2009年01月30日

奈良で昼食。

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今週は仕事の分量が多い。今朝も午前8時過ぎからまじめに仕事に励んだ。たまには息抜きも必要である。午前10時過ぎにひとまず仕事を終えた。電車に揺られて近鉄奈良駅へ向かった。小学校の同窓生たちと合流したのは午前11時半。M嬢・I嬢・YH嬢とは27日に奈良町ワインツアーを終えたばかりである。そのときの模様は1月28日の日記に記した。本日のお目当てはインド料理。訪れたのは“MANNA糧”(奈良市下三条町44-2冨士屋ビル2F)である。ランチはAランチ・Bランチ・マハラジャランチの3種類。今回はマハラジャランチ(980円)を注文した。3種類のカレーにナン・ライス・サラダ・タンドリーチキン・タンドリージンガがついて来る。ナンは一枚の大きさが30センチ以上もあるだろうか。とても大きい。しかも食べ放題であるという。こちらが注文していないにもかかわらず店員の女性が追加のナンを運んで来る。有り難いことである。しかし、もうお腹がいっぱいだ。全員で切り分けて何とか食べ尽くした。タンドリーチキンとタンドリージンガも香ばしくて美味しかった。これで980円とは安い。次回はお忍びでやって来よう。参加者とは相変わらず四方山話に明け暮れた。欠席者の話題で盛り上がった。その場に居合わせないと何をいわれるやらわかったものではない。戦々恐々とはまさしくこのことだ。彼女たちの話のネタになることだけは絶対に避けなければならない。したがって、同窓生とのランチや呑み会には欠席するわけにはいかないのである!これからも皆勤賞を狙ってせっせと顔を出そう。あらためてそう誓った一日だった。
posted by 乾口達司 at 18:48| 奈良 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | グルメ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年01月28日

同窓生たちと。

“seve”(奈良市西寺林町19-1) に集ったのは小学校の同窓生である。おなじみのN部長やマリンバ奏者のM嬢をはじめとして看護士のI嬢や生駒在住のYH嬢である。さらに今回はM嬢の音楽仲間F嬢(ピアニスト)も加わった。今回の会でもっとも盛り上がった話題はYH嬢の一件である。YH嬢から提供された挙動不審な某氏の話題は私にとって真っ先に飛びつきたくなるようなネタである。落ち着きのない挙動不審な人物が数多く登場するドストエフスキーの作品をこよなく愛する私にとって、某氏はまさしく羨望の的である。現時点ではこれ以上の詳細を公表することが出来ない。それが何とももどかしい。来月以降の展開を心の底から待ち望みたい。
posted by 乾口達司 at 18:35| 奈良 | Comment(0) | TrackBack(0) | 同窓会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

奈良町で一杯。

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昨夜は奈良町ワインツアーだった。午後6時50分に近鉄奈良駅前に集合した。向かったのは“seve”(奈良市西寺林町19-1)である。まずは白ワインで乾杯。やがて赤ワインへと流れた。総勢6名でボトルを5本ほど空けたのではなかっただろうか。ドメーヌ・リショーのヴァン・ド・ターブルが特に美味しかった。今回はあらかじめ3000円程度の料理をお願いしておいた。チキンペースト・キッシュ・レバーパテのプレートや鹿肉の煮込み、生魚・キンメダイ・エスカルゴ・ホロホロ鳥を使った料理など5、6皿が出て来た。追加でフォンダンショコラまでいただいた。いずれもワインに合う料理だった。十数名しか入らないこじんまりしたお店である。しかし、それゆえにかえって落ち着く。照明を抑えた雰囲気も抜群である。良いお店をまた一軒見つけた。これからもしばしば通うことになるだろう。大いに呑み、大いに食べた一夜だった。
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2009年01月26日

家呑み6

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昨夜は自宅で“家呑み”だった。前回、家呑みを楽しんだのは12月18日だった。そのときのことは2008年12月18日の日記に記した。ただし、そのときの家呑みは別の友人宅で催された。今回のメンバーは昨年7月に開かれた家呑みのメンバーである。メンバーは仕事仲間。そのときのことは2008年7月15日の日記に記した。今回はY嬢を筆頭にHR・SY・K・HA・HMといったベテラン勢の他、今年から新たに奈良チームに加わったOが参加した。さらにHFも遅れて参加。妄想シスターズの片割れであるSAは子どもの急な発病によって参加が叶わなかった。前回は手巻き寿司やいももちなどを作った。今回は季節に合わせて鍋料理を選んだ。まつやの“とり野菜みそ”を使った味噌鍋である。それぞれのメンバーにはあらかじめ食材の調達をお願いした。その結果、鶏肉・鶏団子・豆腐・白菜・菊菜・水菜・ニンジン・中華麺・うどんなどが揃った。“とり野菜みそ”を適当な分量のお湯で溶かす。後は食材を適宜投入してゆくだけである。ピリ辛風味のおかげでビールがぐんぐん進む。私は途中からY嬢に頂戴したマッコリに移行した。久し振りのマッコリはあっさりしていて美味しかった。鍋の後、他の連中はコーヒーを入れてイチゴとケーキまで食べていた。まったく良く食べる主婦軍団だ。恐るべし。歓談にも花が咲いた。前回に引き続いて大いに盛り上がった。どういうわけだろうか。終盤はカブトムシから皇室ネタに流れた。何はともあれメンバー同士の絆が強まるのは良いことだ。この調子で次回以降の仕事もこなしてゆきたいものである。
posted by 乾口達司 at 23:40| 奈良 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 料理 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年01月25日

三碓の添御県坐神社。

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富雄川東方の小さな丘の中腹に鎮座している。祭神は建速須佐之男命・武乳速之命・櫛稲田姫之命。国の重要文化財に指定されている本殿は3つの社殿を相の間によって連絡した五間社流造である。屋根の正面中央とその両脇には千鳥破風が設けている。永徳3年(1383)の建立であるという。雨露をしのぐためであろう。社殿全体が覆屋によってかこわれている。境内には本殿のほかにも拝殿・摂社・舞台などが点在している。平城宮跡北方の歌姫町にも同名の神社が鎮座している。しかし、本社との関連は不明である。散歩の折にしばしば参拝する。訪れるたびに感心するのは境内がいつも綺麗に掃き清められていることである。鎮守の杜として地元民の尊崇を集めているのであろう。鳥居のあたりから境内へと続くだらだら坂の参道も良い雰囲気である。私のお気に入りの神社の一つである。
タグ:富雄 神社
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2009年01月22日

西大寺で一杯。

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高松・岡山から舞い戻ったのは1月19日だった。小学校の同窓生であるマリンバ奏者のM嬢や看護士のI嬢と一杯やったのはその翌日のことである。今回はM嬢の所用に私までお呼ばれしたような格好と相成った。近鉄大和西大寺駅に集合したのは午後7時過ぎ。お目当ての店は駅から歩いて5分ほどのところにある“PicaPica”(奈良市西大寺国見町1-7-22奈良ウェルネス倶楽部内)である。昨年の秋にオープンしたばかりのスペイン料理のお店である。ニンニクのオイル煮であるアヒージョや各種のタパスをつまみながらアルコールを呑み続けた。私はスペインビールのクルスカンポからボトルワイン(赤)に流れた。最後にパエリアを注文。お腹がいっぱいになった。店員のオネーサンもなかなかユーモラスでおもしろい。また足を運んでみよう。次に立ち寄ったショットバーではM嬢&I嬢と健康ネタ・仕事ネタ・弔辞ネタで盛り上がった。次回は来週の火曜日。奈良町ワインツアーである。
posted by 乾口達司 at 22:57| 奈良 ☔| Comment(2) | TrackBack(0) | グルメ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年01月21日

岡山で一杯(2日目)

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高松〜岡山へ(1日目)→こちら
岡山で一杯(1日目)→こちら
高松〜岡山へ(2日目)→こちら

JR岡山駅まで戻って来たのは午後5時過ぎだった。午後7時〜8時過ぎの新幹線に乗り込むつもりである。それまでに一杯引っ掛けよう。メメと相談して幾つかのお店を当たった。“月の宴”(岡山市駅前町1-1-1 成通岡山ビル5F)は最後にのぞいたお店である。これ以上、他の店を探すのは面倒だ。そう思って入店をした。しかし、昼に食べた“梅の花”の豆腐料理のおかげで夕方になってもまだ空腹にはほど遠い。刺し身や酒盗あえなどを少しずつ摘まみながらビールや焼酎を呑んだ。2人で8杯くらいは呑んだのではなかろうか。気がつけばもう午後7時半である。午後8時9分発ののぞみに飛び乗った。今回の旅は仕事の関係もあって高松と岡山を掛け持ちした2日間だった。その意味ではなかなかハードな旅であったといえる。しかし、その半面、有意義な旅でもあった。次回こそ津山のホルモンうどんを食べてみたいものだ。(おしまい)
posted by 乾口達司 at 21:33| 奈良 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | グルメ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

高松〜岡山へ(2日目)

高松〜岡山へ(1日目)→こちら
岡山で一杯(1日目)→こちら

2日目は朝から岡山城のあたりを散策した。メメと合流したのは午前11時半。クレド岡山の“梅の花”(岡山市中山下1-8-45 NTTクレド岡山ビル21F)で会食。21階の個室からは吉備の山並みまで見渡せた。実に快適な眺めである。当初の予定ではそれから津山のホルモンうどんを食べに行くことになっていた。しかし、“梅の花”でお腹がふくれた。これ以上は食べられない。腹ごなしに倉敷へ向かった。倉敷には大学時代の後輩Fが住んでいる。Fは元気にしているのだろうか。そう思いながらも敢えて連絡するのを止した。突然の訪問はFにとっても迷惑だろう。そう考えたからである。月曜日であったために倉敷の美観地区は閑散としていた。大原美術館も休館である。近くのカフェでコーヒーを飲んだり、あたりをぶらぶら散策したりしてふたたび岡山に舞い戻った。帰りの電車のなかで見事な磐座のある阿智神社すら参拝しなかったことに気付いた。何のために倉敷まで出向いたのであろう。我ながら良くわからない行動であった。(続く)
タグ:岡山 倉敷
posted by 乾口達司 at 21:28| 奈良 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

岡山で一杯(1日目)

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高松〜岡山へ(1日目)→こちら

岡山在住のメメとクレド岡山の玄関で合流したのは午後7時前だった。今回は韓国料理のお店に連れていってくれるという。向かった先は“kenage”(岡山市平和町5-15)である。店内は個室形式になっていて小さな川まで流れている。小川には橋もかけられている。個室によってはガラスの外壁を水が滝のように流れているところもある。この演出には驚かされた。なかなかオシャレなお店である。チゲ・豚キムチボッサム・明太子とチーズの入っただし巻き玉子などを注文した。ビールで乾杯。その後、焼酎や梅酒に移行した。梅酒のメニューが実に豊富である。数十種類あったのではなかろうか。奈良の梅酒では月ヶ瀬と西吉野が眼についた。お腹もいっぱいである。良く呑み、良く食べ、良く喋った。満足である。しかし、韓国料理のお店であるにもかかわらず、店内のBGMが雅楽であったのはなぜだろう。それだけが少し気になった。(続く)
posted by 乾口達司 at 21:18| 奈良 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | グルメ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

高松〜岡山へ(1日目)

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18日から1泊2日で高松と岡山をめぐった。今回は高速バスを利用した。高松に降り立ったのは午前10時半前だった。知人の某氏とは駅前で落ち合った。少し早目のランチをとりながら近況報告をおこなった。所用は3時間もかからずに終わった。次に高松を訪れるのはいつだろう。そう思いながらJR高松駅からマリンライナーに乗り込んだ。JR岡山駅に到着したのは午後4時過ぎ。岡山県立博物館で特別陳列『重要文化財指定記念 明王寺の木造観音菩薩立像』(2008年12月19日〜2009年2月1日)がもよおされている。それを聞きつけて真っ先に岡山県立博物館を訪れた。明王寺(岡山市竹原)所蔵の木造観音菩薩立像が国の重要文化財に指定されたのは昨年のこと。今回の特別陳列はそれを記念して企画されたものであるようだ。木造観音菩薩立像は2階の第1展示室に置かれていた。平安時代前期(9世紀)に制作されたと考えられる本像は像高165センチメートル。一木造で衣文の彫りが深い。各所にほどこされた装身具の彫りも繊細で美しい。この日は初観音の日ということもあったのであろうか。明王寺の住職とその関係者が本像の前でさかんに経をとなえていた。その後は某大手新聞社のインタビューを受けていた。女性記者の質問に対するユーモアあふれる住職の受け答えを苦笑まじりに拝聴しながら本像を眺めた。(続く)
タグ:岡山 仏像 高松
posted by 乾口達司 at 21:10| 奈良 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年01月17日

餅1

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今朝は余りものの餅を焼いて食べた。年末年始に餅は欠かせない。毎年、この時期になると余りものの餅を食べ尽すことになる。餅が焼けてふくらんでゆく様子はどこかしらユーモラスである。ぷくーっとふくらんでゆく様子はさながら「餅」という名の生命体が次第に成長してゆくかのようである。ふくらむ途中でバランスが崩れてひっくり返ったりするのも微笑ましい。焦げ目と純白部分とのコントラストも魅力的だ。私の好物はバター餅。以前は醤油をつけて焼いた餅にバターを絡めて食べていた。しかし、この頃では焼いた餅にバターを絡めるだけである。それでも充分に美味しい。今朝は明太子が余っていた。せっかくなので使ってみよう。あらかじめつぶした明太子とバターとを混ぜ合わせておいた。そこに焼餅を絡めた。これもまた充分に美味しい。おかげで3つも食べてしまった。
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2009年01月15日

矢田丘陵縦走11

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ようやく仕事の大きな山を越した。今日は午前中に仕事を終わらせた。午後からはオフである。今年はじめての矢田丘陵縦走をおこなった。前回、矢田丘陵を歩いたのは昨年末の12月7日である。そのときのことは2008年12月8日の日記に記した。いつものように霊山寺の横から登りはじめた。管理人しか見当たらない子供の森を経由して法隆寺まで南下した。平日であったからだろう。矢田丘陵では誰ともすれ違わなかった。静寂があたりを支配している。落ち葉を踏みしめる私の足音しか聞こえない。ハイカーが賑やかに行き交うハイキングシーズンよりも心が落ち着く。透き通るような空の青が清々しい。日差しも思いのほか暖かかった。国宝の薬師如来坐像をまつる法隆寺・西円堂では今年一年の無事を祈願した。
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2009年01月14日

細見古香庵『根来の美』

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細見古香庵の『土器に花』(昭和46年5月、浪速社刊)を紹介したのは2008年11月5日の日記だった。今回は『根来の美』(昭和42年2月、浪速社刊)である。題名のとおり、古香庵の所蔵する根来塗りの名品を紹介した一冊である。永万元年(1165)の年記銘文のある「黒円形反華高杯」から元禄のあたりまで製作されたとされる吉野絵根来盆の「葛文様吉野盆」まで計65点が写真と解説付きで紹介されている。経年による結果であろう。それぞれの写真を見ると、器の多くは表面にほどこされた朱漆が剥落し、下地の黒漆がところどころ顔を覗かせている。「永仁六年十月」の年記銘文のある伝・東大寺所蔵「日の丸盆」のように朱と黒とが入り交じって独特の色彩を放っているものも多い。赤と黒とのあざやかなコントラスト。それが実に美しい。自然の剥げは根来が人の手によって繰り返し使われて来たことの証である。当時の人々の息遣いを感じさせてくれる名品の数々である。
タグ:根来塗
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2009年01月13日

西大寺野神町の骨堂。

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西大寺中興の祖・叡尊(興正菩薩)の墓所を紹介したのは2008年4月26日の日記である。骨堂(こつんどう)は叡尊の巨大な五輪塔の西側に広がる墓地の一角にある。鎌倉時代末期から室町時代にかけて建てられたと考えられている納骨堂である。桁行1間・梁間1間・切妻造・桟瓦葺。五輪塔の形をした板塔婆を周囲に打ち付けて壁としている。内部には木製の五輪塔型納骨器が打ち付けられており、納骨器の他にもこけら経や小型の仏像、冥銭などが多数発見されたという。現在、納骨の習慣はない。しかし、その年に亡くなった一門僧侶の塔婆を打ち付ける習慣だけは残されているようである。真新しい塔婆が眼につく。その一方、文禄3年(1594)や寛永14年(1637)といった年記のある古い塔婆も残されているようだ。墓地の一角にあるせいだろう。見学するときはいつも私一人である。墓地には人っ子一人見当たらない。今回の訪問時も、寒空の下、私一人だった。建物の性格上、骨堂をしげしげと観察している自分自身が何かやましいことをしているようにさえ感じられる。叡尊の墓所を訪れたときには是非とも見学しておきたい。西大寺の葬送史を考える上でも珍しい建物である。
posted by 乾口達司 at 20:08| 奈良 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 散策 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年01月11日

生駒で一杯。

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今日は早朝出勤だった。午前5時に起床した。仕事は無事に終わった。本業の方の仕事がまだ残っている。今夜はさっさと帰る予定であった。しかし、同僚Oに誘われて仕事仲間の新年会にお呼ばれをした。向かった先は“BELLAGIO生駒”(生駒市東菜畑1-288)である。Oに連行されて入ったブースには私たちよりも先に仕事を終えたY・M・S・Tが待ち構えていた。仕事では中心になって活躍してくれる強力な女性ベテランチームである。ベテランチームは私やOよりも1時間ほど早く仕事を切り上げて呑みはじめていた。そのせいだろう。私たちがやって来た頃にはすでに良い調子に出来上がっていた。仕事関係の話題では質問攻めである。のらりくらりと質問をかわし続けた。しかし、それが裏目に出た。言葉尻をとられて次第につるし上げられるような状態に追い込まれてしまった。主婦連中はやはり手強い。普段はあまり呑まないにもかかわらず珍しく杯を重ねたMの酔いっぷりもなかなか愉快だった。私はビールから焼酎のお湯割りに移行した。店を出たのは午後10時過ぎ。5時間近くも呑み続けていたことになる。思いのほか酒が過ぎた。
タグ:仕事
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2009年01月09日

多忙な日々。

甥っ子のシュンが埼玉の自宅に帰ったのは昨日だった。今日からは元気に小学校に通っているようである。シュンが帰ってようやく正月気分が抜けた。しかし、それに代って到来したのは仕事の山・山・山!である。今日も朝から仕事に追われた。仕事が終わったのは先ほどのこと。12時間以上も仕事と格闘していたことになる。まったくやれやれである。おかげで今夜はN部長からの呑み会のお誘いも断ってしまった。例年、猛烈に忙しい時期とはいえやはり無念である。N部長たちはさぞや美味い酒に酔い痴れていたことだろう。想像するだけでも悔しい。実に残念である!明日は別の仕事の打ち合わせが入っている。夕刻から大阪まで出向かなければならない。11日は早朝出勤。それが終わってもまだ仕事は片付かない。大きな山を越すのは来週後半になりそうだ。その直後にはちょっとした旅も控えている。あと10日ほどはうっかり風邪もひけない。出来るだけ精進して日々を過ごそうと思っている。早くN部長たちと新年会を開きたいものだ。
タグ:仕事
posted by 乾口達司 at 00:11| 奈良 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 想い | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年01月06日

常夜鍋。

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寒い一日だった。今日は一歩も外に出ずに仕事に明け暮れた。夕食にホウレンソウをたっぷり入れた常夜鍋を作ってみた。数ある鍋料理のなかでもっとも手軽に且つシンプルに作れる鍋料理である。まずは水で洗ったホウレンソウを適当な大きさに切り分ける。鍋にお湯を沸かして豚バラ肉を投入。豚バラ肉に火が通ったら適当な分量のホウレンソウを鍋のなかに入れてゆく。たったそれだけの料理である。今回はポン酢で食べてみた。他にも豆腐や白菜、油揚げなどを入れても美味しいだろう。今回はホウレンソウと豚バラ肉の2種類しか入れなかった。それでもシュンは大喜びで食べていた。明日はシュンが埼玉に帰る日である。今年の正月もいよいよ終わりである。
posted by 乾口達司 at 22:55| 奈良 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 料理 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年01月05日

天理教のお節会。

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妹夫婦と下の甥っ子ユウは自宅のある埼玉へ帰った。2日前のことである。しかし、上の甥っ子シュンはまだ実家の方に滞在したままである。シュンは始業式がはじまる前日に埼玉へ帰る予定である。今日は朝から天理へ出向いた。1月5日から7日(午前10時〜午後1時)にかけて執りおこなわれる天理教のお節会に参加するためである。お節会は元旦祭にそなえられた鏡餅を信者や一般市民に振る舞う天理教の伝統行事である。混雑を予想して早めに出掛けたためだろうか。教会本部の東側に設けられた会場には待ち時間もなく入ることが出来た。某氏から頂戴した入場券を入口で手渡す。御神酒をいただいた後、テントを張った会場内に足を踏み入れた。テントのなかはすでに雑煮を頬張る人・人・人でゴッタ返している。空いている席に腰を下ろした。テーブルの上にはあらかじめ空の椀と箸が用意されている。大勢で巡回している接待係の若い信者たちを呼び止めて椀のなかに餅・水菜・すまし汁を入れてもらう。後はひたすら食べるだけである。炭火で焼いているせいだろうか。焼餅は香ばしくて美味しかった。水菜は湯通しされている。すまし汁も温かい。私とシュンは接待係を呼び止めて何度もお代わりを要求した。彼らは一つも嫌な顔をせず、私たちの要求にこたえてくれた。奉仕の精神が徹底されているのであろう。はたから見ていて実に気持ちが良かった。ただ、一点だけ気にかかるのは、白味噌仕立ての雑煮が主流である奈良県内にあって、なぜお節会の雑煮がすまし汁なのかということである。これにはどういう理由があるのだろうか。門外漢の私にはわからない。お節会のことを良く知っている人から是非ともその理由をうかがいたいものである。会場内には新聞記者やテレビカメラを持った人たちも大勢入り込んでいた。シュンは女性記者の取材を受けていた。餅を頬張りながらも真面目な顔をしてインタビューに答えているシュンの姿はユーモラスだった。お腹がいっぱいになった。食後、会場の裏手へまわってみた。大勢の信者が炭火で餅を焼いていた。信者の子どもや孫たちなのであろう。信者たちが焼いた餅を、時折、脇から失敬してつまみ食いをしていた。その光景も微笑ましかった。すぐ近くには巨大な餅の山が2つも築かれていた。
タグ:天理 雑煮
posted by 乾口達司 at 19:53| 奈良 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | グルメ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年01月03日

初詣。

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昨日は午前中から初詣に出掛けた。両親や妹一家とともに車で三重県の伊賀一宮・敢国神社(伊賀市一ノ宮877)へ参拝した。敢国神社にはすでに何度か参拝している。どこにでも見られるひなびた田舎の神社である。表参道・裏参道の脇には確かに幾つかの摂社が鎮座している。しかし、奈良の大神神社や春日大社のような大規模なものではない。高台に鎮座する本殿前のスペースもいささか狭苦しく感じられるくらいだ。どうも垢抜けない。このようなありふれた田舎の神社がなぜ一国を代表する一宮なのであろうか。訪れるたびにいつもそう思う。祭神は大彦命・少彦名命・金山比当スの3神。伊賀国を開拓したとされる大彦命の末裔=阿拝郡の阿閉氏が祀った神社であるという。由緒ある神社であることは間違いなさそうである。敢国神社の「敢」と大彦命の「大」「阿拝」「阿閉」の音に何やら共通するものが感じられる。しかし、その点にしたところでそれ以上のことはわからない。北方の御墓山古墳や銅鐸とのつながりがあると思われる佐那具という地名との関連も考えられる。しかし、これまた皆目見当がつかない。謎だらけである。3日のお昼からは境内で獅子神楽が奉納されるようである。シュンは獅子神楽を見たかったようである。参拝後は“さるびの温泉”(伊賀市上阿波2953)を堪能した。シュンやユウも大喜びである。のんびりした一日を過ごすことが出来た。
posted by 乾口達司 at 23:27| 奈良 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 散策 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年01月01日

謹賀新年。

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今年もよろしくお願いします。
タグ:正月
posted by 乾口達司 at 10:34| 奈良 ☁| Comment(3) | TrackBack(0) | 春夏秋冬 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする