2009年06月29日

カブトムシ5

前回、カブトムシについて記したのは2008年10月9日の日記だった。あれから幼虫は一冬を越した。5月の終盤には蛹に変化。ようやく成虫として地中に這い出して来た。成虫として地表に姿を現したばかりだというのに食欲は旺盛である。夜中にはオス同士が喧嘩に明け暮れている。来月には仕事仲間のK一家やS一家、Fチャや甥っ子らに引き取られてゆくことになっている。今年もいよいよカブトムシの季節がめぐって来た。
タグ:カブトムシ
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2009年06月28日

転機の年?

今日は午前5時に起床。早朝から出勤した。仕事は滞りなく終わった。暑い一日だった。私は日中の大半を冷房のきいた部屋で過ごした。しかし、メンバーのなかには炎天下を歩いて疲労困憊のものもいた。お疲れさまでした。そうお礼をいっておきたい。今年はやはり転機の年なのであろうか。メンバーの異動がぽつりぽつりと耳に届くようになった。新年度を機にすでに転職したものがいる。退職を表明したものもいる。配置転換を希望しているものもいる。その一方、新たに入って来る人もいるようだ。チーム奈良の大幅な改変が必要なのかも知れない。とにかくまずは歓送迎会を開かねばなるまい。
タグ:仕事
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2009年06月27日

ミナミで昼食。

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今日は午前中から大阪で仕事の打ち合わせだった。打ち合わせは午後1時前に終わった。昼食をとりに出向いたのは“KUA`AINA”(大阪市浪速区難波中2-10-70なんばパークス6F)である。実は先日の月曜日の夕方もふらりと立ち寄った。ハンバーガーはボリュームがあって美味しい。満腹である。明日は早朝出勤。夕方には無事に仕事を終えるために頑張るつもりである。
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2009年06月25日

伊勢市の伊勢神宮。

21日のお目当ては伊勢神宮であった。4、5年振りの参拝である。前回、参拝したのは正月だったのではなかろうか。この時期に参拝するのははじめてである。とにかく蒸し暑い一日だった。宇治橋の改修工事がおこなわれているとは知らなかった。おかげ横丁は人・人・人でゴッタ返していた。参拝後、おかげ横丁の一角でカキ氷を食べた。冷やし胡瓜なるものが売られていた。あまりにも涼しげであったため、思わず買い求めようとしたほどである。しかし、結局、カキ氷に落ち着いた。今度、伊勢にやって来るときは海まで足をのばしたいものだ。
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2009年06月24日

松阪で昼食。

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21日は朝から伊勢神宮へ向かった。途中、かねてより行ってみたかった焼肉屋で昼食をとった。松阪牛の瀬古食品が経営する“Dream オーシャン ”(松阪市稲木町254-1) である。午前11時の開店と同時に店に入った。広々とした店内には椅子とテーブルが並べられている。開店早々ということもあったからだろう。客の姿は見当たらなかった。しかし、テーブルには団体名が記されたプレートがいたるところに置かれている。どうやらテーブルの大半は予約で埋まっているようである。さいわい私が座る席はかろうじて確保することが出来た。お目当ては食べ放題の焼肉バイキングコース(2300円)である。もちろん、バイキングコースで食べられる牛肉は松阪牛ではない。しかし、輸入の冷凍物ではなく国産の牛肉を使っているようである。値段の割には充分に美味しかった。牛肉の他にもホルモン系や鶏肉・豚肉も取り揃えられていた。野菜やサラダも充実していた。思いのほかたくさん食べてしまった。その夜、奈良まで帰って来て奈良町の“蔵”と“seve”を渡り歩いた。しかし、日中に食べた牛肉のせいで夜になってもお腹がいっぱいだった。おかげで“蔵”ではビールを、“seve”ではワインだけをそれぞれ軽く呑んで早々に退散した。次回、伊勢方面に出向いたときにはまた行ってみようと思う。久し振りに焼肉を堪能した一日だった。
タグ:焼肉 松阪
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2009年06月22日

ミナミで一杯。

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土曜日は夜からミナミに繰り出した。向かったのは焼き鳥の“鳥勘”(大阪市中央区難波4-2-8)である。久し振りの訪問である。しかし、ネタはいずれも相変わらず新鮮で美味しかった。さすがに鶏肉屋が経営しているお店だけのことはある。鶏冠を指し示す「かんむり」や卵管の「みち」のように珍しい部位も揃っている。唐揚げも絶品である。今回は珍しく鶏の出汁が良く出たスープ茶漬けまで食べてしまった。
posted by 乾口達司 at 20:14| 奈良 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | グルメ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月20日

実家のリフォーム5

昨日の日記でも実家のリフォームのことについて記した。工事がはじまって一月以上がたつ。最近、もっとも気になるのは、仮設トイレの便槽がいつまで大丈夫なのか、ということである。いまところ、糞便が溜まりに溜まって便槽からあふれ出すような気配は見られない。しかし、用を足すたびに消毒液を流しているにもかかわらず、近頃は異臭が日増しに強くなっているように感じられる。無理もあるまい。糞便が日ごと堆積し、便器と便槽とのあいだをつなぐパイプの入り口に少しずつ近付いて来ているのであろう。それに比例して異臭が強まって来ているに違いない。工事が終わるまであと半月とちょっと。少しずつ接近して来る堆積物の脅威と闘いながら、今日もまた私は仮設トイレの便座に腰を下ろした。
posted by 乾口達司 at 17:24| 奈良 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 自己 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月19日

実家のリフォーム4

前回、実家のリフォームの様子を綴ったのは5月19日の日記だった。あれから一月が経ってしまった。早いものである。剥がされた床板や天井板は新しいものに張り替えられた。玄関の古い木戸が取り払われて新しい引き戸に変わった。以前の引き戸はかれこれ40年近く使っていた。したがって、しばしばレールがどこかに引っかかったものである。引っかかると抵抗が生じて開けにくい。いつだっただろうか。途中でにっちもさっちもいかなくなったことがあった。開けるに開けられず、閉めるに閉められず、といった状態で苦労した。そのときは引き戸を押したり引いたり叩いたりを5分ほど繰り返した挙句、ようやく開け閉めすることが出来た。それに引き換え、新たな引き戸は快適そのものである。ほとんど力を入れずにガラガラと開けることが出来る。閉めるときも同様である。リフォームもいよいよ大詰め。来週からは室内のクロスの貼り付け作業に取り掛かるようだ。
posted by 乾口達司 at 17:36| 奈良 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 自己 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月18日

梅雨?

空梅雨である。気象庁による梅雨入り宣言はすでにおこなわれたはずである。しかし、いっこうに梅雨らしくない天気が続いている。昨日の夜は暑かった。一晩中、窓を開けていたくらいである。そうかと思うと、今日は、突然、土砂降りの大雨に見舞われた。午後3時くらいだっただろうか。急にポツリポツリと雨が降り出した。干していた布団をあわてて取り込んでいるとあっという間に土砂降りになった。真夏の夕立を思わせるような雨だった。しとしと雨が降る梅雨特有の天気はいったいどこへいったのだろうか。明日も暑くなりそうだ。
タグ:梅雨
posted by 乾口達司 at 23:46| 奈良 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 春夏秋冬 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月16日

残された力。

ここ数年、仕事にかまけて自分の専門領域に関する勉強を怠っていた。注文の原稿をきっちりこなしながらも正直にいうとモチベーションは低かった。このまま自分の専門領域をないがしろにしながら人生を終えてしまうのだろうか。それも悪くはない。一つの運命だろう。そんなことを思うのもしばしばだった。しかし、先日、とある作品を読んで興味深い事実を発見した。これは自分にしか見つけられなかったことなのではなかろうか。そう思うと自分にはまだまだやれることが残されているのではないかと考えるようになった。現金なものである。俄然、やる気が出て来た。40代まであと数年。20代の成果として『花田清輝論』(柳原出版)を2003年に刊行した。2004年には恩師であった「内向の世代」の小説家・後藤明生の遺稿集『日本近代文学との戦い』(柳原出版)もまとめた。前著は特に生硬な文章のわりに稚拙な内容である。しかし、そんなことはどうでも良い。それらと同じように30代の成果として一つの目標を立てるべきではないろうか。現在、そんなことを思いはじめている。今年はさまざまな意味で転機の年となりそうだ。少しずつでもリハビリをはじめてみよう。さしあたり、人生の折り返し地点である厄年あたりを目処にして、いま一度、がんばってみよう。再始動である。
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2009年06月14日

カレー1

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今日は所用で午後から奈良県立図書館まで出掛けた。蒸し暑い一日だった。そのせいだろうか。ひどく疲れた。今夜はカレーを作ってみた。ショウガやニンニクをたっぷり入れた中華風のカレーである。ショウガとニンニクをすり潰しておく。さらにネギを刻む。熱したフライパンにそれらを投入。香りが立って来たら切り分けた鶏肉・タマネギ・ホウレンソウを入れて炒める。ある程度、火が通ったらチキンスープを溶かしておいたお湯を適量入れた上でカレーのルーを入れる。ルーが溶けて来たらコショウとオイスターソースを適当に入れて少しぐつぐつさせて完成である。ピリ辛風味がなかなか美味しかった。
posted by 乾口達司 at 21:42| 奈良 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 料理 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月13日

矢田丘陵縦走16

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前回、矢田丘陵を縦走したのは6月6日だった。そのときのことは6月6日の日記に記したとおりである。前回は5月分、今回は今月分の縦走である。写真は近鉄東山駅方面に向かう登山道。矢田寺方面へ折れる分岐点に位置している。私はいままで一度も東山方面へ下ったことがない。法隆寺の西円堂にお参りするためである。聞くところによるとまだ山道もきちんと整備されていないという。東山駅の西側には音の花温泉もある。近いうち、一度、ここから東山方面に下ってみようか。今日もいつもどおり法隆寺まで下った。
タグ:矢田丘陵
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2009年06月10日

「職業婦人」について。

久し振りに「職業婦人」という言葉と遭遇した。書き言葉であったとはいえ、当節、いまだに「職業婦人」という言葉を使う御仁が存在することに驚かされた。おどろ木ももの木さんしょの木である。「職業婦人」という言葉が使われはじめたのはいつ頃のことだろう。おそらく大正末期からだと思われる。女性の社会進出がはじまった当時はさぞかしイカしたナウい言葉だったろう。では、反対に使われなくなったのはいつ頃か。小生が物心のついた頃にはすでに使われていなかったように思う。男女雇用機会均等法が施行された1985年前後、一世を風靡したのは「OL」という言葉だった。しかし、近頃では「OL」もそろそろアヤシクなって来た。当節、「OL」に成り代わって使われている言葉があるのだろうか。誰か御教示願いたい。しかし、物は考えようである。死語は死語であるがゆえにかえって新鮮である。さすがに「職業婦人」という言葉を真面目な席で使うことは憚られるが、日常会話として使うぶんにはユーモアがあって効果的であろう。一時期、意識的に翻訳文特有の直訳体で話していたことがあった。これからは、時折、そのなかに幾つかの死語もちりばめながら会話をしてまいりたい。さて、周囲からはどのような反応が返って来るだろうか。いまからワクワクドキドキである。
タグ:死語
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2009年06月08日

長春亭の閉店。

昨日は奈良市立図書館まで出掛けた。そのことは昨日の日記に記した。しかし、もう一つ、どうしても書き残しておきたいことがある。それは“長春亭”(奈良市坊屋敷町5)のことである。昨日、奈良市立図書館からの帰り、寄り道がてら“長春亭”の前を通った。店の前には貼紙があった。良く見ると閉店した旨の文言が記されているではないか。貼紙の日付は先月になっていた。奈良女子大学のすぐそばにある“長春亭”は私のお気に入りの中華料理店の一つだった。手書きのメニューが何とも庶民的な味を出していたものである。もちろん、料理も美味しかった。吉林省であっただろうか。中国東北部出身の中国人女性が作る料理は家庭的で本場の味を実に良く表していた。特にギョウザはビールに良く合った。焼餅や羊肉の土鍋といった珍しいメニューもたくさんあった。私にとってはなくてはならない店であった。それがまさか閉店していようとは!“長春亭”のような本場の味を出す中華料理店を私は知らない。今後、日本国内の何処で本場の味を堪能することが出来るのだろうか。そう思うと“長春亭”の閉店はまことに残念である。あの気さくな店主夫婦はいったいどこへ行ってしまったのだろうか。どこかでまた店を開いてくれることを心より望みたい。
タグ:中華
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2009年06月07日

水田とカブトエビ。

今日は所用で午後から奈良市立図書館へ向かった。行き帰りともに徒歩で通した。途中、水田の広がる一帯を通る。水田にはすでに水が張られていた。今日、まさしく田植えに精を出している水田も見られた。水田には植えられたばかりの無数の苗が弱々しく屹立している。なかには早くも倒れてしまっているのもあった。しかし、心配は無用である。いまは小さくて弱々しい苗もやがてしっかりと大地に根を張り、秋には黄色い穂をたくさんつける。今年も旱魃や水害を乗り越えて実りの秋が到来することを願うばかりだ。水面には無数のカブトエビがせわしなく動きまわっている。せわしなく動きまわるカブトエビを眺めながら思い出したのは静岡県在住のMの話だった。Mは明日香村を旅したとき、水田でカブトエビを目撃したという。いまから10年ほど前のことである。
「奈良の田んぼにはカブトガニがいるの?」
「カブトガニではなくてカブトエビだよ」
「カブトガニとカブトエビは違うの?」
「さあ?」
「私、カブトエビなんてはじめて見たよ」
Mとのやりとりはこのようなものであったと思う。Mは明日香村で目撃したカブトエビに衝撃を受けたようだ。しかし、私の方はカブトエビを見たことがないというMの発言の方が衝撃的だった。まさか静岡の田んぼにはカブトエビがいないというわけではなかろう。毎年、この時期になると水の張られた田んぼでカブトエビを目にする。カブトエビを目にするとMの話を思い出す。静岡の田んぼにカブトエビを見つけたかい?Mにそう訊ねてやろうと思いながらいつも忘れてしまう。そして、いつしか10年の歳月が流れている。
posted by 乾口達司 at 23:20| 奈良 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 春夏秋冬 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月06日

矢田丘陵縦走15

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5月の多忙な日々から解放されて1週間。ようやくゆっくり出来る日がやって来た。今日からあさってまでは完全オフである。今日は朝から恒例の矢田丘陵ハイキングに出掛けた。前回、矢田丘陵を縦走したのは4月29日である。そのときのことは4月29日の日記に記した。あれから1月以上が経過している。5月は矢田丘陵を縦走することが出来なかった。時間が許せば、今月は、先月分を含めて、もう一度、歩いてみようかと思っている。いつものように霊山寺の裏山から子供の森を目指した。子供の森からは尾根まで一気に駆け上がった。尾根からはこれまたいつものように法隆寺まで歩いた。写真は松尾寺に向かう途中にある南僧坊谷池である。山のなかを歩いていると突然姿を現す。あたりは木々が鬱蒼と生い茂っている。そのためいささか薄気味悪い。あたりにはかつて数多くの僧坊が立ち並んでいたのであろうか。南僧坊谷池の東方には矢田寺がある。矢田寺の子院のようなものが建っていたのであろうか。法隆寺では西円堂に参拝した。内陣には足場が組まれていた。国宝の本尊・薬師如来坐像の修復工事でもおこなうのかも知れない。普段、締め切られている木戸も開け放たれていた。おかげで開け放たれた箇所から首を突っ込んで内陣をじっくり観察することが出来た。
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2009年06月05日

鳥取・島根紀行(大山寺)

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鳥取・島根紀行(植田正治写真美術館)→こちら
鳥取・島根紀行(皆生シーサイドホテル)→こちら
鳥取・島根紀行(美保神社)→こちら
鳥取・島根紀行(仏谷寺)→こちら
鳥取・島根紀行(魚山亭)→こちら
鳥取・島根紀行(大神山神社奥宮)→こちら

大神山神社の奥宮からはふたたび自然石の積み重ねられた参道を下った。そして、大山寺の本堂に足を踏み入れた。本堂にお参りした後、阿弥陀堂(国重文)を目指す。この日(5月24日)の阿弥陀堂は前日とともに春の特別公開日に当たっていた。普段、拝観には事前の予約と拝観料とが必要となる。しかし、毎年春と秋におこなわれる特別公開のときだけは自由に拝観させていただける。拝観料も無料である。本堂の脇からいったん河川敷に降りた。川を渡ってふたたび山の斜面を上った。山道を歩くこと約15分。阿弥陀堂に到着した。阿弥陀堂は、平安時代、慈覚大師によって創建されたものと伝えられる。もとは常行三昧堂という24間四方の大きな建物であったという。しかし、1529年に災害に遭い、1552年、古材を利用して現在の場所に移築・再建されたとのこと。現在の建物は桁行5間・梁間5間の寄棟造・こけら葺。内陣には木造阿弥陀如来坐像および両脇侍像(いずれも国重文)が安置されている。阿弥陀如来坐像は栃の木を刳り貫いて作られた一木造。1131年、仏師・良円によって制作された堂々たる丈六仏である。本尊および堂内の写真撮影を許されたため、ご縁を願いながら、カメラのシャッターを押し続けた。外はあいにくの雨だった。堂内もきわめて暗い。目を凝らさないとそのお姿をはっきりと確認することすら難しい。ストロボの光に一瞬だけ浮かび上がる阿弥陀如来の穏やかな表情が何とも印象的だった。拝観後は宝物館へと移動をした。宝物館は大山寺の門前脇にあった。駐車場からはふたたび本堂方面へ上ってゆかなければならない。降りしきる雨のなか、二度手間であることを承知の上で、もう一度、門前町を通り抜けて宝物館へ向かった。しかし、数体の小金銅仏とわずかな木造仏以外、取り立てて見るべきものはなかった。山陰地方を代表する山岳信仰のメッカ・大山寺に残された宝物の拍子抜けするほどの意外な貧弱ぶりには驚かされた。廃仏毀釈の折にほとんど亡失してしまったのであろうか。大山寺の宝物は阿弥陀堂内陣の木造阿弥陀如来坐像および両脇侍像に尽きるといって良い。
タグ:大山 仏像
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2009年06月04日

鳥取・島根紀行(大神山神社奥宮)

鳥取・島根紀行(植田正治写真美術館)→こちら
鳥取・島根紀行(皆生シーサイドホテル)→こちら
鳥取・島根紀行(美保神社)→こちら
鳥取・島根紀行(仏谷寺)→こちら
鳥取・島根紀行(魚山亭)→こちら

今回の旅の最終訪問地は大神山神社の奥宮と大山寺である。大神山神社の奥宮および大山寺の下に連なる門前町までは車で一気に登った。門前町からは徒歩である。まずは大神山神社の奥宮へ参拝した。自然石の敷き詰められた長い参道を上ってゆく。参道が雨に濡れているためにすべりやすくなっている。ゆるゆると上ってゆくとやがて「後向き門」と呼ばれる神門が現れる。ここをくぐると石段の上に巨大な社殿が姿を現す。全国最大級の壮大な権現造りの社殿で国の重要文化財に指定されている。特に横に広がった長廊には圧倒される。両翼が約50メートルもあるという。息を切らして上って来たかいがあったというものだ。この日は奥宮春季大祭がとりおこなわれていたようだ。社殿前に到達したとき、長廊の一角では餅撒きがおこなわれていた。餅をもらおうとあわてて駆けつけた。しかし、ちょうど終了してしまったところであった。テレビ局も取材にやって来ていた。
posted by 乾口達司 at 23:59| 奈良 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月03日

鳥取・島根紀行(魚山亭)

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鳥取・島根紀行(植田正治写真美術館)→こちら
鳥取・島根紀行(皆生シーサイドホテル)→こちら
鳥取・島根紀行(美保神社)→こちら
鳥取・島根紀行(仏谷寺)→こちら

仏谷寺の拝観後は境港まで戻った。時刻はすでに11時半近く。昼食をとるために立ち寄ったのは“魚山亭”(鳥取県境港市中野町3297)である。11時半からの開店であるというのに私の到着した11時20分くらいの時点ですでに大勢の客が詰め掛けている。開店間際ということもあってまだ席が残っていたようだ。さいわいすぐに席に通してもらえた。土日は予約してから訪れた方が良さそうである。刺身満福定食(1570円)を注文。新鮮な魚介類に舌鼓を打った。大いに満足である。冬場はカニのコースもあるようだ。店を出るとすでに店先には行列が出来ていた。
タグ:刺身 境港
posted by 乾口達司 at 17:28| 奈良 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | グルメ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月02日

鳥取・島根紀行(仏谷寺)

鳥取・島根紀行(植田正治写真美術館)→こちら
鳥取・島根紀行(皆生シーサイドホテル)→こちら
鳥取・島根紀行(美保神社)→こちら

美保神社からは石畳の道(青石畳通り)を歩いて仏谷寺(島根県松江市美保関町美保関530)へ向かった。通りの両側には古い旅館やお店、旧家などが軒を連ねている。どこか懐かしさを感じさせる道である。歩くこと5分ほどで仏谷寺の門前に到着。門前のお休み処である“入来舎”に声をかけて収蔵庫(大日堂)の拝観をお願いした。前日、仏谷寺に電話をかけたところ、毎週水・土・日曜日の午前10時から3時のあいだ、収蔵庫の鍵は“入来舎”のおばさんたちが保管しているとのことであった。お寺が地元の人たちにあたたかく守られていることに感銘を受けた。鍵を開けていただいて収蔵庫のなかに足を踏み入れる。内部には薬師如来坐像・日光・月光・虚空蔵・聖観音菩薩立像(国重文)の計5体の仏像が安置されている。いずれも一木造りで平安時代初期の作品。現存する山陰地方最古級の仏像群であるという。腹に2本の弧線(皺)を描く点、肩から腹部のあたりにかけて衣服の襟をピンと立てている点など、いわゆる出雲様式の典型的な作例を示す重要な5体である。丸山尚一は『生きている仏像たち』(昭和45年11月/読売新聞社刊)のなかで仏谷寺の仏像群を紹介している。丸山は、薬師如来坐像について、「大粒な螺髪が帽子のように深くかぶさり、肉髻が高い。顔を等分するかのように眉から鼻への深い彫りが、二つの円弧をえがく。太い鼻梁、つりあがった眼、分厚い唇を無造作に結んだ表情など、やはり自己の世界に忠実に生きる顔である」と記している。「帽子のように」という表現はいい得て妙である。「つりあがった眼」もどこかしら滑稽さをただよわせている。こちらに向けた右の手は肉厚で大きく堂々たるものである。そのかたわらに立つ菩薩立像では、衣服の装飾性に興味を惹かれた。丸山は「簡素で強い像を求めていた出雲人が、そこになにか装飾的要素を採り入れなければやまない造形への心があったのではないか」と述べている。私には装飾的効果を狙いながらも、造型の素朴さを隠し切れなかったところに地方作ならではの親しみが感じられた。もちろん、奈良や京都の寺院に見られる中央作に比べれば、その造型は何とも稚拙である。その稚拙さを笑ったり、否定的に言及したりすることは簡単である。しかし、私にはその点がかえって微笑ましく感じられた。壇上に横一列に並んだ姿はなかなか壮観である。裏側にまわって背面部分をじっくり拝見することが出来るのも嬉しい。拝観料は300円。鍵を開けてくださったおばさんによると、先日も奈良から仏谷寺を訪れた人物がいたという。私のような好き者が奈良にはいるようである。拝観後は“入来舎”にお邪魔をしてお茶をご馳走になった。
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2009年06月01日

ようやく一息。

昨日は夕方まで出勤だった。仕事は無事終了した。しかし、仕事に絡んだ拾得物の届出のために警察署に向かったり、仕事先へ必要事項を連絡したりしてバタバタ。帰宅したのは午後7時をまわっていた。今日の午前中も昨日の拾得物関連で各方面に連絡をとらなければならなかった。まったくやれやれである。しかし、これでようやく一息ついた。しばしのあいだゆっくり出来そうだ。今月後半からの激務にそなえていまのうちのんびりしておこう。
タグ:仕事
posted by 乾口達司 at 17:25| 奈良 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 想い | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする