2010年01月31日

忙しかった。

今日は早朝出勤。午前5時に起床した。朝から雨が降っていた。そのせいもあったのだろう。身体が重たかった。仕事そのものは無事に終わった。しかし、気疲れをした。メンバーの主婦連との来月の呑み会の予定を決めることが出来たのは収穫だった。
ラベル:仕事
posted by 乾口達司 at 22:17| 奈良 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 想い | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年01月30日

明日は仕事。

今日は明日の仕事の打ち合わせで大阪へ。その後、スタッフの主婦連とお茶をした。明日は早朝出勤。予報では午後から雨だという。大変である。がんばろう。
ラベル:仕事
posted by 乾口達司 at 22:07| 奈良 | Comment(0) | TrackBack(0) | 想い | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年01月29日

岡山紀行(本蓮寺)

岡山紀行(沖田神社)→こちら
岡山紀行(安仁神社)→こちら
岡山紀行(弘法寺)→こちら

弘法寺のあとは牛窓まで直行した。ホテルリマーニで昼食をとった。こちらで昼食をとるために牛窓までやって来たのであった。食事の用意が出来るまでのあいだ、すぐ近くの本蓮寺を拝観した。江戸時代、朝鮮通信使が寄航・滞在したことでも知られる名刹である。本堂 ・番神堂・中門が国の重要文化財に指定されている。高台に立つ境内からは瀬戸内海が見下ろせる。歴史的な建造物もさることながら、境内からの眺めが美しい。思わず漢詩でも詠んでみたい気分であった。
ラベル:牛窓
posted by 乾口達司 at 22:09| 奈良 | Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年01月27日

木津川市の“小金”

20100127-1.bmp

先日、木津川方面に出掛ける用事があった。ついでに移動式屋台の餃子屋“小金”で餃子を買い求めた。移動式屋台すなわちトラックである。以前は24号線沿いの木津川の堤防の上で営業をしていた。しかし、最近は八色にぎわい市場の敷地内に屋台を移して営業しているようである。私が買いに訪れたとき、すでにチビ辛餃子は売り切れていた。餃子6個(400円)+にら餃子10個(400円)+手羽先餃子1本(180円)を購入。自宅に戻って、早速、食した。美味しい。来月にもあらためて買いにゆく予定である。お店のおっさんも実に愉快な人柄である。
ラベル:餃子
posted by 乾口達司 at 22:53| 奈良 ☁| Comment(2) | TrackBack(0) | グルメ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年01月25日

高取町の猿石と人面石。

20100125-1.bmp

20100125-2.bmp

高取城跡からは宗泉寺経由で下山した。途中、柏森方面へ下る道との分岐点に猿石が置かれている。飛鳥から運ばれて来たという古代の石造物である。吉備姫王の墳墓内に安置された4体の猿石と同様、その付近から出土したものと考えられている。メガネザル風の表情がユーモラスである。一方、人面石は古い町並みを残す高取の街の一画にある光永寺の庭先に置かれている。こちらも飛鳥あたりから運ばれて来たものであるという。不思議なことに顔の半面しか刻まれていない。作りかけのまま放置されたのであろうか。当時からのものなのであろうか。あるいはこちらに運ばれて来てからの再利用であろうか。頭頂部は手水用として加工されていた。
ラベル:石造物 飛鳥
posted by 乾口達司 at 23:38| 奈良 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 散策 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年01月24日

高取町の高取城跡。

20100124-2.bmp

壺阪寺を拝観した後は高取城跡を目指した。高取城は標高583メートルの高取山の山頂に築かれた山城。南北朝時代、越智氏によって築かれたのがはじまりであるとされる。豊臣政権の誕生後は豊臣秀長配下の本多利久によって統治された。1640年以降は植村氏が代々城主となった。天守閣などの建物は明治中期まで残っていたという。壺阪寺からは五百羅漢などの石仏群を経由して45分前後で到着する。久し振りに訪れ、その城郭の壮大さにあらためて驚かされた。平城が中心の近世城郭にあって、山城は珍しい。しかも、山頂一帯にさまざまな建物が築かれ、下界から見上げるとまさしく天空に聳える大要塞だったような印象を受ける。城跡からは大和盆地とともに反対の吉野川水系の街並み・山並みも見下ろせる。大和の北と南、その両方に目を配ることが出来るところに城が位置していることからは、戦略上、高取城がきわめて重要な山城であったことがうかがえる。天守閣の跡地の一画に腰を下ろしておにぎりを食べた。
ラベル:
posted by 乾口達司 at 20:44| 奈良 | Comment(0) | TrackBack(0) | 散策 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

西国三十三所巡礼(壷阪寺)

20100124-1.bmp

昨日は橿原方面に出掛ける用事があった。ついでに西国三十三所第6番札所・壷阪寺(奈良県高市郡高取町壷阪3番地)へ参詣した。子どもの頃、バスで参詣したことがあった。しかし、歩いて参詣するのははじめてである。近鉄壷阪山駅下車。高取の古い町並みを両脇に見ながら登ってゆく。2日前の雨のせいだろうか。旧道の地面はひどくぬかるんでいた。急坂を一気に駆け上がると目の前に伽藍が姿を現した。目の仏として知られる大きな本尊・十一面千手観音菩薩坐像を拝観。礼堂の脇には「め」と記された等身大以上の大きな絵馬掛けも設けられていた。子どもの頃に来たときよりもインド招来の巨大石像物がふんだんに増えていた。ある意味、かなりケバケバしい寺院に変貌を遂げていたのが印象深かった。
posted by 乾口達司 at 17:51| 奈良 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 西国三十三所巡礼 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年01月21日

富雄で昼食。

20100121-1.bmp

先日、はじめて富雄の“無心”(奈良市中町323-1)を訪れた。かねてより訪れたい店であっただけにようやく念願が叶った。嬉しい限りである。“無心”は無鉄砲グループのつけ麺屋。午前11時の開店に合わせて訪れた。すでに二十人ほどの行列が出来ていた。今回は「つけ麺(並)」の「あつもり」で「肉増し」を注文。「並」でも麺が300グラムもある。太麺であることもあり、食べている途中で胃が苦しくなったほどの量である。これ以上、食べることはさすがに無理であった。つけ汁は濃厚な豚骨スープと魚介スープとを割ったもの。あまりにも濃厚なスープであるため、人によっては胃腸の調子が悪くなるようである。しかし、私は大丈夫であった。
ラベル:ラーメン
posted by 乾口達司 at 22:44| 奈良 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | グルメ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年01月20日

岡山紀行(弘法寺)

20100120-1.bmp

岡山紀行(沖田神社)→こちら
岡山紀行(安仁神社)→こちら

安仁神社の後、牛窓に向かった。途中、立ち寄ったのが弘法寺である。参道が県道28号線に分断されてしまったのであろう。県道28号線を挟むようにして左手に仁王門(県指定文化財)、右の山手に遍明院・東寿院という塔頭が建っている。東寿院には快慶作の木造阿弥陀如来立像(国重文)がまつられているという。しかし、拝観は叶わなかった。遍明院には木造五智如来坐像(国重文)などが収蔵されているようである。しかし、こちらも寺に人の姿がなく、拝観が叶わなかった。特に関心のあった被仏(5月の踟供養の際、人が被る等身大の仏像)の拝観が叶わなかったのは残念である。いつか踟供養を見学し、被仏を拝観してやろう。収穫は遍明院からさらに石段を登ったところに安置されていた丈六の木造阿弥陀如来坐像である。何気なく石段を登ってゆくと、荒れ果てたお堂が目に飛び込んで来た。後で知ったことだが、昭和42年の火災で本堂や多宝塔が消失し、以来、付近一帯は荒れ寺のまま残されているようである。お堂の一つは壁が破れ、瓦が部分的に落ちてしまっている。縁側の底も抜け落ちており、映画のセットに出て来そうな見事な荒れ寺である。消失したお堂の跡と思われるところには礎石が残されているのみで周囲は草木で覆われていた。丈六の阿弥陀如来坐像はわずかに残された常行堂の内部に安置されていた。まさかこのような荒れ放題の一角に丈六仏が安置されているとは思わなかった。管理も充分に行き届いているようには見えない。ふもとの遍明院や東寿院のあたりは綺麗に整備されている。しかし、このあたりまで整備をする余裕はないのであろうか。そんなことを思いながら下山した。
ラベル:仏像
posted by 乾口達司 at 23:12| 奈良 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年01月18日

岡山紀行(安仁神社)

岡山紀行(沖田神社)→こちら

沖田神社の後に参拝したのは安仁神社。安仁神社は岡山市東区にある神社で備前国総鎮守とうたわれている。祭神は五瀬命・稲氷命・御毛沼命。神武天皇の兄に当たる3人を祭神にしている。それにちなんで神社の名前が安仁=兄というわけか。安仁神社では祭神がたびたび変更されたようである。その経緯を勘案すると「安仁=兄」という構図は何だかこじつけのような気もするが、明治時代、裏山から銅鐸が発見されたことから、往古より謂れのある場所であったことはうかがえる。当日は境内で甘酒が振る舞われていた。参道脇の狛犬が備前焼で作られているのは興味深かった。さすがは備前国総鎮守である。
ラベル:備前焼 神社
posted by 乾口達司 at 22:38| 奈良 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年01月17日

矢田丘陵縦走23

20100117-1.bmp

前回、矢田丘陵を縦走したのは今年の1月8日。そのときのことは1月8日の日記に記した。あれから10日ほどしか経っていない。しかし、今日は富雄まで所用で出掛けたこともあり、ついでに矢田丘陵まで足をのばした。子供の森から尾根まで駆け上がった。前回の日記で紹介した“弘法の井戸”ではペットボトルに湧き水を汲んで持ち歩いた。写真は“弘法の井戸”のすぐ近くの石標。どうやら丁石と道標らしい。2つとも地面に横倒しになっていた。昔から東西に矢田寺と生駒方面とを結ぶ街道が通っていたらしい。松尾寺は初詣客で賑わっていた。法隆寺も観光客の姿が目立った。法隆寺から大和郡山方面を経て自宅まで戻って来た。
ラベル:矢田丘陵
posted by 乾口達司 at 20:57| 奈良 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 散策 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年01月16日

白毫寺のえんまもうで。

20100116-1.bmp

今日は午後から白毫寺のえんまもうでに参詣した。1月16日と7月16日は閻魔大王の縁日。白毫寺では、毎年、それにちなんで行事がおこなわれている。1月16日は拝観も無料。境内では甘酒が振る舞われる。運慶の孫に当たる康円の手によって造られた木造閻魔大坐像などが陳列されている宝物館では地獄・極楽絵図を使った紙芝居もおこなわれていた。高台に位置しているため、奈良市街を一望に見渡せるのも爽快である。
ラベル:閻魔 地獄
posted by 乾口達司 at 22:33| 奈良 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 散策 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年01月15日

岡山紀行(沖田神社)

1月1日から3日まで岡山を旅した。しばらく断続的に新春の岡山紀行を綴ってゆこう。沖田神社(岡山市中区沖元411)は池田綱政の治世に開拓された沖新田の産土神として建立された。祭神の一人に「おきた姫」という女性がいる。おきた姫は、新田開発の際、人柱となった女性であるという。本殿の裏側にはおきた姫神社として社も構えている。境内には沖新田の開発を指揮した岡山藩士・津田永忠の等身大の坐像も安置されていた。以前、仕事で津田永忠の業績を紹介した書籍を読んだことがあった。それだけに津田永忠の坐像と対面が叶ったのは感慨深かった。売店に並べられているお守りの種類は驚くほど多かった。
ラベル:神社 津田永忠
posted by 乾口達司 at 23:44| 奈良 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年01月14日

せめて無事な夜を。

作家のN氏とは、数年前、とある講演会で知り合った。氏と私とが特定のテーマに沿ってそれぞれ講演をおこなうという企画だった。1930年代生まれの氏からすれば、私は子どもあるいは孫のような年齢の若輩者である。それにもかかわらず、私に対して親しく接して下さった。以来、書面上の付き合いではあるが、折々にアドバイスをいただいている。現在、氏は体調が芳しくないようである。今日、氏が寄稿された雑誌とともに頂戴したお手紙でそのことを知った。せめて無事な夜を過ごして欲しい。遠い空から氏の恢復をお祈りしたい。
ラベル:講演
posted by 乾口達司 at 22:24| 奈良 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 想い | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年01月12日

富雄で昼食。

昨日は“とんど”(左義長)を終えてから遠出をした。まずは所用があってマリンバ奏者M嬢の自宅へ。その後、富雄のダイエーで買い物。昼食に立ち寄ったのは和歌山ラーメンの“きぶんや”(奈良市富雄元町2-7-25SSKビル1F)だった。ラーメン激戦区の富雄にあって、富雄在住当時、私がもっとも足繁く通った店である。今回はつけ麺を食べてみた。通常のラーメンとは異なり、つけ麺は太麺であった。モチモチした食感が美味しかった。数ヶ月振りの“きぶんや”を堪能した。
ラベル:ラーメン
posted by 乾口達司 at 22:16| 奈良 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | グルメ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年01月11日

とんど。

今日は朝から町内の“とんど”(左義長)が催された。引越しして来て以来、はじめての“とんど”である。注連縄や正月飾りなどを燃やすほかにも餅つき大会や振る舞い酒などが見られた。朝から酒を呑んだり、餅を食べたりして新年の行事を堪能した。
ラベル:とんど
posted by 乾口達司 at 22:30| 奈良 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 春夏秋冬 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年01月10日

平城京新春マラソン大会。

今日は朝から平城宮跡で第26回平城京新春マラソン大会が催された。実家から見学に出掛けた。招待選手としてマラソンランナーの増田明美の姿が見られた。平城遷都1300年祭のマスコットキャラクターであるせんとくんの着ぐるみも登場。10キロコースのスタート直前までスタート地点の道路わきでせわしなく動きまわっていたが、気がつくとどこかに連れ去られていた。たぶん、これから疾走する出場者の邪魔になるので道路上から排除されたのであろう。上空には取材用のヘリコプターも旋回していた。
posted by 乾口達司 at 22:14| 奈良 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 散策 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年01月08日

矢田丘陵縦走22

20100108-1.bmp

矢田丘陵を縦走した。前回、矢田丘陵を縦走したのは11月23日。そのときのことは2009年11月23日の日記に記した。あれから新年を迎え1月半が経過してしまった。早いものである。今日は富雄まで所用があった。近鉄富雄駅で下車して所用を済ませた。久し振りの富雄は懐かしかった。いつものように霊山寺の裏山から追分方面に登ってゆく。子供の森からはいつものように尾根筋まで駆け上った。今回は珍しく矢田寺方面に下りてゆく分かれ道の途中にある“弘法の井戸”へ寄り道をした。井戸と呼ばれている以上、水源が石組みや木枠で囲われているものと思っていた。しかし、実際にはパイプから水が流れており、湧き水に毛の生えた程度の代物であった。さりながら、流れ落ちる水は甘くて美味しかった。次回はペットボトルを用意して汲んで帰ろうと思っている。駆け下りた法隆寺には珍しく観光客の姿が見当たらなかった。私が訪れたとき、広い境内には人っ子一人いなかった。いつも観光客で犇き合っている法隆寺には珍しい光景である。法隆寺を歩いた後、大和郡山方面へ歩き、自宅まで戻って来た。
ラベル:矢田丘陵 湧き水
posted by 乾口達司 at 22:42| 奈良 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 散策 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年01月07日

天理教のお節会。

20100107-1.bmp

仕事の合間に天理まで出掛けた。5日から今日まで執りおこなわれる天理教のお節会に参加するためである。お節会は元旦祭にそなえられた鏡餅を信者や一般市民に振る舞う天理教の伝統行事。昨年は1月5日に出掛けた。そのときのことは2009年1月5日の日記に記した。接待係の若者たちを呼び止め、あらかじめ用意されているお椀のなかに餅・水菜・すまし汁を入れてもらう。炭火で焼かれているせいだろう。餅は美味しかった。何杯くらいお代わりをしただろうか。お腹がいっぱいになった。帰宅後、残りの仕事に取り掛かった。
ラベル: 雑煮 天理
posted by 乾口達司 at 21:55| 奈良 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | グルメ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年01月05日

奈良の雑煮。

20100105-1.bmp

元日は実家でおせち料理と雑煮を食べた。奈良の雑煮は関西圏では一般的な白味噌仕立て。豆腐や里芋、細い大根の輪切りのなかに丸餅が入っている。食べるときは餅をお椀から取り出し、きな粉につけて食べる。大学生の頃まではこの食べ方がスタンダードだと信じていた。しかし、関西圏以外の出身者の指摘により、白味噌仕立てできな粉をつけるのが奈良特有の食べ方であることを知って大いに驚かされたものである。きな粉をつけるということにはいったいどんな意味が隠されているのであろうか。きな粉の「黄色」がめでたい何かを暗示しているのであろうか。そんな気がする。しかし、詳しくはわからない。今年もきな粉をつけて食べた。
ラベル:雑煮 きな粉
posted by 乾口達司 at 22:00| 奈良 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 料理 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年01月04日

三輪山入山登拝。

20100104-1.bmp

甥っ子のシュンを連れて大神神社の御神体である三輪山の入山登拝をおこなった。まずはお参り。その後、狭井神社でペットボトルに御神水を詰め込む。社務所に荷物を預けていよいよ入山である。社務所で拝借した参拝証のタスキをかけて登ってゆく。私はすでに何度も入山している。しかし、シュンははじめての入山である。500メートル足らずの低山ではあるものの、三輪山は急坂の連続である。途中で根をあげはしないか。登りはじめる直前にはそんな心配をしたものである。しかし、それは杞憂だったようだ。シュンは頑張って山頂まで登った。奥津磐座の巨石群には興味津々の様子だった。巨石群の上に広がる青空が神々しくて美しかった。近いうちにまた入山してみよう。
ラベル:大神神社 三輪山
posted by 乾口達司 at 19:24| 奈良 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 散策 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年01月01日

謹賀新年。

20100101-1.bmp

大晦日は終日忙しかった。午前中は仕事。夕方にお墓参りを済ませた後、年越し蕎麦を食べる。そして、夜は奈良町の“seve”(奈良市西寺林町19-1)へ。ワインの白と赤を一杯ずつ注文。その後、東大寺の国宝・鐘楼の大鐘を突きに出掛けた。108つの鐘のうち、私が叩いたのは32番目の鐘。久し振りに除夜の鐘を突けたので満足である。明日からは旅に出る。寒いだろうか。謹賀新年。今年も宜しくお願いします。
posted by 乾口達司 at 02:39| 奈良 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 春夏秋冬 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする