2009年05月19日

実家のリフォーム3

リフォームに際してこれまで使用して来た水洗トイレが撤去されたことは5月18日の日記に記した。いまでは便器も取り払われている。しかし、ここで興味深いのは、取り払われた水洗トイレの床下からそれ以前に使用していた汲み取り式トイレの遺構が現れたことである。我が家が水洗式トイレに移行したのは私が小学校の中学年の頃。それまでの我が家のトイレは汲み取り式であった。便器は蓋のついた和式。便器の真下に便槽が設けられていた。私の幼少時代の記憶はこの汲み取り式のトイレとともにある。いまでも便器の下に広がる便槽の存在はありありと思い出せる。まだ両足でふんばる力が足りなかった幼少期、大きく口を開けて私の糞便を待ち構えている便槽に吸い込まれるのではないか、自分も糞便とともに落下するのではないかと恐怖をおぼえたものである。便槽から立ち上る臭気にも大いに悩まされた。しかし、いまとなっては、その臭いもどこか懐かしい。殺蛆剤である樟脳やクレゾールの臭いも忘れられない。象の鼻のような長いバキュームカーのホースが汲み取り口のなかに突っ込まれる光景も鮮明に記憶している。当時、便槽のなかの汚物がバキュームカーに吸い込まれるという現象そのものが実に不思議であった。バキュームカーが庭先にやって来ると我先に汲み取り口へと駆けつけ、作業の様子を見守ったものである。いまでもバキュームカーが街中を走っていると心をときめかせる。それはこの幼少期の体験に根ざしているのであろう。便槽は水洗式に移行したときに撤去された。しかし、便器と便槽とを媒介する管だけがなぜか残されていたようである。水洗式トイレの撤去によって姿を現した遺構はすでに便槽を取り払われてしまった大きな管だけであった。
posted by 乾口達司 at 23:41| 奈良 | Comment(0) | TrackBack(0) | 自己 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする