2009年02月28日

家呑み7

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昨夜は“家呑み”だった。前回、家呑みを楽しんだのは先月だった。そのときのことは1月26日の日記に記した。昨夜の家呑みは12月15日に引き続いて我が家でのカニ鍋パーティーと相成った。参加者はいつものN部長とマリンバ奏者M嬢、それにMの手下であるピアニストのF嬢、看護士I嬢、YH嬢、そして一人だけお堅い仕事に就いているOであった。相変わらず美味いカニである。野菜類はマリンバ奏者のM嬢から頂戴した。最後はもちろんカニ雑炊で締めた。Oとは昨年の秋以来である。楽しんでいただけたようで何よりである。F嬢を贋同窓生として紛れ込ませて同窓会を掻き乱してみようかという話題は格好の酒席ネタだった。相変わらずバカバカしい話題で盛り上がった。こういう話題で盛り上がるのだからやめられない。今月は忙しかっただけに良い気分転換になった。
ラベル:カニ
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2009年02月26日

菅原町の菅原天満宮おんだ祭り。

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昼前には雨が上がった。珍しく南大回りで実家へ帰ることにした。東坂から尼ヶ辻を経て大宮通りを北に渡った。すぐ近くには梅の名所として知られる菅原天満宮がある。ついでに梅を見物してゆこう。そう思って境内に足を踏み入れた。すると狭い境内は人・人・人でゴッタ返している。今日は何か催しがあるのか。菅原天満宮の法被を着た中年男性に訊ねた。1年に1度のおんだ祭りが執りおこわれるという。折角である。祭りを見物することにした。午後2時から神田に見立てた一画で祭典がはじまった。宮司による祝詞奏上が済むといよいよ翁の面をつけた田男と牛の登場である。田男はめでたい口上を述べてから田を耕す所作を繰り返す。途中からは牛に農機具を引かせる。実はこの牛が曲者である。最初は田男に操られて神田をノロノロと歩いているだけであった。こいつはやる気があるのか。そう思わせるほどダラダラした足取りで神田をぐるぐるまわっている。しかし、何を思ったか、途中から猛然と走り出した。小学生の高学年か中学生くらいの少年が演じているのであろう。猛スピードで走りまわる牛に白髪混じりの田男は引きずられてばかり。狭い神田を数周しただけでもう足元がふらふらである。そのユーモラスな光景に周囲からはどっと歓声がわく。歓声とともに御捻りも飛び交う。おんだ祭り一番の見せ場であるようだ。牛の退場後は呼吸を整えた田男が神田や見物客に肥をかける所作をおこなったり、籾殻や小豆を実際に播いたりする。最後は神主や巫女、役員たちによる松苗渡しがおこなわれて小一時間ほどの行事が終わった。奈良県内にはさまざまなおんだ祭りが伝えられている。昔はカメラ片手にあちらこちらのおんだ祭りを見物に出掛けたものだ。祭り見物を再開してみようか。そんなことを思いながら実家に戻った。
ラベル:菅原
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2009年02月24日

あのー/そのー/そりゃあ/うーん/えーと

近頃は忙しくて新聞をじっくり読んでいる時間がない。たいていのニュースはウェブ上にアップされた記事で確認している。経済問題しかり。政治問題しかり。そのことに関して気になるのは政治家に対するインタビューにしばしば見られるメディアの奇妙な文体についてである。私は支持率の低迷が続く内閣総理大臣の発言を頻繁にウェブ上で確認している。総理大臣の発言はくだらない。わざわざ口元をひん曲げて喋っているのである。もう少し気のきいたことがいえないのか。ユーモアあふれる弁舌を駆使することが出来ないのか。そう思うことが多い。しかし、この際、そんなことはどうでも良い。私が気になるのは、近頃、総理大臣の発言を一字一句そのまま活字化しようとしている記事が矢鱈と目立つことである。そこでは総理大臣の「あのー」や「そのー」や「そりゃあ」や「うーん」や「えーと」といった言葉にならぬ言葉までもが正確に活字化されている。総理大臣の発言を、一字一句、聞き漏らすまいとする記者の執念が感じられるといえなくもない。その言葉を正確に伝えようとする心掛けも立派であると思う。しかし、そうはいうものの、果たして「あのー」や「そのー」や「そりゃあ」や「うーん」や「えーと」までわざわざ活字化する必要があるのだろうか。私には「あのー」や「そのー」や「そりゃあ」や「うーん」や「えーと」といった言葉にならぬ言葉までも活字化しようとするメディアの意図やその意義をまったく理解することが出来ない。それはむしろ自分の文章を綴ることを放棄した記者の怠慢の表れに過ぎないのではなかろうか。総理大臣の発言を出来るだけ正確に伝えようとするのであれば、いっそのこと、それを動画で配信すれば良いだけのことなのではなかろうか。「あのー」や「そのー」や「そりゃあ」や「うーん」や「えーと」といった言葉にならぬ言葉までもわざわざ活字化する方法が以前から存在したのか、私には記憶がない。総理大臣の「あのー」や「そのー」や「そりゃあ」や「うーん」や「えーと」といった言葉がちりばめられた記事はいわゆる「ぶら下がり」と呼ばれる取材を活字化したものに頻繁に見られる。「ぶら下がり」とは、通常の記者会見とは異なり、記者が取材の対象者を取りかこんでおこなう取材のことを意味している。思えば「ぶら下がり」という呼び名も随分ばかげたものである。「ぶら下がり」の名に値するものといえば、ぶら下がり健康器具をおいて他にはないではないか。「ぶら下がり」という名のばかげた取材名称と「あのー」や「そのー」や「そりゃあ」や「うーん」や「えーと」といった言葉がちりばめられたばかげた取材記事。総理大臣が間抜けならば、その言葉を、一字一句、活字化しようとするメディアも相当ばかげている。全員一列に並んでぶら下がり健康器具にでもぶら下がっていろといっておきたい。
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2009年02月22日

白毫寺町の宝蔵院一門の墓。

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宝蔵院は興福寺の子院。現在の奈良国立博物館西側付近にあったとされている。当時の井戸の痕跡が芝生のなかに残されている。「宝蔵院流鎌槍発祥之地」と記された石碑も最近になって建立されたようである。宝蔵院といえば、宝蔵院流槍術である。宝蔵院の覚禅房胤栄が猿沢池にうつる三日月を見て十文字鎌槍を思いついたことは良く知られている。宮本武蔵と対決したのは確か胤栄の跡を継いだ胤舜ではなかったか。歴史上、2人が実際に手合わせをおこなったのかどうかは知らない。しかし、物語やドラマでは宝蔵院十文字鎌槍との手合わせは武蔵を語る上で決して欠かすことの出来ないエピソードである。胤栄・胤舜をはじめとする一門の墓は興福寺の旧境内(奈良公園)から数キロほど南に離れた白毫寺町に実在している。はじめて訪れた時は虚構と現実とのはざまで引き裂かれるような奇妙な感覚をおぼえたものだ。武蔵に対して牙を剥く十文字鎌槍。瞼に浮んだその生々しい映像が忘れられない。
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2009年02月21日

六条町の宿院宮跡。

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宿院宮跡はかつて薬師寺に勅使がやって来たときに宿泊するところであったという。近年、新たに建立された石碑が秋篠川沿いに立っている。しかし、それ以外に宮跡と関わりがありそうなものは何もない。ジョギングに励んだり、犬を連れたりした老若男女がしばしば横を通り過ぎる。しかし、勅使がかつて宿泊した跡地など興味がないのであろう。石碑に足を止めるようなものは誰もいなかった。私が石碑を調べていると、自転車に乗ったオッサンが痰を吐いて通り過ぎていった。
ラベル:薬師寺 勅使
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2009年02月19日

誕生日でした。

2月19日は私の誕生日。今日が誕生日であったことをすっかり忘れていた。大神神社からの帰り道、列車に揺られているなかでとつぜん思い出した。思えば自由気ままに生きて来たものだ。自分らしく生きたい。その思いだけでここまでやって来たようなものである。おかげで山あり谷ありの人生である。負けてなるものか。そういう気概がある一方、山あり谷ありの人生もなかなか捨てたもんじゃないと思っている。これからも同じような人生を歩んでゆくことだろう。ただ、まったく変化がないというのも何だか悲しい。ここいらで部分的にライフスタイルを変えてみるのも一計ではなかろうか。そんなことを思っている。では、具体的にどのようにライフスタイルを変えてゆくのか。いまの段階では皆目見当がつかない。とにかく今日で齢を一つ重ねてしまったことだけは事実である。この点を踏まえて、今日からは少し変わったことにチャレンジしてみよう。電車に揺られながらそんなことを考えていた。
ラベル:誕生日
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三輪で昼食。

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三輪といえば、三輪そうめんである。大神神社に参拝するとしばしば訪れるのが“そうめん処森正”(桜井市三輪535)である。大神神社の脇に店を構えている。食事場所は中庭に設けられたテーブル。冬場は薪を割って火を熾してくれている。パチパチと木のはじける音が気持ち良い。炭の焦げ臭い匂いも良いものだ。この時期はいつも温かいにゅうめんを注文する。今回もやはりにゅうめんを注文した。あっさりしたダシが大神神社の清浄な雰囲気とどこかしらマッチしているように感じられる。酒を呑みたい気分である。しかし、午後からは仕事に戻らなければならない。開店間もない時間帯であったせいだろうか。客は私一人しかいなかった。
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桜井市の大神神社。

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今日は朝から所用で桜井市へ。大神神社に参拝した。三輪山のふもとにたたずむ大神神社はいつ来ても良い。平日であるにもかかわらず参拝者が後を絶たない。拝殿に向かって熱心にお祈りをしている老人も見られた。ついでに歩いて5分のところにある狭井神社まで足をのばした。大神神社の摂社である。大神神社を訪れるといつもここまで足をのばす。三輪山の参拝登山の際、入山の受付手続きをおこなうところでもある。今日は参拝登山をするだけの時間がなかった。春にでもシュンが帰って来たら登ってみよう。写真は拝殿の横から湧き出す御神水。通称「薬井戸」である。夏場でも枯れたことがないという。確かに美味しい湧き水である。ボタンを押すと蛇口から御神水が流れ出す。神社には似つかわしくない近代的な装置である。この装置にだけはいまだに抵抗がある。以前は背後の石垣にカエルが棲んでいたものである。冬場のいまは石垣の奥で冬眠しているのであろうか。カエルの姿は見かけなかった。
ラベル:大神神社 三輪山
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2009年02月18日

地震・雷・火事・親父。

今朝は地震で目が覚めた。6時50分前のことである。岐阜県で震度4の地震が発生したようである。奈良では震度1か2くらいだったのではなかろうか。とにかく地面の揺らぎですぐに起きてしまった。地震といえば、やはり阪神大震災を忘れるわけにはゆかない。阪神大震災の折は奈良でも激しく揺れた。その日は午後から大学へ出向く予定が入っていた。さいわい電車は動いていた。いつものように駅から大学までの道を歩いた。地面が液状化しているようにふわふわしていた。何とも気持ちの悪い感触である。時折、余震が起こって民家の窓ガラスをガタガタ揺らせていた。あんな体験はもう二度としたくない。それ以来、地震には特に敏感になってしまったようである。今朝のようなささいな揺れでもすぐに目が覚めてしまう。今日も目が覚めてからは恐くて一度も眠ることが出来なかった。地震・雷・火事・親父。このうち、火事はあまり恐ろしいとは思わない。近所で火事が発生するとたいてい野次馬の一人に化けて現場に急行してしまう。消火活動に当たる消防士の姿もさることながら、野次馬の様子に目をやってしまう。どこの新聞社が真っ先に現場に駆けつけたのか、反対にどこの新聞社が最後に到着したのか、あるいはどこは取材にやって来なかったのかを確かめることもある。親父にいたってはつい「無芸・大食・テレビっ子」と馬鹿にしてしまいがちである。しかし、いい歳をして、地震と雷の恐怖だけはいまだに払拭出来ずにいる。私は人生を舐めて生きているような不届者である。しかし、この2つだけはどうしても慣れないものだ。
ラベル:火事 地震
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2009年02月17日

大和郡山市の牛の宮。

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牛の宮の伝承を知ったのは小学生のときである。奈良県内の伝承や民話を紹介した冊子に掲載されていた。その内容はおおよそ次のとおりである。池之内の農家に少年が働きに来た。少年の年季は6年。少年は実に良く働いた。しかし、年季を3年ほど残したある日、少年は病にかかって他界してしまった。ある夜のことである。主人の夢枕に少年が立った。少年は年季をまっとうすることが出来なかったことを詫びた。そして、翌日、主人の家に牛が引かれて来ることを予言した。残りの年季3年は自分の代わりにこの牛を使役して欲しい。少年は主人にそう告げると姿を消した。翌日、少年のいうとおり、一頭の牛が主人の家の前に引かれて来た。主人はこれを買い求めた。牛は少年と同じく良く働いた。そして、少年の残した3年分の年季をまっとうすると死んでしまった。主人は塚を築いて牛を丁重に葬った。それが池ノ内に残されている牛の宮であるという。もちろん、その話が実話かどうかはわからない。同じような話が全国に残されているような気がする。取り立てて珍しい話でもなかろう。しかし、私はかねがね牛の宮を訊ねてみたいと思っていた。調べてみたところ、牛の宮は現在でも大和郡山市池ノ内町に実在するようである。電車に揺られてJR大和小泉駅まで足をのばした。地図を片手に奈良方面へしばらく戻る。線路沿いにてくてく歩いてゆく。大和中央道の高架下をくぐって農道を東へ進むとJR関西本線の踏切とぶつかる。踏切を越えて5分ほど歩くと左手に小さな森が見えて来る。これが牛の宮である。盛り土の上には「うしの宮」と記された真新しい石柱が立っている。「う」も「し」も曲線から成り立っている。そのせいだろうか。平仮名で表された「うし」のバランスが何となく悪い。そのぶん、ユーモアをたたえているともいえるだろうが、じっくり見れば見るほど、そのバランスの悪さがますます気になる。なぜ漢字で「牛」と書かなかったのか。なぜ平仮名で「うし」と表したのであろうか。謎は深まるばかりである。謎といえば、牛の宮がいったい何なのか、これまたさっぱりわからない。確かに何かを埋葬したような痕跡が認められる。しかし、本当に牛を埋葬したものかどうかはわからない。あるいは古墳の残骸なのであろうか。大和小泉のあたりには幾つかの古墳が点在している。代表的なものとしては小泉大塚古墳や六道山古墳などが挙げられる。本来、牛の宮もそういった古墳の一つであったのかも知れない。古墳の残骸ではなかろうか。その思いを証明しようと思って盛り土の上をウロウロしてみた。しかし、埴輪の破片などは見つからなかった。ウロウロしているとそのすぐ北側をJRの列車が猛烈なスピードで駆け抜けていった。
ラベル:古墳
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2009年02月16日

奈良町で一杯。

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今月は仕事がたまっている。今日も夕方までは真面目に仕事に励んだ。夕刻からは奈良町へ繰り出した。向かった先は“seve”(奈良市西寺林町19-1)である。先月に引き続いての“seve”である。メンバーはマリンバ奏者M+ピアニストF+看護士I+N部長である。まずはロゼのシャンパンで乾杯。後はチーズの盛り合わせ・生ハムスライス・レバーパテなどのプレートを摘まみながら赤ワインを堪能した。マスターは2月2日から10日ほどフランスに出掛けていたという。その土産話をデジカメの画像を見せてもらいながら拝聴した。その他にも薬草酒の話題などで盛り上がった。日曜日の夜である。“seve”の前の通りに人の姿はほとんどなかった。“seve”だけは奇妙な活気に満ち満ちていた。ワインも美味しい。雰囲気も良い。不思議と落ち着くお店である。今度はこっそりお忍びでやって来よう。次にこのメンバーが集まるのは今月27日。我が家でカニ鍋をもよおす予定である。カニを調達するべく、N部長には昨年末に引き続いてまたまた日本海まで車を走らせていただかなければならないようだ。宜しくお頼み申し上げます。
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2009年02月13日

奈良町で夕食。

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11日の夜は会食。近鉄奈良駅前の某店でビールと日本酒を呑む。その後、奈良町へ移動してこれまた隠れ家風の某店でワインを呑んだ。帰宅してからは焼酎を少々。おかげで翌朝は寝不足と二日酔いで疲労がピークに達していた。しかし、所用があって桜井方面まで出掛けなければならない。所用は何とか終えることが出来た。自分で夕飯を作る余力は残っていない。御飯を食べて帰ろう。そう思った。向かった先は“HABUS”(奈良市福智院町31-2)である。平日の早い時間であったためだろう。店内に客の姿はなかった。定番の鶏飯とオリオンビールを注文。鶏飯が出て来るまではオリオンビールで喉の渇きを潤した。鶏飯は奄美大島の郷土料理。熱熱の御飯の上に細かく刻んだ鶏肉やパパイアの漬物、錦糸卵、海苔、ワサビなどを乗せて鶏がらスープをかける。このスープが絶品である。胃にもやさしい。二日酔いの身には実に有り難い限りだ。お櫃に入った御飯も3杯分くらいあって満足である。おかげでお腹がいっぱいになった。店内では奄美の島唄も流されており心地良い。前日から猛烈に忙しかった。それだけにようやく心の安らぎを取り戻したような気分であった。
ラベル:鶏飯 奄美大島
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2009年02月11日

祈りは世界に通じるか?

以前、読んだ書籍に「祈りは世界に通じる」といったような文言が断定口調で記されていた。全世界の人々が平和を願えば、地球上から戦争はなくなる。核兵器も廃絶される。人々の祈りが世界を変える。みなさん、平和な世界が築かれるように祈りましょう。こういった意味合いで使われていた。この趣の発言は他の書籍やメディアでもしばしば発せられる。ことさら宗教的な人物だけがそう発しているわけではない。宗教とは関わりのないような一般の人から発せられることもある。最近、特に目立つようになって来たような気がしないでもない。同様の論法はいわゆる差別問題でもしばしば使われる。人を差別してはいけません。自分のなかにある「差別する心」をなくしましょう。「差別する心」をなくすことが差別問題を解消する第一歩です、と。本当なのだろうかと思う。残酷なのであろうか。私は祈りが世界に通じることはないと思っている。もちろん、祈るという行為は崇高である。美しい。しかし、「祈り」で世界を安寧に導けるとは思えない。「祈り」によってアフガニスタンでの戦争が終結しただろうか。イラクにおける混乱が終息しただろうか。「差別する心」をなくして本当に差別問題が解消するであろうか。戦争とは政治上の一形態である。差別もまた差別するものと差別されるものとのあいだに横たわる現実的な諸関係から派生して来る。いわば、現実の所産そのものである。一方、「祈り」や「心」は内面の産物に過ぎない。現実の変革を内部世界の変革によって行使することにどれほどの意味や効果があるというのだろうか。私にはこういった「祈り」や「心」の押し付けが何やら思想統制のような傲慢で高圧的な行為に思われる。全体主義的でキナ臭いものに感じられて仕方がない。平和な世界が築かれるように祈りましょう、だと?自分のなかにある「差別する心」をなくしましょう、だと?他人になぜ自分の心のうちまで強制されなければならないのか。何をどう思おうと私の自由ではないか。もしかするとそれは戦争や差別といった現実の事象そのものから眼を背けさせるための方便に過ぎないのではないか。「祈り」や「心」の重視をとなえている人たちはそれぞれの思いとは裏腹に結果として現実の変革を阻害することに加担しているのではないか。穿った見方といわれるかも知れない。しかし、この種の発言を読んだり、耳にしたりするとしばしばそう思ってしまう。戦争や差別の廃絶は「祈り」や「心」の充実によっては果たし得ない。戦争や差別を誘発する現実上の要因を粘り強く一つ一つ具体的(現実的)に撲滅する。そして、戦争や差別を生まない物質的な諸条件を現実として構築してゆく。それ以外にあり得ないと思う。近年、「道徳心の復興」を掲げる政治家が多い。宗教家や教育者が「心」の問題に言及することには一定の理解が出来る。しかし、現実の諸問題に関与する政治家が卑しくも「心」について語るべきではない。「心」について声高に叫べば叫ぶほど、その裏には現実的且つ政治的な何らかの意図が隠されているはずだからだ。それはむしろ「祈り」や「心」の冒涜である。
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2009年02月09日

花粉症。

くしゃみが出た。突然の出来事だった。そのすぐ後には鼻水が流れた。悪寒はない。どうやら風邪やインフルエンザではなさそうだ。考えられるのは一つ。花粉症である。今年は1月の終わりごろから最高気温が10℃を上回る日が続いている。昨年とは大違いである。昨年も花粉症については記した。2008年3月14日の日記である。昨年はその1週間ほど前からようやく10℃を上回る日が平均して続くようになったのではなかっただろうか。それまでは猛烈に寒かった。しばしば雪がちらついていたものである。そう考えると今年は暖かくなるのが一月ほど早いようだ。おかげでスギ花粉の飛散の開始も一月ほど早まったというわけか。もちろん、まだまだ寒い日があるだろう。雪のちらつくことがあるかも知れない。とにかく花粉症持ちにはつらい日が続きそうだ。
ラベル:花粉症
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2009年02月08日

矢田丘陵縦走12

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今日は完全オフである。午後からの時間を恒例の矢田丘陵の縦走に当てた。いつものようにまずは霊山寺の裏から子供の森を目指した。子供の森は県立矢田自然公園の一部に属している。遊具類は置かれていない。あたり一面の芝生と2つの池(峠池)から成り立っている。雑木林をぬうようにして自然観察路も設けられている。休日だったせいだろう。犬を連れて散歩している人や親子連れが目立った。子どもの頃、「子供の森で首吊り自殺があった」という噂を耳にした。それが頭にあったためだろう。大人になって久し振りに訪れたときは緊張したものである。矢田丘陵を縦走しはじめてからは、毎月、訪れている。いまではまったく抵抗感がない。トイレや洗面台が設置されているのも有り難い。小休憩には格好のスポットである。前回、矢田丘陵を縦走したのは1月15日。そのときのことは1月15日の日記に記した。1月の縦走は平日だった。そのために他のハイカーの姿をまったく見掛けなかった。しかし、今日は休日である。おまけに歩くと汗ばむくらいの暖かさ。絶好のハイキング日和である。二十名近いハイカーとすれ違った。松尾寺は厄除けに訪れる人たちでゴッタ返していた。法隆寺は思いのほか観光客が少なかった。春になればまたどっと増えるだろう。
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2009年02月07日

三碓の根聖院。

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三碓の添御県坐神社は1月25日の日記で紹介した。根聖院は添御県坐神社のすぐ西側の崖下にある。添御県坐神社の神宮寺であろうか。本尊は薬師如来。境内には三碓の名の由来となった1.5メートルほどの石が置かれている。説明板によると、石にまつわる伝承はおおよそ次のとおりである。奈良時代、当地を治めていた人物に小野福麿がいた。福麿はこの地に三ツ碓(唐臼)を置いて米を搗かせた。それにちなんで聖武天皇が当地を「三碓」(みつがらす)と名付けたという。説明版では石が朝鮮半島伝来の「搗き碓」であることも述べられている。確かに石の表面には3つの穴がほどこされている。そのうちの一つは欠損してすでに原型すらとどめていない。穴の幅はせいぜい十数センチメートル。これで米を搗いていたのかと思うといささか滑稽である。では、この穴は何のためのものなのか。これはいったい何の石なのだろうか。建物を支えていた礎石の一つであろうか。礎石であるとすると、小野福麿の住居と関わりのあるものかも知れない。
ラベル:礎石 神社 富雄
posted by 乾口達司 at 18:39| 奈良 | Comment(0) | TrackBack(0) | 散策 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年02月05日

パスタ3

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前回、パスタを作ったことは2008年3月12日の日記で紹介した。あれから何度も作っている。今夜はボンゴレに挑戦した。フライパンにオリーブオイルを流し込む。刻んだにんにくとタマネギを弱火で炒める。そこへ砂抜きをしたあさりを投入。白ワイン(少々)とパスタの茹で汁(適量)を加えて蓋をする。待つこと数分。あさりの口が開いたら茹で上がったパスタを絡めて出来上がりである。最後に塩コショウを振りかけた。今回、ボンゴレをはじめて作った。しかし、想像していたよりも簡単に出来た。近いうちにまたチャレンジしてみよう。
posted by 乾口達司 at 21:34| 奈良 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 料理 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年02月03日

アセンション?

オカルティズムや疑似科学には関心がない。霊の存在など信じない。いわゆる「百匹目の猿」の話も信じない。水に対して美しい言葉を投げかけると美しい結晶が出来る。これにいたっては馬鹿も休み休みにいえといいたい。しかし、何の因果か、仕事でたまにその種の文章を読むことがある。興味深いのは1990年代にはノストラダムスの大預言に関する言及が多かったことである。大預言は見事にはずれた。そのせいだろう。最近ではノストラダムスの「ノ」の字も語られなくなった。まったく現金なものである。しかし、近頃、「ノストラダムス」に代わって別の言葉が目に付くようになった。「フォトンベルト」や「アセンション」である。2012年12月23日、地球が「フォトンベルト」に突入する。その際、人類の遺伝子に劇的な変化が訪れて新たな進化の道が開かれる。もしくは三次元の存在である人類が五次元の存在になる。そのことを「アセンション」と呼ぶらしい。四次元(時間)をすっ飛ばしていきなり「五次元の存在」になるということが具体的にどういうことなのか、さっぱりわからない。しかし、「フォトンベルト」や「次元」といった科学用語や数学用語が使われているぶん、なるほど、ノストラダムスの大預言よりはいくらかは科学的である。もちろん、根拠に裏付けられた話ではない。単に科学的であることを装っているに過ぎない。1999年の次は2012年か。この種の終末論的あるいは他力本願的な発想には、いい加減、うんざりする。2012年に「アセンション」が起こるのかどうか、そんなことは知ったことではない。しかし、人に劇的な変化が現れる、すでにさまざまな分野でその兆候が現れていると主張したいのであれば、むしろこの種の終末論的あるいは他力本願的な言説を積極的に廃棄し、自分の力で生きることからはじめるべきではなかろうか。案外、そのような転換のなかにこそ「アセンション」の萌芽があるかも知れないではないか。私は「五次元の存在」には関心が持てない。「アセンション」や「五次元の存在」を待望するものたちは嘲笑するであろう。しかし、私には自分が三次元という特定の次元を生きているということ自体が不思議に思える。自分がいま、ここにこうやって存在していること。世界がこのような形で存在していること。そのことが神秘である。「アセンション」や「五次元の存在」を認めるものたちはみずからの主張を三次元の世界であるこの現実世界のなかでさかんに囃し立てているという矛盾をどう感じているのであろうか。2012年まであと3年あまり。地球が「フォトンベルト」に突入するという2012年12月23日が過ぎると、次はどのような「アセンション」が用意されているのであろうか。そちらの方にこそ私の大いなる関心がある。
posted by 乾口達司 at 20:37| 奈良 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 想い | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年02月02日

菅原町の菅原天満宮遺跡天神掘。

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宝来山古墳(垂仁天皇陵)の北に位置する菅原町は土師氏の末裔である菅原氏ゆかりの地である。菅原氏といえば、学問の神様・菅原道真を輩出した一族として知られている。当地には菅原天満宮や「菅原寺」の旧名を持つ喜光寺が点在している。「菅原天満宮遺跡天神掘」は菅原天満宮の東にひっそりたたずんでいる。菅原道真が産湯に使ったとされる小さな池である。池の脇に立てかけられた案内板には「菅原院の一部にして、相伝菅神の遺跡」と記されている。どうやら菅原氏ゆかりの建造物に附随する苑池の名残りであるようだ。現在では民家に囲まれた小さな池に過ぎない。ぼんやり歩いていると見落としてしまいそうである。浮島には石碑が建てられている。表面には何やら文字が記されている。しかし、何が書かれているのかわからない。池の水は聡明で清廉潔白な人柄であったという道真の人物像とは対照的にひどく濁っていた。
ラベル:菅原道真 天満宮
posted by 乾口達司 at 22:13| 奈良 | Comment(0) | TrackBack(0) | 散策 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年02月01日

宇陀市の“あきののゆ”

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今日と明日は完全オフである。昼前から日帰り温泉に出掛けた。まずは榛原の手打ち蕎麦“はぎ乃”(宇陀市榛原区長峰45-1)で昼食をとった。4ヶ月ぶりの“はぎ乃”である。前回、訪れたときのことは2008年9月21日の日記に記したとおりである。相変わらず上品な味である。美味しい。“はぎ乃”を出た後は寄り道もせず大宇陀に入った。大宇陀といえば“大宇陀温泉あきののゆ”(宇陀市大宇陀区捨生250-2)である。すでに幾度となく足を運んでいる日帰り温泉施設である。いつぞやは、入浴中、大雪に見舞われた。露天風呂から眺める雪景色は美しかった。真夏にシュンを連れて来てやったこともある。シュンはバーディゾーンで水泳の練習に明け暮れたものだ。ここのお湯はぬるぬる感が強い。おかげで肌がつるつるする。カルキ臭が若干鼻をつく。しかし、気になるほどではない。こればかりは致し方なかろう。露天風呂につかったり、サウナに入ったりして1時間半ほど入浴をした。入浴中、湯船のお湯をすくって口にふくんでいる青年がいた。最初は熱心な温泉マニアの類であろうと思っていた。しかし、幾つかある湯船を渡り歩きながら同じ動作を繰り返している。挙動がいささか不審である。青年の挙動を眼で追い続けてしまった。入浴後は床暖房の入った大広間でゴロゴロした。
posted by 乾口達司 at 19:52| 奈良 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 散策 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする