2020年02月22日

韓国・慶州紀行(茸長寺跡三層石塔)

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首のない石仏からさらに岩山を登ると、突然、目の前に石塔が現われた。これが茸長寺跡に立つ三層石塔である。今回の南山トレッキングで是非とも拝見したかった石塔である。崖の上に立つその姿は実に堂々たるものであった。剝き出しの岩盤を基壇に見立てている演出も心憎い。自然と人工の造形物との調和が見事である。ここからさらに上方へ足をのはずと、やはり石塔の残骸が見られた。部材となる石材は付近から切り出したもののようである。鑿の跡が各所に見られた。南山にはこういった山岳寺院がたくさんあったようである。
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韓国・慶州紀行(茸長寺跡へ)

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正規のルートに復帰した私たちは川にかかる橋をわたり、茸長寺跡を目指した。しかし、ここからの登りが厳しかった。神仙庵からは、一度、川沿いに下っている。そして、ふたたび急斜面を登っていくのである。膝がガクガクである。せめてトレッキングポールがあれば良かった。心底、そう思ったほどである。急斜面を登っていくと、やがて視界が開けた。そこからはまさに岩場の連続であった。少し前、遊歩道として安全柵や階段が設置されたようである。それまではロッククライミングのようにして岩場をよじ登っていくしかなかったようだ。やがて目の前に首のない石仏が現われた。茸長寺にあった石仏の一つであるようだ。
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2020年02月21日

韓国・慶州紀行(もう一度、道に迷う)

私たちはもと来た道を戻った。そして、間違える可能性のあった分岐点まで戻って来た。そして、ここでやはり道を間違っていたことを完全に理解した。それからはスムースであった。あらかじめ想定した分岐点を右に曲がり、ため池を左手に見て、川沿いを下流方面に沿って下った。しかし、ここで、もう一度、トラブルが発生した。道なりに進むと、河原に出たのである。河原を少し歩くと、完全に道がわからなくなってしまった。もうすぐ川にかかる橋が見えて来るはずである。したがって、そのまま川沿いを歩いても、やがては橋にぶつかるはずである。しかし、それとは別に川に沿って設けられた正規のルートがあるはずだった。また迷ったな。そういいながら、ふと足元を見ると、細長い紙片が石の上に置かれていた。紙片の上には重しとして小さな石が置かれていた。その紙片の先に目をやると、遊歩道らしきものが見つかった。これによって私たちは正規のルートに復帰することが出来たのである。どうやら、私たちと同じように河原に出てしまった迷子のために、誰かが親切にも紙片を置き、正規のルートへ復帰する方向を教えてくれていたのである。これは実に有難かった。親切な人がいるものである。しかし、正規のルートは川沿いのどこを通っていたのだろうか。私たちは道なりに進み、河原に出てしまったのである。それ以外に間違いなく分岐点などなかった。断言しても良い。私たちはどこでどう間違えて河原になど出てしまったのか。これはいまもって謎のままである。
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2020年02月19日

韓国・慶州紀行(OK Google)

「最終兵器」とは、スマートフォンに搭載された機能の一つ「OK Google」である。相棒が「OK Google」を利用して私たちの現在の位置情報を確認してくれた。「OK Google、道に迷いました。いま、いる場所を教えて」。すると、「OK Google」は次のような回答を寄越した。「あなたはいま大阪市内にいます」。そんなはずはないやろ!いま一度、私たちは「OK Google」に訊ねた。「私はいま韓国にいます。山で道に迷いました。いま、いる場所を教えて」。すると、今度は私たちに韓国語教室を次々に案内しはじめた。何を教えとんねん!「OK Google」を叱りつけると、「OK Google」は次のように返答した。「お役に立てず申し訳ありません」。
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韓国・慶州紀行(南山で道に迷う)

神仙庵からは、南山の尾根筋を目指した。次の目的地は茸長寺跡である。日本を出発する前、あらかじめ神仙庵からの最短ルートを調べておいた。どこの分岐点をどちらの方角へ進むか、そのあたりも調べておいた。そして、間違える可能性の高い分岐点もしっかり確認しておいた。しかし、私たちは、結局、その間違える可能性の高い分岐点でしっかり道を間違えてしまったようである。そのため、進めど進めど、事前に調べておいた分岐点が現れなかった。道を間違えたかも。そう思いはじめたのは、間違えた分岐点を20分ほど進んでからである。道を間違えたとはいえ、道は奥へ奥へと続いていた。道の両脇に小さな土盛りが幾つも見られた。どうやら地元民の墓地であるようだった。したがって、その道をさらに進んでもどこかの集落に出るはずであった。しかし、それでは茸長寺跡へは行けない。私たちはここであらかじめ準備しておいた「最終兵器」を使うことを決断した。
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2020年02月18日

韓国・慶州紀行(神仙庵)

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神仙庵は七仏庵の背後の岩山にある。七仏庵からさらに岩山を登ること、約10分。断崖絶壁に刻まれた摩崖仏である。少し前に安全柵が設けられた。そのため、危険性は低くなったが、それまでは一歩足を踏み外せば、そのまま真下の七仏庵まで滑落することになったようだ。良くぞこんなところに摩崖仏を刻んだものである。ここにも地元民と思われる礼拝者の姿があった。
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2020年02月17日

韓国・慶州紀行(七仏庵)

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「七仏庵」は南山に点在する仏教遺跡の代表格である。その名は、7体の摩崖仏が大きな岩に刻まれていることにちなむ。私たちが訪れたとき、その石仏群にお米をそなえている村人の姿が見られた。彼らは礼拝を繰り返していた。石仏群の脇には僧坊もあり、いまもお坊さんが暮らしている。お坊さんはちょうど石仏に向かってお経をとなえていた。こちらではその石仏群がご本尊であるようだ。
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早めの誕生日会。

土曜日は誕生日会。ケーキをいただきました。ごちそうさまでした。
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2020年02月15日

韓国・慶州紀行(七仏庵へ)

統一殿を起点にした私たちの南山トレッキングの最初の目的地は「七仏庵」であった。七仏庵までは1時間たらずであった。山道は綺麗に整備されていた。歩きながら気づいたのは、山道の両脇に自生している樹木の多くが松であることだった。私たちが訪れたのは11月の半ばであった。紅葉の季節である。南山では紅葉が綺麗なのではないか。慶州に向かう前はそういいあっていたが、実際には南山に紅葉はほとんど見られなかった。松、松、松である。それもそのはず、南山は松のような厳しい生育環境でも耐えられる樹木が大半を占める岩山であった。
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2020年02月14日

韓国・慶州紀行(南山トレッキング)

統一殿でバスを降りたのは、南山トレッキングの基点とするためであった。統一殿からは南に向かった。集落を抜けると、やがて山道となった。
前方を女性二人が歩いていた。本格的な登山スタイルである。トレッキングポールまで手にしている。そんなに険しい山だと思っていなかった私たちとは、装いがまったく違っていた。大袈裟やな。そう思っていたが、南山のトレッキングにおいては女性たちのいでたちが正解であったことを、その後、痛烈に思い知らされることとなる。
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2020年02月13日

韓国・慶州紀行(統一殿)

統一殿は、1977年、朴正熙政権の時代に建立された施設である。朝鮮半島を統一した新羅時代の英雄たちを顕彰した施設であるようだ。それによって南北統一の機運を高めようとしたのであろう。しかし、あいにく私たちは足を踏み入れなかった。トイレを借りただけである。
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2020年02月10日

某宅で一杯。

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先日は仕事帰りに某宅へ。一年振りの鴨鍋、美味かった。先方がお刺身や春巻を用意してくれているとは思わなかったので、お腹がいっぱいになった。高価なワインも出していただき、いたれりつくせりで申し訳ないほどであった。相棒が、昨年、一緒に出掛けた某所でカリンの実を拾った。そのカリンを漬け込んで酒をつくったという。カリン酒は濃厚であった。ついつい飲み過ぎて酔っ払ってしまった。
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2020年02月09日

橿原市の橿原市昆虫館。

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所用があって、久し振りに橿原市の橿原市昆虫館(橿原市南山町624)へおもむいた。おりしも化石発掘体験がもよおされていた。記念にアンモナイトの化石を買い求めた。
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大和八木で昼食。

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冬になると食べたくなるのが、担々麺である。大和八木方面で担々麺といえば、ここ、“一番亭”(橿原市四条町794-1)である。チャーハンとあわせて今回もおいしくいただいた。
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2020年02月07日

韓国・慶州紀行(バスの運転手)

慶州では、移動にしばしば路線バスを利用した。チャージ式の交通カードを使えば、乗車の際に現金を支払わなくて済んだが、交通カードがどこで販売されているのか、さっぱりわからなかった。とにかく現金を支払っていたのは、私たちだけであった。バスの運転手は日本では考えられないほどスピードを出した。それ自体は特に不快ではなかった。むしろ、早く目的地に着けるので有り難かったくらいである。しかし、一人だけ猛烈に運転の荒い運転手がいた。サングラスとマスクで顔を覆っており、どこかしら凶暴な印象を与える人物であった。あいつは現金を支払った私たちに最後までお釣りを寄越さなかった。走行中、別の乗客が立ち上がると、大声で「Sit!」と繰り返した。乗客を犬か何かのように見なして恫喝しているかのようであった。しかし、相手は乗客なのである。「Please, sit down」というべきだろう。世界中から観光客がやって来る慶州の路線バスには、まったくふさわしくない運転手であった。慶州で唯一残念な体験であった。そんな運転手のバスに揺られて、私たちは統一殿前で下車した。
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韓国・慶州紀行(瞻星台)

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善徳女王の時代に築かれたともされる「瞻星台」は、慶州歴史遺跡地区のなかにあった。あたりには何もない。瞻星台だけがぽつんとたっている。東洋最古の天文台遺跡であるといわれている。しかし、真相ははっきりしない。天文台のように見えると思えばそう見えるし、別の石造物としてみれば、そうとも見える。不思議な建造物である。夕闇迫るなか、広場にぽつんと立つその姿は、なかなか印象深かった。
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2020年02月06日

堺市で昼食。

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堺で担々麺といえば、やはり“申手延麺”(堺市堺区大浜北町3-4-6)である。先月、一年振りに堺を訪れた折にふたたび足を運んだ。担々麺も美味しいが、餃子もモチモチした食感でお勧めである。
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2020年02月05日

堺市の堺能楽会館。

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先月は所用で堺市の堺能楽会館へおもむいた。一年振りの訪問である。こういった能楽堂を持つことが出来るほど、かつての堺は栄えていたということか。
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2020年02月04日

韓国・慶州紀行(国立慶州博物館)

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国立慶州博物館は立派だった。夕方であったため、ゆっくり見てまわるだけの時間はなかったが、その気になれば、一日充分過ごすことが出来そうであった。写真はマスコットキャラクターのようである。韓国の博物館には、児童に博物館の魅力を伝える「子ども博物館」がしばしば併設されている。国立慶州博物館にも、当然、子ども博物館があった。私たちは子ども博物館にも足を運んだが、なかなか充実していた。日本の某博物館では、その調査のため、私と入れ替わるように知人が国立慶州博物館に研修におもむいている。今後、日本の博物館にもこういった施設が次第に整備されていくことだろう。
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2020年02月03日

韓国・慶州紀行(陵只塔址)

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善徳女王の陵墓からしばらく歩くと、「陵只塔址」と呼ばれる石塔が現われた。新羅30代・文武王の火葬場だという。基壇には甲冑を着た十二支像が刻まれていた。
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2020年01月28日

後藤明生を読む会(第43回)のお知らせ。

2009年の年末以来、大学時代の同窓生たちと内向の世代の小説家・後藤明生(1932年〜1999年)をめぐる勉強会を立ち上げようと話し合って来た。これまでに何度も会合を重ねた。そして、2010年8月29日に第1回の読書会をもよおすことが出来た。以後、勉強会を重ねて来ている。参加は自由。興味のある方はいらっしゃって下さい。

■第43回後藤明生を読む会の御案内
2009年の暮れから有志で集まり、内向の世代の文学者・後藤明生の評論集を制作・刊行してみようと話しあってまいりました。それに先立ち、後藤明生の文学をより深く理解するため、これまでに「後藤明生を読む会」を企画・運営し続けております。後藤作品について共同で討議をするなかでお互いの認識と協同性を高めあい、後藤明生論集を執筆・刊行してゆく道筋をつけていければと考えております。特に発表者と聞き手とが相互に入れ替わることで各人がテクストの読み手であると同時に書き手であるという相互変換的な存在へと成長していければと願っております。さて、来る3月7日、第43回の「後藤明生を読む会」をもよおします。今回も、前回に引き続き、有志の後藤明生論についての合評会を予定しております。参加資格などは一切ありません。興味のある方はいらっしゃって下さい。

日時 2020年3月7日(土)13:00〜17:00
場所 プレラにしのみや6階603集会室
テーマ 有志の執筆した論文の検討など
会費 200円程度(会場使用料を参加者人数で割ります)
その他 終了後、某所で懇親会をおこないます(会費は別途)
会場は「GSW読書の会」として確保しています
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2020年01月26日

堺市の旧堺灯台。

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所用があり、堺市へ。ついでに旧堺灯台まで足をのばした。1877年に建造された木造洋式灯台である。現在はその横を湾岸線が通っている。良い眺めである。
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2020年01月23日

国立文楽劇場初春文楽公演。

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招待券をもらったこともあって、先日は1年振りに日本橋の国立文楽劇場へ。第2部の公演を鑑賞した。演目は『加賀見山旧錦絵』草履打の段・廊下の段・長局の段・奥庭の段と『明烏六花曙』山名屋の段。『加賀見山旧錦絵』は歌舞伎の演目で知っていたが、文楽として観覧するのははじめてであった。主人公は武家の娘・お初。お初がお家の乗っ取りをたくらむ局の岩藤によって死に追いやられた主君・尾上の仇を討つという物語であるが、尾上の死を知って狂乱するお初の演技には圧倒された。尾上が自死を決意するまでを描いた前段に比べて人形に動きがあり、その鬼気迫る様子に眠気が一気に醒めたほどである。その一方で、尾上が岩藤を追い詰める決定的な証拠を握りながら、自死を選ぶ経緯が、いま一つ、納得出来なかった。尾上はみずからを『仮名手本忠臣蔵』の塩冶判官になぞらえていたが、尾上と塩冶判官とでは立場が違うのではなかろうか。所詮、町人の娘では岩藤を倒すことなど出来ないという作者の考えが透けて仕方がない。お初は岩藤を討ち果たした後、尾上の後を追って華々しく死ぬのではないかと思っていた。しかし、安田に命じられて嬉々として二代目・尾上を襲名するという展開もずっこけた。誘った同行者は「旦那」「主人」という言い方に違和感を抱いたようで、繰り返し、そのことを口にしていた。『明烏六花曙』もコミカルな結末であった。終演後はいつもの“とり鹿”(大阪市中央区日本橋1-3-5)へ。その後、もう一軒、足を運び、日本酒を何杯か飲んだ。
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韓国・慶州紀行(善徳女王の陵墓)

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7世紀前半、女王として新羅に君臨した善徳女王のことは、韓国ドラマ『善徳女王』で知っていた。今回、その女王の陵墓を仏国寺・石窟庵からの帰りに立ち寄ることが出来た。市街地へと戻るバスを途中で下車。道を間違えながらも松林のなかを歩いていくと、やがてこんもりとした円墳が姿を現した。これが善徳女王の陵墓である。陵墓の前には、私たちのほか、初老の韓国人男性がいた。韓国人男性は小さなラジオのようなものから何かを流していた。しかし、韓国語であったため、その内容はわからなかった。もしかすると、善徳女王とその陵墓について解説していたのかも知れない。
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2020年01月21日

韓国・慶州紀行(仏国寺への道)

1時間に1本のバスを利用して、ふたたび仏国寺方面に下山。往路と同じ車道を利用するため、復路もまた過酷であった。急坂・急カーブの連続である。その急坂・急カーブをバスがやはり猛スピードで駆走していく。往路と同様、バスに酔ってしまった。バスがカーブを曲がるたびに、あー、酔う、酔う、そう心のなかで呟きながら、苦しいひとときを耐え忍ぶ。仏国寺前のバス停で下車。ようやく解放された。ここから別のバスに乗り込んで市街地方面へと向かう。バス停から吐含山の山頂方面を見上げると、石窟庵に付属する施設が見られた。往路ではまったく気付かなかった。あんなに高いところまで登って来たのかと驚いた。どおりで急坂・急カーブの連続である。
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2020年01月20日

日本橋で一杯。

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金曜日は仕事帰りにSを“とり鹿”(大阪市中央区日本橋1-3-5 )に連れていく。久し振りに最初から親子丼を注文した。いつも焼き鳥から食べはじめると、親子丼まではたどり着かないからである。おかげさまで今回は首尾良く親子丼もいただけた。やはり美味しかった。Sにも気に入ってもらえたようである。次回は別の店に連れていってやろう。
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2020年01月16日

李亀烈著・南永昌訳『失われた朝鮮文化−日本侵略下の韓国文化財秘話』

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先日、偶然にも某古書店で李亀烈著・南永昌訳『失われた朝鮮文化−日本侵略下の韓国文化財秘話』(新泉社/1993年)を買い求めた。日本の統治下にあった20世紀の前半、朝鮮半島に進出した日本人が現地の文化財を盗掘・略奪していった経緯を紹介した論考である。驚いたのは、先日、訪れた慶州の仏国寺や石窟庵も略奪の対象となっていることである。たとえば、仏国寺の多宝塔の四隅には、本来、獅子の石像が置かれていたという。しかし、現在は四体のうちの一体しか残されていない。そのことは、仏国寺を訪れ、多宝塔を目にしたときに気付いていた。しかし、なぜ、一体しか安置されていないのか、その理由まではわからなかった。まさか、その石像まで略奪の対象になっていたとは。貴重なのは、盗掘をおこなったり、それを指示したり、収奪した文化財を売買したりした数々の日本人が実名で紹介されていることである。軽部慈恩のようにみずから手を汚して墳墓をあばき、その埋蔵品を略奪したものや小倉武之助や市田次郎のように、略奪されたものを買い取り、朝鮮の独立後はそれを日本に持ち帰ったもの、おびただしい数の発掘品をみずからのコレクションとしたり、贈答品として求めたりした伊藤博文や寺内正毅のような政治家など、実にさまざまである。筆者は当時の回顧録や報告書などを丹念に調査し、実名を公表しているが、その具体性が本書に強いリアリティをもたらしている。その点でも労作であるといえよう。それとともに、われわれの先人が朝鮮半島でこれほどひどいことをやっていたことに申し訳ない気持ちを抱かせられる。日本における朝鮮考古学や朝鮮文化研究の発展がこういった日本の植民地主義とそれによって引き起こされた盗掘・略奪の上に成り立っていたことを忘れてはならない。
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2020年01月15日

韓国・慶州紀行(石窟庵)

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仏国寺とともに世界遺産に登録されている石窟庵(ソックラム)は山の上にあった。石室保護のため、現在は前室からガラス越しに見学しなければならない。それはとても残念であった。しかし、それでも素晴らしい遺跡であることはわかった。ここまで大規模な同様の遺跡は日本ではめったにお目にかかれないのではなかろうか。参道脇には、当時の石材も置かれていた。目の前からは眼下に海も眺められた。東海であろう。
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2020年01月14日

韓国・慶州紀行(石窟庵への道)

仏国寺から石窟庵までは1時間に1本の割合でバスが出ている。私たちもバスを利用した。しかし、その道のりは過酷であった。何しろ急坂・急カーブの連続である。その急坂・急カーブをバスが猛スピードで駆走していく。わずか15分ほどの乗車時間であるが、バスに酔ってしまった。バスがカーブを曲がるたびに、あー、酔う、酔う、そう心のなかで呟きながら、苦しいひとときを耐え忍ぶ。
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2020年01月13日

京都国立近代美術館特別展『記憶と空間の造形-イタリア現代陶芸の巨匠ニーノ・カルーソ』

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招待券をいただいたこともあり、京都近代美術館で2月16日までもよおされている『記憶と空間の造形-イタリア現代陶芸の巨匠ニーノ・カルーソ 』へ。2017年に他界したイタリアの現代陶芸家ニーノ・カルーソの回顧展である。ニーノ・カルーソの名は、滋賀県甲賀市の陶芸の森美術館に展示されている作品で知っていた。しかし、それ以上の詳しいことは知らなかっただけに興味深く見てまわった。とりわけ、イタリアの古代と現代とをつなぐ構成美に魅了された。反復と組み合わせの美である。発泡スチロールで型を作っているのも面白かった。
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伏見で昼食。

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久し振りに訪れた“ラーメン銀閣”(京都市伏見区下鳥羽城ノ越町90)。改装後、はじめての訪問となった。ということは半年振りくらいか。しかし、相変わらず、美味かった。チャーハンも美味い。
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2020年01月12日

平城宮跡の山茶花。

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先日、所用で平城宮跡へ。山茶花がたくさん咲いていた。山茶花と椿の違いを知らない人も多いようだ。
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韓国・慶州紀行(仏国寺)

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慶州の観光地といえば、真っ先に思い当たるのは、世界遺産・仏国寺(プルグクサ)であろう。しかし、慶州の街からあれほど離れているとは思わなかった。循環バスで20分以上かかったのではなかろうか。さすがに観光客が多かった。しかし、境内が広かったため、混雑しているというほどの印象は持たなかった。伽藍を構成する数々の石組みには圧倒された。基壇を構成する石垣や石橋、それに、釈迦塔・多宝塔はとりわけ見事であった。紅葉も最盛期を迎えていた。これも予想外だった。良い時期に訪れたものだ。
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2020年01月11日

韓国・慶州紀行(城東市場A)

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夕食はそのまま城東市場でとることにした。おもむいたのは、市場の一角にある食堂。ここではカウンターに並んだおかずをビュッフェ式にいただくことが出来る。食堂内はカウンターごとにお店が分かれているが、ビュッフェスタイルであることはいずれも同じである。ただし、お店ごとにおかずが作られるため、お店によって、おかずの内容が異なる。任意のカウンターにすわると、まずはごはんと汁物が出される。それ以外は目の前に並んだおかずを各人がお皿にとって食べるのである。もちろん、おかずは食べ放題。これで7000ウォンではなかったか。もちろん、お代わりをいただく。キムチやナムル、煮魚などのほか、カニを甘辛く仕上げたものまであった。
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2020年01月10日

韓国・慶州紀行(城東市場@)

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大陵苑の散策を終えると、すでに夕方だった。食事をとりがてら城東市場(ソンドンシジャン)へおもむいた。中央市場と並び、慶州有数の市場である。市場の名のとおり、何でも売っている。しかも、どれも安い。タコが写真のようにたくさん吊り下げられている光景は珍しかった。ブタの首は茹で上げられたばかりで、湯気が立ち上っていた。目についた海産物では、ほかに太刀魚が多かった。内陸部にあるはずの慶州の市場になぜここまで豊富な海産物が出揃うのか。慶州の地理について、われわれは何か大変な誤解をしているのではないかと思われた。
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2020年01月09日

韓国・慶州紀行(大陵苑)

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大陵苑(テヌンウォン)は23基の古墳が居並ぶ有料の古墳公園である。そのなかでもっとも名高いのは、やはり金冠などの豪華な副葬品が出土した天馬塚であろう。良くぞ盗掘されなかったものである。天馬塚は石室の内部も整備されており、小さな博物館のようになっていた。内部の写真撮影は厳禁。園内の紅葉も見事であった。これは予想外であった。紅葉はすっかんり終わっているものと思っていたのである。敷地の一角で韓国人女性の一団が見られた。彼女たちは代わる代わる古墳をバックに被写体となっていた。あるいはそこは映画かドラマで使われたところなのかも知れない。園内の枯葉をかき集めて梱包し、トラックの荷台に乗せようと悪戦苦闘している老人たちの様子は愉快であった。
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2020年01月08日

韓国・慶州紀行(古墳のある風景)

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宿泊先にチェックインした後、街中を歩いてみた。街のいたるところに古墳がある。しかも、一様に円い形をした円墳である。その大半には樹木が生い茂っておらず、表面は芝生に覆われている。こんもりとした巨大な土饅頭。それが幾つも並んでいるのである。実に不思議な光景である。しかも、それが慶州の街並みと見事に調和している。高い建物がないのは、建築規制がなされているからであろうか。場所によっては古墳の方が高いくらいである。夜のライトアップされた古墳も幻想的であった。
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2020年01月06日

仕事はじめ。

今日から仕事はじめ。身体がついていかない。もとの状態に戻るまで、しばらくかかるだろう。
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2020年01月05日

無事帰宅。

岡山まで出掛けていました。無事帰宅。明日は仕事はじめ。頑張ります。
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2020年01月01日

旅に出ます。

旅に出ます。週末に帰宅予定。探さないでください。
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謹賀新年。

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今年も宜しくお願いします。
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2019年12月30日

新年を迎えるにあたって。

今年のうちにやっておかなければならない案件は無事に終えられた。あとは家の大掃除が残っているだけである。今年は韓国を二度訪れることが出来た。ソウルと慶州である。有難い限りである。韓国には来年も出掛ける予定となっている。それ以外にも近代史とかかわりのある場所を訪れなければならない。来年はそんなところにも足をのばせられるだろうか。来年が無理でもせめて再来年くらいには出掛けたいものである。残された時間のなかでいまのうちに行けるところは行っておかなければならない。定期的に続けている研究会もいよいよ山場である。大方整っているとはいえ、他の有志の原稿がきちんと集まりますように。自分自身の原稿の整理も叶いますように。来年も宜しくお願い申し上げます。
posted by 乾口達司 at 23:00| 奈良 ☁| Comment(0) | 想い | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

鞍馬。

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鞍馬まで足をのばした。叡山電鉄が終点の鞍馬駅に近付くにともない、山の斜面が異様な状態になっていることに気付かされた。植林されたおびただしい数の杉がなぎ倒されている。昨年の台風で倒れたのであろうか。その惨状は鞍馬寺の境内でも見られた。大木が根こそぎ倒れており、そのときの影響で土砂崩れまで発生している。魔王の滝のあたりは壊滅的であった。くらま温泉を訪れるのはおそらく二十年振りである。露天風呂は記憶に残っていたが、内風呂の記憶はまったくなかった。外国人観光客も多く訪れていた。赤ちゃんを抱っこしてお湯につかっている男性外国人がいた。父親が赤ちゃんを抱いて入浴するのは、日本人男性では珍しいのではなかろうか。さいわい、露天風呂につかっている人の大半が外国人であった。彼らはなかなか泣きやまない赤ちゃんを代わる代わるあやしており、実に微笑ましかった。ぼたん鍋の定食も美味かった。猪肉を食べるのは久し振りである。白味噌のおだしが美味しかった。咽喉がかわいたため、帰りに三条のキリンシティまで足をのばした。
posted by 乾口達司 at 02:05| 奈良 ☔| Comment(0) | 散策 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年12月29日

奈良で一杯。

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昨日は浜松在住者と一杯。まずはオリオンビール。愉快に飲みました。
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2019年12月27日

年賀状。

3日かけて会社の昼休み中に年賀状を完成させた。本日、投函。まったくやれやれである。年賀状を書く過程で久し振りに携帯電話に登録している住所欄を見てみた。そのなかにまったく知らない人物の名前が2つあった。一人は「村上××」。名前の字面からして、どうも若い女の子のようである。しかし、さっぱり記憶にない。もう一人は「ようつう馬」。読み仮名には「ヨウカイヨウウマツム」とあった。誰だ、こいつ!?
posted by 乾口達司 at 00:00| 奈良 ☔| Comment(0) | 自己 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年12月26日

韓国・慶州紀行(慶州高速バスターミナル)

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金海国際空港から慶州バスターミナルまでは1時間あまりであった。話し込んでいるうちにバスは高速道路を降りて、慶州の街中に入った。車窓からはこんもりとした大きな盛り土がたくさん目に入るようになった。これが慶州の街並みを独特のものにしている王陵墳墓なのであろう。慶州高速バスターミナルはどこにでもある田舎のバスターミナルの雰囲気だった。バスターミナルの横には観光案内所も設けられていた。たどたどしい韓国語で市内バスの路線図をもらおうとした。しかし、受付の女性は流暢な日本語を喋った。バスの路線図は簡単に手に入った。私たちは宿泊先に向かって慶州の街を歩きはじめた。ソウルや釜山のような高い建物がなかった。空がとても広く感じられた。
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2019年12月22日

ヒガンバナ?

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昨日、実家の庭にヒガンバナのような花が咲いているのを目にした。しかし、もちろん、ヒガンバナではない。ヒガンバナがこんな寒い時期に花を咲かせるはずがないではないか。この花はいったい何だろう?母親はその名を知らなかった。ひょっとすると、ダイヤモンドリリーの別名を持つ「ネリネ」ではないか。とある人にそう教えてもらった。
posted by 乾口達司 at 23:00| 奈良 ☁| Comment(0) | 春夏秋冬 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年12月21日

大和文華館特別展『国宝彦根屏風と国宝松浦屏風-遊宴と雅会の美-』

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午後から実家へおもむいた。その後、足をのばして大和文華館へ。特別展の『国宝彦根屏風と国宝松浦屏風-遊宴と雅会の美』を鑑賞する。『松浦屏風』も『彦根屏風』もこれまでにそれぞれ個別に鑑賞している。しかし、それらを同じところで同時に鑑賞するのははじめてである。入館者は多かったが、混雑しているというほどではなかった。拝見するたびにいつも思うことではあるが、『松浦屏風』はどこかしら不気味である。煙管を介した一対の女性をのぞけば、描かれている女性たちの視点がみんな合っていない。それぞれが勝手な方向に目を向けている。目線をバラバラにすることによって空間的な広がりを演出しているのかも知れないが、目玉を小さく描き、全体的に無表情でありながら目だけが笑っているといったような表情を見せているという点ともども、どこかしら不気味な図像である。それは楽しい遊興の場面でありながら、憂いをふくんだ表情さえ見せる『彦根屏風』の登場人物にもいえることである。
posted by 乾口達司 at 19:48| 奈良 ☁| Comment(0) | 散策 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年12月19日

韓国・慶州紀行(山並み)

車窓からは左右に山並みが見られた。なだらかな山並みである。私の暮らす奈良の山並みを思い起こさせた。山の木々は一様に色づいていた。紅葉の最盛期を迎えているようだった。日本と違うのは、植林された杉を見掛けることがほとんどなかったことである。現在の日本の里山は荒廃している。かつて植林された杉の手入れがおろそかになっていることも原因の一つであろう。韓国ではスギ花粉によって引き起こされる花粉症などは起こりようがないのではなかろうか。そんなことを思いながら、杉の見当たらない韓国の山々を眺めていた。
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2019年12月18日

韓国・慶州紀行(白いフレコン)

浦項行きの高速バスは定刻どおりに発車した。高速バスはやがて高速道路に入った。車窓には田畑が見られるようになった。驚いたのは、田畑を埋めつくすようにビニールハウスが延々並べられていたことである。はるか遠くの山の手前まで、一面、ビニールハウスである。いったいあれほどの数のビニールハウスのなかで何が栽培されているのであろうか。バスが北を目指すにともない、やがてビニールハウスは姿を消した。代わりに目につくようになったのは、借り入れの終わった田畑に点在するおびただしい数の白いフレコンバッグであった。のどかな田園風景に点在するおびただしい数のフレコン。しかも、それは一様に真っ白である。さながら大規模な現代アートを見ているかのようであった。あれはいったい何だろう。往路ではその正体は判明しなかった。帰路、相方がSNSでその正体を知り合いに訊ねてくれた。その結果、借り入れの終わった干し草を収納するためのものであることが判明した。それを転がしてトラックにのせ、最後はサイロなどに収納するのであろう。北海道あたりではよく目にする光景であるということだった。しかし、私たちの暮らす関西では珍しかった。
posted by 乾口達司 at 05:00| 奈良 ☁| Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする