:矢田丘陵
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2010年10月23日

西国三十三所巡礼(三井寺)

18日の日記の続きである。西国三十三所第14番札所・三井寺(大津市園城寺町246)に到着したのは午後3時半過ぎであった。観音堂に参拝した後、広大な境内を散策した。境内の微妙寺ではちょうど本尊の十一面観音菩薩立像(国重文)が御開帳となっていた。金堂(国宝)を拝観した後、その脇に立つ閼伽井屋(国重文)へ。格子越しに内部の霊泉を眺めた。天智・天武・持統の3人の天皇の産湯に使われたことで知られる霊泉からはいまでも水が湧き出している。ゴボッゴボッという音が印象的である。すぐ近くの大津歴史博物館ではちょうど三井寺の名宝・秘仏を含んだ特別展がもよおされていた。しかし、私の訪れた18日はあいにく休館日であった。
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大津市の長安寺・牛塔。

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18日の日記の続き。高師小僧を見学した後はJR三雲駅まで歩いた。そこからはR草津線に乗り込んだ。向かったのは大津市の三井寺(園城寺)である。JR大津駅で下車。途中、長安寺の牛塔(国重文)を見学した。長安寺にはもうどれくらい足を運んでことだろうか。JR大津駅から三井寺に向かうときはたいてい牛塔に立ち寄る。三井寺に参詣する楽しみの一つに牛塔見学も含まれているとさえいって良い。それほど素晴らしい石塔である。高さは3.3メートル。八角形の基礎の上に大きな塔身を立てている。頭には六角形の笠が取り付けられている。平安時代後期の作であるという。そのどっしりした佇まいには圧倒される。特に塔身のゆるやかな曲線と力強い張りの組み合わせが魅力である。
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2010年10月21日

蒲生郡日野町の高師小僧。

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18日の日記の続き。比都佐神社に参拝した後は別所にある高師小僧を目指した。高師小僧とは何か。当日まで私はその意味するところを知らなかった。小便小僧のお仲間か。あるいはそれに類する小僧の銅像でも建っているのであろう。それくらいの考えで現地に向かった。しかし、私が現地で眼にしたのは一面の田園風景のなかにぽつんと立つただの石柱であった。石柱には「高師小僧」と刻まれているだけである。高師小僧についての説明板も見当たらない。たまたま近くで農作業をしていた人に訊ねたところ、高師小僧とは化石のようなものであるという。化石ですか?思わずそう聞き返した。それはそうだろう。そう聞かされるまでは小便小僧のお仲間だとばかり思っていたのである。化石と聞いて驚かないわけはあるまい。帰宅後、インターネットで「高師小僧」を検索してみた。正確には化石ではなく、土中で生成される褐鉄鉱の固まりであるようだ。しかも、別所の高師小僧は国の天然記念物に指定されているという。こんなことなら事前に調べてから訪れれば良かった。そうすれば、石柱の周囲に散乱していたかも知れない高師小僧の実物を目にする機会に恵まれたかも知れない。つくづく残念である。
タグ:高師小僧
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2010年10月20日

蒲生郡日野町の比都佐神社・宝篋印塔。

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18日の続きを書こう。正明寺の本尊・千手観音菩薩立像を拝観した後は水口方面に向けて歩きはじめた。途中、比都佐神社(滋賀県蒲生郡日野町大字十禅師440)に参拝。比都佐神社にはかねてより見たかった宝篋印塔(国重文)がある。宝篋印塔としては鎌倉時代後期の優品である。説明版によると造立は嘉元2年(1304)。高さは174.5センチメートルである。基礎部分は各面とも輪郭を巻き、格狭間を入れている。その内側の東面・南面には孔雀一対、北面には開花蓮が描かれている。西面は素面。塔身は各面とも蓮華座上に月輪を彫って四仏の種子を配している。笠は軒付より下に二段、上に七段組み。隅飾りは三方にある。輪郭を巻き、内側は素面で基礎と塔身には刻銘が認められる。造立当初の相輪は失われている。代わりに別の宝篋印塔の基礎部分・五輪塔の一部が乗せられている。ここまで細かく、あざやかな意匠がほどこされている宝篋印塔も珍しい。良いものを拝見した。
タグ: 神社
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2010年10月18日

正明寺・千手観音菩薩立像御開帳。

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今日は朝から滋賀県へ。10月17日からはじまっている日野町の正明寺(滋賀県蒲生郡日野町松尾556)本尊・千手観音菩薩立像を拝観するためである。33年に1度という今回の御開帳は11月23日までおこなわれている。近鉄京都線・JR東海道線・JR草津線・近江鉄道本線を乗り継いで日野駅へ。そこから徒歩40分ほどかけて正明寺に到着した。すでに拝観者の姿がちらほら見られる。千手観音菩薩立像は脇侍である毘沙門天立像と不動明王立像(いずれも国重文)をしたがえて本堂(国重文)中央の大きな厨子のなかに安置されていた。像高は1メートルくらいであろうか。毘沙門天立像と不動明王立像はその半分くらいか。鎌倉時代の作であるという3体は戦国乱世の兵乱で全山焼失したといわれる正明寺の歴史を忘れさせてくれるほど保存状態が良かった。多少は煤で黒ずんでいるものの、衣紋は明瞭且つシャープで美しい。特に毘沙門天立像の立ち姿が凛々しかった。江戸時代以降、正明寺は黄檗宗の中本山としての地位を確立してゆく。しかし、それ以前は天台系の寺院であったようである。それと関わりがあるのだろうか。禅堂には大日如来坐像(県指定文化財)が安置されていた。写真は吊り下げられた大魚板。黄檗宗の総本山・萬福寺でも同様のものを見かけたことがある。正明寺で魚板にめぐり逢うとは思わなかった。
タグ:仏像
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2010年10月17日

矢田丘陵縦走29

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久し振りに矢田丘陵を縦走した。前回、矢田丘陵を縦走したのは6月17日。そのときのことは6月17日の日記に記した。あれから4ヶ月が経過したのか。早いものである。この間、別件の仕事に追われたりして忙しかった。猛暑のせいで出不精になっていたことも要因である。そろそろ良い気候になって来た。これからは精力的に歩いてゆきたい。今日は実家を出発。東坂・追分・子供の森を経由して尾根筋へ。その後、法隆寺へと下った。法隆寺は観光客でいっぱいだった。写真は西円堂の北扉に取り付けられている閂の先端部分。表面にはうっすらと何かの模様が刻み込まれている。その形状と重厚感にはいつも心を惹かれる。西円堂を拝観するときはつい撫でてしまう。復路も大和郡山を経由して歩いて戻って来た。尼ヶ辻付近の秋篠川では観光客を乗せた遊覧船が浮かんでいた。秋篠川舟下りであるという。平城遷都1300年祭に便乗して観光の目玉にでもするつもりなのであろうか。緑色に変色した汚い川に良くもまあ遊覧船など浮かべる勇気があったものだ。
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2010年10月15日

行楽シーズン。

秋本番である。いよいよ秋の行楽シーズンに突入である。今日までは仕事に明け暮れた。明日もまだ仕事が残っている。しかし、日曜日と月曜日は時間が取れそうだ。どこへ出掛けようか。それをいま検討中である。平城遷都1300年祭の一環として、普段、拝観することの叶わない秘仏のご開帳も控えている。ついでに西国三十三所も巡礼したい。これから年末にかけてあちこち出掛ける日が続くことだろう。
タグ:仏像
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2010年10月13日

川西町の油掛地蔵。

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川西町に油掛地蔵が祀られていることは子どもの頃から知っていた。確か奈良県の民話を集めた本に紹介されていたように思う。しかし、これまで訪れる機会に恵まれなかった。今回、はじめて訪れることが出来た。奈良市古市町の油掛地蔵については2月17日の日記に記した。古市の油掛地蔵は油で真っ黒である。さて、川西町の油掛地蔵はどのような状態なのであろうか。期待して出掛けた。油掛地蔵は田んぼの真ん中にぽつんと立っていた。案内板によると、大永3年(1523年)の造立。舟型光背のある高さ約61センチ(台座を含む)の地蔵立像である。泥田のなかに埋もれていたのを引き上げて現在の地に祀っているという。クサを治す地蔵として古くから慕われているようである。それにしても、願をかけるのに油を掛けるという行為がおもしろい。この風習は奈良だけではない。全国に見られるものである。それだけにいっそう関心をそそられる。古市の油掛地蔵と同様、こちらも全身が油で真っ黒であった。
タグ:地蔵
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2010年10月12日

広陵町の牧野古墳。

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先週、広陵町を散策したことはすでに記した。馬見丘陵公園に向かう前には牧野古墳も見学をした。牧野古墳は新興住宅地の一画にある公園(牧野史跡公園)のなかに残されている。径約55メートル、高さ13メートルの円墳で南に向かって横穴式石室が開口している。石室の羨道は長さ10メートル,高さ2メートル、幅1・8メートル、玄室部分は長さが7メートル、幅3・3メートル、高さ4・5メートルと巨大である。石室内には刳抜家形石棺が残されている。他にも組合石棺があったという。被葬者として敏達天皇の皇子・押坂彦人大兄王の名前が挙げられている。開口部には扉がつけられており、石室の内部へ立ち入ることは出来なかった。一般には開放されていないのであろうか。石室内を覗いているとやぶ蚊の大群に襲われた。さっさと退散をした。
タグ:古墳
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2010年10月11日

秋祭り。

昨日は午後から奈良町を散歩した。久し振りに十輪院を拝観した。この3連休は秋祭のところが多かった。十輪院に向かう途中も秋祭の一行を目撃した。遠くから太鼓の音が聞こえて来る。大勢の氏子に担がれて神輿がやって来るのかと思いきや、驚いたことに太鼓や神輿はそれぞれ軽トラックの荷台にのせられてノロノロ移動していた。先導役として神社の幟を手にした人が歩いている。しかし、それ以外の関係者といえば、軽トラックを運転している人と警備員くらいである。いまではもう担ぎ手(氏子)のいなくなった神社の一行なのであろう。神輿や太鼓を軽トラックに乗せて街中を練り歩くとは考えたものである。しかし、同時にあまりに寂しい光景でもある。軽トラックの一行を寂しい目で見ていたのは私だけではなかったはずである。
タグ:
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2010年10月10日

奈良町で一杯。

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今夜は奈良町のワインバー“seve”(奈良市西寺林町19-1)でディナー。今年の夏はバタバタしていた関係で数ヶ月振りの訪問と相成った。今回は久し振りにコースで注文した。海鮮サラダと鴨のグリル、それにフォンダンショコラ、イチヂクのシャーベットあえを赤ワインとともにいただいた。ちょっとしたサプライズも用意してもらった。マスターには感謝!感謝!である。12月のクリスマスディナーも楽しみである。
タグ:ワイン
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2010年10月09日

広陵町の復元古墳。

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昨日は馬見丘陵公園でもよおされている第27回全国都市緑化ならフェア“やまと花ごよみ2010”を見物に出掛けたついでに広陵町にある復元古墳も見学した。写真は新木山古墳の西隣に位置する三吉石塚古墳。二段築成の墳丘を持つ帆立貝式古墳である。東隣の巨大な前方後円墳=新木山古墳の陪塚であろうか。墳丘には葺石が並べられている。円筒埴輪も周囲をぐるりと取りかこんでいる。現在、墳丘に樹木が生い茂っている多くの古墳と比べると復元古墳の姿は実に新鮮である。二上山から葛城山・金剛山へと連なる山々を目の前にした墳丘からの眺めも良かった。馬見丘陵公園の敷地内では同じく復元古墳であるナガレ山古墳も見学した。こちらは三吉石塚古墳よりもさらに巨大な前方後円墳である。私の住む周囲にはこのような復元古墳が見当たらないだけにその勇姿は物珍しかった。
タグ:古墳
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2010年10月08日

広陵町で昼食。

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今日は午前中に仕事を終えることが出来た。午後から馬見丘陵公園でもよおされている第27回全国都市緑化ならフェア“やまと花ごよみ2010”を見物に出掛けた。途中、昼食をとるためにラーメン店に立ち寄った。入ったのは豚骨ラーメンの“やまざき屋”(奈良県北葛城郡広陵町馬見北9-1-38)である。その名前を知ったのは今年の春頃ではなかっただろうか。かねてより訪れてみたかった店である。今回は元味豚骨の「山とんとん」を「中太ちぢれ麺」「こってり」「ネギ多め」で注文。スープがまろやかで美味しかった。勢いで替え玉(細麺・ばりかた)まで注文してしまった。おかげでお腹がいっぱいである。 次回、訪れたときは黒マー油入りの「黒とんとん」を食べてみたいと思った。
タグ:ラーメン
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2010年10月07日

カレー&ナン。

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先日、カレーを作った。野菜の入ったカレーである。ついでにタンドリーチキンも添えた。ナンはナン用の小麦粉であるアターを練るところから作った。アターに卵とベーキングパウダー、それに水を適量加えてひたすらこねる。その後、数時間、常温でねかせておく。適当な大きさに切り分けて楕円形にのばし、あとはフライパンで焼くだけである。ナンがあるとお腹が膨れてしまう。おかげでたらふく食べてしまった。
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2010年10月05日

検察審査会の起訴議決を受けて。

陸山会をめぐる政治資金規正法違反事件について一言書いておきたい。東京地裁は検察審査会の起訴議決を受けて小沢一郎を強制起訴する手続きに入ったという。マスコミは起訴議決を受けて一斉に小沢一郎および周辺の動向を報道している。あたかもこれで小沢一郎の政治生命が絶たれたかのごとき報道ぶりである。その報道だけを目にすれば、小沢一郎がこれまでにない最大の窮地に立たされていると思ってしまう読者も多いことだろう。しかし、実際に窮地に立たされているのはむしろ検察の方である。これまで小沢一郎を起訴することが出来なかった検察は今回の強制起訴の議決を受けて否応なく裁判の一方の当事者に立たされることとなるのである。捜査のプロである検察が起訴したくでも出来なかった事案を、今後、あらためてどのように立証し、小沢一郎を有罪に持ち込めるというのか。下手をすれば裁判で敗訴することにもなりかねない。検察が敗訴するようなことになってしまえば、これは検察の威信が先日の郵便不正事件に続いてさらに失墜することになる。本当に頭を抱えているのは検察サイドであることをわれわれは認識すべきである。官僚(検察)と市民(検察審査会)との乖離がここまで生々しくあぶりだされて来た例は珍しい。今回の事態を一政治家の危機という形で矮小化するべきではない。政治家個人の危機をおもしろおかしく騒ぎ立てるのも結構であるが、マスコミはその陰で市民感情の暴走というもっと重大な事態が進行していることを報道するべきである。
タグ:裁判
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2010年10月04日

天理で昼食。

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今日は昼前から天理へ。昼食は天理でとった。訪れたのは“さかえ食堂”(天理市田井庄町582)である。大衆食堂だけであってさまざまなメニューが並んでいる。今回はラーメン・唐揚げ・キムチ・ご飯から成るラーメンセットを注文した。天理大学が近くにあるということもあるのだろう。分量は学生好みのボリューム感のあるものである。おかげでお腹がいっぱいになった。私の横では後からやって来た屈強な体格の学生たちが黙々と定食を食べていた。店の斜め向かいにある天理大学体育学部の学生たちであろうか。彼らに張り合ってガツガツ食べるのはもう無理である。
タグ:ラーメン
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2010年10月03日

針の観音寺。

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針の観音寺(奈良市針町1384)は名阪国道針インターを降りて北に向かい、最初の交差点を左折して数分のところにある。本尊は十一面千手観音菩薩立像である。しかし、あいにく拝観は叶わなかった。境内には「正平七年」(1352年)の銘のある十三重石塔が建っている。軒の反りはゆるやかで塔身の四方には仏が半肉彫りで彫られている。伊行末の系統に属する石工・伊行就によって建てられたものである。境内には他にもたくさんの石造物が見られた。
タグ:石塔
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2010年10月02日

意外なところで意外な人と。

今日は所用で朝から某所へ。そこでは、先日、仕事で知った人物と再会を果たした。まったくの偶然である。しかも、その人物は誰もが良く知る有名人と同姓同名。以前、その人物の存在を知ったときは同姓同名という点に驚かされたものである。しかも、今日、ふたたび顔を合わせる機会に恵まれるとは思いもしなかった。世間は狭いものである。詳細をここに書けないのが惜しい限りである。近しい人には、今度、詳しく説明したいと思います。
タグ:出会い
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2010年10月01日

氷室神社例祭夕座舞楽。

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夜は氷室神社(奈良市春日野町1-4)の例祭夕座舞楽を鑑賞した。秋祭りに当たる氷室神社の例祭は、毎年、9月30日に宵宮祭、10月1日に本祭がとりおこなわれる。10月1日の夕方6時半からは南都晃耀会・南都流舞楽伝承会による舞楽の奉納もおこなわれる。中高生の頃に何度か見学させてもらって以来である。あれから20年以上の歳月が流れている。当時は観客の数もちらほらといった程度であり、実に寂しいものであった。平城遷都1300年の記念に当たる本年はさぞ大勢の観光客で賑わっているのであろうと思いながら境内に足を踏み入れた。しかし、舞楽の演じられる拝殿・舞殿の周囲に並べられたパイプ椅子には20人ばかりの観客が疎らに座っているだけであった。20年前よりは確かに観客の数は増えている。しかし、それでもその数が20人程度であったことは意外であった。今年の演目は「東遊」「振鉾」「万歳楽」「延喜楽」「賀殿」「登天楽」「陵王」「納曽利」「拔頭」「落蹲」それに奏楽である。私が訪れたときは「賀殿」が演じられていた。観客が少ないこともあってさまざまな角度からゆっくり舞いを見学することが出来た。
タグ:神社 舞楽
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奈良公園でランチ。

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今日は“クイーンアリスシルクロード”(奈良市雑司町469奈良シルクロード交流館)で昼食をとった。“クイーンアリスシルクロード”のある奈良シルクロード交流館はいまから22年前に開催された“なら・シルクロード博覧会”を記念して建てられた建造物である。博覧会の閉幕後は一般には開放されず、当時の展示品の倉庫代わりとして使われていたときもあったのではなかっただろうか。薄暗い館内に放置されたままのラクダの剥製が何ともうら寂れた雰囲気をかもし出していたものである。そのような博覧会の遺物が22年の歳月を経てリニューアルするとは思わなかった。今回、選んだのは2700円の“アリスコース”。前菜・スープから2品、メインから1品、パン、デザート、飲み物がついたコースである。窓際の席に座れたこともあって日当たりも良く、ゆったりとした時間を満喫することが出来た。
posted by 乾口達司 at 22:36| 奈良 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | グルメ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする