2010年04月30日

葉山美知子『中世絵巻寝姿ものがたり』

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一般人の平均睡眠時間はおよそ7〜8時間であるという。いわば、1日のうちの3分の1を人は眠って暮らしているわけだ。したがって、睡眠という行為は人にとってもっとも普遍的なものの一つにほかならない。葉山美知子の『中世絵巻寝姿ものがたり』(文芸社/2009年9月刊)は日本の絵巻物に登場する人々の寝姿を紹介・分析した論考である。寝姿に注目したという点はユニークである。しかも、絵巻物に描かれた彼らの寝姿を通して、睡眠という行為に対する人々の認識や様式の変化をたどってゆくのもおもしろい試みである。上流階級のものたちはともかくとして、庶民の多くは、就寝中、敷布団の上に横たわるわけではない。掛け布団をその身にかけるわけでもない。寝巻きに着替えるわけでもない。ただ、ただ、日中の服装のまま、板の間や置畳にごろんとその身を横たえるだけである。『源氏物語絵巻』や『紫式部日記絵詞』のような著名な絵巻物のほかにも『頬焼阿弥陀縁起絵巻』『葉月物語絵巻』『長谷雄草紙』など、あまり知られていない絵巻がたくさん取り挙げられている。なかでも、ケッサクなのは平治の乱を描いた『平治物語絵詞』に登場する雑兵の寝姿である。乱の勃発により、帝が内裏を脱出するという緊迫したシーンである。それにもかかわらず、一人の雑兵が兜を枕がわりにして、暢気に眠り込んでいる。そのほのぼのとした姿がユーモアを誘う。『石山寺縁起』に描かれる肘枕で寝そべる侍女の後姿もおもしろい。
ラベル:絵巻
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2010年04月28日

張暁平『北京往事』

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張暁平の『北京往事』(五洲伝播出版社/2009年5月刊)は先日の北京旅行の折に買い求めた。題名のとおり、北京に暮らす人々の日常生活を撮影した写真集である。張は特に胡同と呼ばれる細い路地に積極的に分け入り、庶民の姿を写している。暇そうに客待ちをしている人力車の男性、物売りの人々、椅子に腰を下ろし、ひなたぼっこをしている老人たち、屋外に机を持ち出して麻雀を楽しむ一団。いずれも庶民の表情を実に活き活きと描き出している。白黒写真であることも古き良き時代の北京を実感させるのに効果的である。今回の旅では前門の東側に広がる胡同を訪れる機会に恵まれた。こういった胡同は北京の旧市街にはいまでも数多く残されている。しかし、同時にその多くは近代化の過程のなかで解体の危機に瀕している。実際、私が目にしたところでも家屋が取り壊され、平地に変貌しつつあるところが幾つかあった。跡地には高層ビルでも建てられるのであろう。次回、北京におもむいたときにはあちらこちらの胡同をゆっくり散策したいものである。『北京往事』をひもときながら、そのようなことを思っている。
ラベル:北京 路地
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2010年04月26日

北京紀行(終わりに)

北京紀行→こちら
北京紀行(地下鉄)→こちら
北京紀行(頤和園)→こちら
北京紀行(明の十三陵)→こちら
北京紀行(万里の長城)→こちら
北京紀行(天壇公園)→こちら
北京紀行(故宮博物院)→こちら
北京紀行(天安門広場)→こちら

北京の旅は充実したものになった。万里の長城や故宮博物院を訪れることが出来たのも収穫だった。しかし、何よりも印象深いのは北京に住む人たちの姿であった。共産主義国家とは名ばかりの、日本など比べ物にならないほどの激烈な競争社会のなか、人々が必死に生きているのを実感することが出来た。日本人の姿を見れば、ところ構わずバッタもんを売りつけようとする物売りにいたるまで、何とか生業を立てようとするその積極的な姿勢にはある種の感動をもよおす。次回、北京を訪れるときは、今回、訪れることの出来なかった名所旧跡を訪れたいという思いもさることながら、今回以上に地元の人たちと交流を深めたいと思っている。
ラベル:北京
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2010年04月25日

矢田丘陵縦走26

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良い天気だった。透き通るような青空のもと、朝から矢田丘陵の縦走に出掛けた。前回、矢田丘陵を縦走したのは4月19日だった。そのときのことは4月19日の日記に記した。実家を出発。追分を経由していつものように子供の森から尾根筋へと出た。松尾寺では「夏期心身修練教室一休さん」参加募集のチラシが置かれていた。今年は7月26日〜7月28日、8月18日〜8月20日、8月26日〜8月28日のそれぞれ2泊3日で開催されるようである。松尾寺におけるみずからの小坊主修業体験は2008年5月6日の日記に記した。あれから30年の歳月が流れた。いまでも修業期間中は境内を掃除したり、坐禅を組んだり、住職の法話を聴いたりするのであろうか。食事は白飯と味噌汁、それにわずかなおかずだけなのであろうか。食事のとき以外は水も飲めないのであろうか。当日はいわゆる「仏像ガール」の某女が講演をおこなうという。立派になったものだ。
ラベル:矢田丘陵 松尾寺
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2010年04月24日

北京紀行(天安門広場)

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北京紀行→こちら
北京紀行(地下鉄)→こちら
北京紀行(頤和園)→こちら
北京紀行(明の十三陵)→こちら
北京紀行(万里の長城)→こちら
北京紀行(天壇公園)→こちら
北京紀行(故宮博物院)→こちら

天安門広場は確かに広かった。観光客でゴッタ返しているにもかかわらず依然として広々としていた。写真は天安門広場の周辺に点在する屋外の仮設トイレ。建国記念行事などで天安門広場に数十万人もの人たちが集まると真っ先に問題になるのはやはりトイレのことである。しかし、数十万人の人たちの糞尿処理を付近の公設トイレだけで間に合わせることはとても出来ない。そういったときに活躍するのがこの仮設トイレである。普段は蓋をした状態で並んでいる。仮設トイレとは気付かずに蓋の上を闊歩する通行人も多いだろう。しかし、いざ行事の準備がはじまると蓋が取り払われた上、周囲にテントなどが張り巡らさる。仮設トイレに早変わりというわけだ。なかなか興味深いものを見物させてもらった。
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2010年04月23日

大和郡山市の額安寺。

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額安寺(大和郡山市額田部寺町36)を訪れたのは先日のことである。奈良に住んでいながら、このたびはじめての参拝と相成った。写真は収蔵庫に安置されている木心乾漆造りの虚空蔵菩薩像。別の収蔵庫には忍性上人の銅製骨蔵器などが安置されていた。寺の北西に位置する五輪塔群(鎌倉墓)も見学。一番大きな五輪塔は忍性の供養塔であるとのことだった。
ラベル: 石塔 仏像
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2010年04月20日

レンゲ畑。

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今日はあいにくの天気であった。夜中から雨が降っていた。雨は昼過ぎまで降り続いた。しかし、決して寒くはなかった。あたたかい雨だった。昨日もあたたかい一日だった。写真のレンゲ畑は、昨日、矢田丘陵を縦走するために追分地区を歩いているときに見かけた。レンゲにはミツバチが蜜を求めて群がっていた。レンゲ畑も間もなく水田へと変化してゆくだろう。そういえば、川辺ではカエルの鳴き声が聞かれた。春本番である。
ラベル:レンゲ
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2010年04月19日

北京紀行(故宮博物院)

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北京紀行→こちら
北京紀行(地下鉄)→こちら
北京紀行(頤和園)→こちら
北京紀行(明の十三陵)→こちら
北京紀行(万里の長城)→こちら
北京紀行(天壇公園)→こちら

かつて明・清代の皇帝が住んだ紫禁城は、現在、故宮博物院として一般に公開されている。今回は牛門側から北上するような形で内部を歩いた。さまざまな建物が林立している。さながら迷宮のようである。ここでもカフカの『万里の長城』の一節を思い返した。写真はその北方に位置する景山公園の山頂から撮影したものである。景山公園は人工的に作られた山であるという。眺めが素晴らしかった。山頂の売店で毛沢東トランプと毛沢東腕時計を購入した。「ピェンイー」を連発し、気弱な女性店員を相手に思い切り値切ってやった。
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矢田丘陵縦走25

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前回、矢田丘陵を縦走したのは2月19日だった。そのときのことは2月19日の日記に記した。前回から2ヶ月。山々に緑がよみがえっていた。子供の森から尾根へと駆け上る。そして、いつものように法隆寺へと下った。写真はウォーナー塔および鐸嶺塔。日本美術の研究家であったウォーナーと法隆寺の非再建論を主張した平子鐸嶺の供養塔である。法隆寺からはふたたび歩いて帰って来た。
ラベル:矢田丘陵
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2010年04月18日

平城遷都1300年祭会場見学会。

平城遷都1300年祭平城宮跡会場の通季イベントが今月の24日からはじまる。それに先駆けて今日は近隣住民を対象にした会場見学会がもよおされた。あらかじめ招待状を受け取っていたため、大極殿の内部などの施設に入場したり、見学をしたりすることが出来た。平城京歴史館は整理券が配られるほどの盛況振りであった。
ラベル:平城京
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2010年04月16日

北京紀行(天壇公園)

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北京紀行→こちら
北京紀行(地下鉄)→こちら
北京紀行(頤和園)→こちら
北京紀行(明の十三陵)→こちら
北京紀行(万里の長城)→こちら

天壇公園は清の皇帝が天に対して祭祀をおこなった場所である。皇帝が五穀豊穣の祈りを捧げたとされる祈年殿はその特異な構造が印象的であった。間近で見上げるとまるで空想の産物のようである。その圧倒的な非現実感が物珍しかった。公園に集ってくる年金生活の老人たちの姿も忘れられない。かつて皇帝が祈りを捧げた場所もいまでは北京市民の憩いの場となっているのであろう。太極拳や体操にいそしんでいるものもいる。将棋やトランプに興じているものたちもいる。楽器の演奏に合わせて歌を歌っている優雅な老人も見かけた。思いのほか賑やかな空間であった。
ラベル:天壇 北京
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2010年04月15日

北京紀行(万里の長城)

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北京紀行→こちら
北京紀行(地下鉄)→こちら
北京紀行(頤和園)→こちら
北京紀行(明の十三陵)→こちら

万里の長城は雄大だった。観光客がもっとも集まる八達嶺長城から眺めた。時間の関係で北四楼までしか登らなかった。しかし、どこまでもううねうねと続く万里の長城の場合、どこかまで登ってみなければならないというものでもあるまい。地平線のはるか彼方まで山々が連なる。それとともに万里の長城も延びている。これだけのものを良くぞ作ったものだと驚かされる。これだけのものをいったいどうやって作ったのであろうか。確かにそれぞれの部分を確認することは出来るだろう。しかし、8千キロメートル以上とされるその全体を果たして誰が把握していたというのであろうか。部分と全体との不透明な関係。思わずカフカの小説『万里の長城』を思い起こした。その工法が、カフカの小説の通り、工区分割方式であったかどうかはわからない。しかし、延々続けられる工事を前にして、工事に関わる石工たちの胸に深い絶望が去来したことは間違いあるまい。カフカも書いているように、実際、彼らを絶望させないために「監督者」がさまざまな工夫をほどこしたのではなかろうか。いつか司馬台長城や蟠龍山長城などの別の長城も歩いてみたいものである。
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2010年04月14日

北京紀行(明の十三陵)

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北京紀行→こちら
北京紀行(地下鉄)→こちら
北京紀行(頤和園)→こちら

明の十三陵は明代の皇帝や皇后を葬った陵墓である。十三人の皇帝の陵墓が天寿山の南方に点在している。今回、見学をしたのはそのうちの定陵である。定陵はすでに発掘されている。現在、内部は一般に公開されている。地下30メートル近くのところに皇帝や皇后の棺が安置された地下宮殿が設けられている。地下宮殿の内部は精巧に出来ている。特に大理石で作られたアーチ型の高い天井は素晴らしい。奈良県明日香村の石舞台古墳の巨大な石室にはいつも圧倒される。しかし、石舞台古墳とはまったく比べものにならない精緻な石組みである。写真は資料館に展示されていた埋葬品の木俑群である。
ラベル:皇帝
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2010年04月13日

北京紀行(頤和園)

北京紀行→こちら
北京紀行(地下鉄)→こちら

頤和園は清代・乾隆年間に創建された。西太后の時代に大規模な修復工事がなされたようである。万寿山や昆明湖のほかに仏香閣をはじめとするさまざまな建造物が建ち並んでいる。山あり、海あり、街あり。いわば、庭園そのものが中国大陸を凝縮したものとなっているのである。もちろん、中国大陸のミニチュア版であるといっても、その敷地はあまりにも広大である。良くぞこれほどのものを作ったものだと驚かされた。
ラベル:頤和園
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2010年04月12日

北京紀行(地下鉄)

北京紀行→こちら

ホテルにチェックインした後、王府井方面へ夕食に出向いた。はじめて地下鉄に乗った。地下鉄は中国語で「地鉄」である。1969年に1号線と2号線が開通。2000年代に入ってからは続々と新線が開通している。現在も同時進行的に新線の設置作業が推し進められているようである。あまりにも急速且つ続々と開通するため、北京っ子もそのすべてを把握しきれていないようである。一度、改札を通れば、どこまで乗り継いでも2元である。ICカード式の切符と自動改札機も便利である。その代わり、駅構内はいつも混雑をしている。特に夕刻は大混雑である。
ラベル:北京 地下鉄
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2010年04月11日

北京紀行。

北京から戻って来た。次回以降、北京紀行を綴ってゆこう。とにかく今夜はゆっくりするとしよう。
ラベル:北京
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2010年04月06日

旅に出ます。

明日から旅に出ます。日本を脱出します。
ラベル:
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岡山紀行(野鳥屋)

岡山紀行→こちら
岡山紀行(両宮山古墳)→こちら
岡山紀行(牟佐大塚古墳)→こちら
岡山紀行(ライブ)→こちら
岡山紀行(浄土寺)→こちら
岡山紀行(賞田廃寺・唐人塚古墳)→こちら
岡山紀行(操山山麓)→こちら

今回の岡山紀行でも美味しい店を何軒も訪れた。なかでも、特に紹介しておきたいのは“野鳥屋”(岡山市中山下2-8-63 )である。店の暖簾はボロボロ。大きな穴を裏からコピー用紙でふさいでいる。コピー用紙を止めているのはガムテープである。店内も油ぎっている。なぜか子どもの絵がたくさん掲げられている。店に足を踏み入れたときは面食らったものだ。鶏肉はかなり硬め。噛めば噛むほど味が出て来る。近頃、流行の柔らかい鶏肉を食べ慣れた人には抵抗があることだろう。実際、歯の悪い私も咀嚼するのに苦労をした。しかし、味はとても良い。美味しい鶏肉をいただいた。そのうちにまた行ってみようと思っている。
ラベル:焼鳥
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2010年04月05日

大和西大寺で一杯。

今夜は仕事仲間のUくんと呑んだ。訪れたのは“光亭西華”(奈良市西大寺東町1-4-46アマービレ秋篠1F)である。“光亭西華”で呑むのは2月27日以来である。そのときのことは2月28日の日記に記した。Uくんとまとまった話をするのははじめてである。フリースペースを使ってさまざまな催し物を企画・運営してゆきたいというUくんの話はなかなか興味深かった。唐揚げやチヂミが美味しかった。
ラベル:仕事
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2010年04月04日

大学時代の同窓生と。

今夜は大学時代の同窓生Kと梅田で落ち合った。文芸評論家のM氏をKに紹介することが目的の一つであった。梅田の某居酒屋で3時間ばかり酒を呑んだ。四方山話に明け暮れた。さまざまなプロジェクトについても話し合った。こういった機会をこれからも持ってゆきたい。
ラベル:大学
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2010年04月03日

大和郡山城でお花見。

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午後から大和郡山城跡でお花見を楽しんだ。N部長が午前中からブルーシートを敷いて花見場所に陣取って下さった。感謝!感謝!である。私は仕事があって少し遅れて参加をした。私が花見場所を訪れたときには先発組は早くも出来上がっていた。写真は花見場所を巡回しているミス卑弥呼(第28代)の2人組である。夜は大和西大寺の“千歳”(奈良市西大寺北町)に場所を移して午後10時半頃まで呑み続けた。
ラベル:花見 卑弥呼
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2010年04月02日

岡山紀行(操山山麓)

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岡山紀行→こちら
岡山紀行(両宮山古墳)→こちら
岡山紀行(牟佐大塚古墳)→こちら
岡山紀行(ライブ)→こちら
岡山紀行(浄土寺)→こちら
岡山紀行(賞田廃寺・唐人塚古墳)→こちら

高島散策を終えた後は操山山麓をめぐった。安住院・法輪寺・少林寺・徳與寺を拝観。安住院では操山の中腹に建つ多宝塔が覆屋に囲われていた。工事中なのであろう。徳與寺では宇喜多直家の正室で秀家の生母である於福(お鮮)の墓と伝える大きな五輪塔が珍しかった。高さは約3.4メートル。「妙法蓮華経」の文字の下に「法鮮」という文字が刻まれていた。
ラベル:
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岡山紀行(賞田廃寺・唐人塚古墳)

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岡山紀行→こちら
岡山紀行(両宮山古墳)→こちら
岡山紀行(牟佐大塚古墳)→こちら
岡山紀行(ライブ)→こちら
岡山紀行(浄土寺)→こちら

浄土寺のあとはその西方に位置する賞田廃寺を訪れた。賞田廃寺は飛鳥時代から鎌倉時代まで続いた古代寺院跡。吉備の豪族・上道氏の氏寺であったといわれている。間もなく整備が完了するのであろう。真新しい説明版がシートに包まれて置かれていた。賞田廃寺の西100メートルほどのところには唐人塚古墳がある。写真は唐人塚古墳の石室内を撮影した一枚。こちらも上道氏の墳墓であると考えられているようである。古墳から寺院へ。古代の葬送・祭祀の変遷をたどる上で興味深い遺跡であった。
ラベル:古墳
posted by 乾口達司 at 19:21| 奈良 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年04月01日

伝香寺のはだか地蔵。

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仕事が昼過ぎに終わった。午後からはやすらぎの道沿いにある伝香寺へ参拝した。伝香寺では平城遷都1300年祭を記念して3月10日から4月4日まで「はだか地蔵」として知られる地蔵菩薩立像の特別公開がおこなわれている。写真のとおり、法衣を着た仏像は珍しい。毎年7月23日の着せ替え法要のときに法衣が取り替えられる。奈良三椿の一つ・散り椿は最盛期を終えていた。
ラベル:地蔵 仏像
posted by 乾口達司 at 21:28| 奈良 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 散策 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする