2010年07月14日

大和郡山市の和爾下神社。

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和爾下神社と呼ばれる古社は2つある。一つは天理市櫟本町に存在する和爾下神社。こちらは前方後円墳の上に社殿が建てられており、上治道社と呼ばれている。もう一つは、先日、訪れた和爾下神社(大和郡山市横田町23)である。こちらは前者に対して下治道社と呼ばれている。祭神は素盞嗚尊・大己貴命・奇稲田媛命・横田物部命。興味深いのは祭神のなかに横田物部命という聞き慣れない祭神が祀られていることである。鳥居脇に建っている案内板にも神社の由来として「古代六世紀ごろ横田物部の旧墳の丘に和爾下の御社を安置されしと昔人の言い伝えに聞く」と綴られている。このあたりはどうやら『先代旧事本紀』所収の天神本紀に列記された横田物部氏の本拠地であったようだ。しかし、和爾下神社といえば、その名のとおり、古代の豪族・和珥氏とゆかりの深い神社である。そこにどうして物部氏が関わっているのか。現在の名阪自動車道を境にして北が和珥氏、南が物部氏の勢力圏であったことはおおよそ察しがつく。しかし、どのような経緯で下治道社=和爾下神社において両者が合流することになったのか。そのあたりのことについてはまるで見当がつかない。今度は久し振りに上治道社にも参拝してみよう。
ラベル:神社 古墳
posted by 乾口達司 at 22:23| 奈良 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 散策 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする