2020年04月07日

列車の減便と終電繰り上げ。

間もなく出される緊急事態宣言にともない、政府は対象区域における鉄道の減便や終電の繰り上げ要請などを予定しているという。馬鹿なのか。減便などすれば、それこそ乗車率が高まってしまうではないか。ホームも利用者であふれかえり、お前たちが警鐘を鳴らす「三密」状態となって、感染の危険性が増してしまうではないか。乗車率が高まった状態でどうやって「三密」を防げるというのか。こんなことを考えたやつは電車で通勤したことがないのではなかろうか。いかにも電車に乗ったことのないような輩の考えそうな浅はかな発想である。こういうときだからこそ、むしろ、増便して乗車率を低く抑えることが必要なのではないか。そういえば、一昨年、北京を訪れたとき、もっとも混雑する退勤時間帯の地下鉄1号線を利用したことがある。ホームは人であふれ返っているのかと思いきや、意外にも閑散としていた。それもそのはず、電車が利用客を乗せて発車すると、三十秒ほどしてすぐに後続車がやって来る。その繰り返しである。これではホームも車内もすし詰め状態にならないはずである。さすがに中国と日本とではさまざまな面で異なるため、日本でそこまで増便させることは難しいだろう。しかし、減便は絶対にあり得ない。減便となると、どういったことになるか、ちょっとは考えてみてはどうだろうか。
posted by 乾口達司 at 07:00| 奈良 ☀| Comment(0) | 想い | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

韓国・慶州紀行(富剛食堂A)

FJ3133510001.jpg

おかず類も充実していた。なかには、珍しいものもあった。「ムッ」(ムー)である。相棒は発音が難しいとしきりにいっていた。「ムッ」(ムー)はドングリのデンプンを固めた食品。寒天のような食べ物である。日本でも食べられるということだったが、私ははじめていただいた。
posted by 乾口達司 at 00:00| 奈良 ☀| Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年04月06日

韓国・慶州紀行(富剛食堂@)

FJ3133540001.jpg

FJ3133500001.jpg

"富剛食堂"(プガンシッタン)はキョンジュ滞在中に二晩連続で訪れた。一夜目はチゲを注文した。二夜目、私はピビンバを注文した。ビールは韓国産の「CASS」である。チゲ・ピビンバともに美味しかった。観光客よりも地元民が訪れる食堂のようで、私たちが訪問したときも地元民が酒盛りをやっていた。良い雰囲気である。先方から話しかけられることもあったが、うまく会話をすることが出来なかった。こういったとき、母語と同じように韓国語を自在に話せないのがもどかしい。
posted by 乾口達司 at 06:00| 奈良 ☀| Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年04月05日

終息がいつかわからないのに。

ラジオを聞いていると、5月や6月、あるいは7月に予定されているライブの告知がしばしば流れて来る。しかし、新型コロナウイルスの終息時期がいったいいつになるのか、いまはまだまったくわからない。告知のライブが本当に開かれるのかどうか、わからない。それだけに虚しく心に響いて来る。どこかグロテスクで不条理な印象さえ受ける。しかし、感じるのは虚しさや不条理だけではない。われわれはいつも、明日、自分たちがどうなるかわからないまま生きている。明日、生きている保証などどこにもない。にもかかわらず、明日、生きていることを前提にして生きている。そんな生の本質に気付かされる。
posted by 乾口達司 at 19:39| 奈良 ☀| Comment(0) | 想い | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

月ヶ瀬でドライブスルー花見。

FJ3136130001.jpg

FJ3136100001.jpg

所用もあって月ヶ瀬村へ。ダムの湖畔ぞいに植えられた桜が見頃であった。梅の月ヶ瀬村は有名である。しかし、桜の月ヶ瀬村はそれほど知られていないのではなかろうか。時節柄、ドライブスルー花見と相成った。道中、某所でヤギも見た。
posted by 乾口達司 at 07:00| 奈良 ☀| Comment(0) | 散策 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年04月04日

休業補償。

政府がようやく重たい腰をあげたようである。新型コロナウイルスの感染拡大により、収入の減った世帯を対象として1世帯当たり30万円の現金支給をおこなうことになったという。しかし、本当に30万円で良いのか。いつかの国会で「我が家の一月の収入」を夫50万円・妻・25万円で計75万円と語っていたのであるから、困っている人たちに対してそれくらいの金額を補償してやっても良いのではなかろうか。新型ウイルスの流行にともない、私の勤務先でも受注量の減少という事態が続いている。本来であれば、私も現状の仕事量に応じて短縮労働を強いられるところである。完全な休業状態にまではいたらないが、それでも週に数時間から1日程度の時間短縮にならざるを得ないところであった。しかし、そんな状況にあって、取引先は自分たちのところの従業員だけでなく、私たちのような取引先に対しても発注量の減少という事態を踏まえた補償を申し出てくれた。取引先は「休業」と「補償」とは表裏一体の関係になければならないという認識の企業なのである。しかし、この取引先だけが何も特別なのではない。これが企業の本来の在り方なのである。おかげでこんなご時世でもわれわれは仕事を続けていられる。有難いことである。しかし、それでも減益分を完全にカバーするまでにはいたっていない。営業や上層部は昨日も知恵を絞って対応を議論していた。もちろん、そんな補償を申し出てくれるのも、取引先が大きな企業であるからこそである。従業員や取引先に休業補償をしたくても出来ない中小零細企業も多いはずである。困っている人は多い。そんな人や企業にこの程度の補償で足りるのか。われらがマスクマン率いる政府・与党の何と稚拙な対応であることよ。
posted by 乾口達司 at 10:19| 奈良 ☁| Comment(0) | 想い | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

韓国・慶州紀行(ファンナムメットルスンドゥブ)

FJ3133390001.jpg

“ファンナムメットルスンドゥブ”(皇南メットルスンドゥブ)はガイドブックを手掛かりにして訪れた。マツタケ・スンドゥブを注文。トンドン酒はボトルで現れた。その名のとおり、スンドゥブにマツタケやタコまで入っている。これで13000ウォンではなかっただろうか。観光客相手の店なのに、安い。お腹がいっぱいになった。訪れるまでは有名店なので混んでいるのではないかと心配だったが、平日の夕方ということもあって、空いていた。
posted by 乾口達司 at 07:00| 奈良 | Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

韓国・慶州紀行(良洞民俗村で昼食)

FJ3133780001.jpg

FJ3133790001.jpg

良洞民俗村をしっかり散策した私たちは、お腹を空かせていた。飲食店は少ないながらも何軒か営業しているようであった。そのなかで私たちが訪れたのは“草園食堂”という名のお店である。名物は蓮の葉で包んだおこわの定食であるという。蓮の葉に包まれて蒸されたご飯にはさまざまな木の実が入っており、あわせて出されたバンチャンともども美味しかった。ついでにトンドン酒も注文。トンドン酒はやかんに入って出て来た。この日は良洞民俗村以外に予定を入れていなかった。そのため、時間を気にせず、蓮の葉ご飯定食とトンドン酒をいただき、夕方のバスで慶州の市街地に戻った。
posted by 乾口達司 at 05:00| 奈良 ☀| Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年04月03日

マスク2枚で。

私は今日になるまで知らなかったが、新型コロナウイルスの流行に際して、総理大臣が記者会見をして、各家庭に布製マスク2枚ずつ支給することにしたと表明したらしい。これが先日の記者会見で表明した「かつてない強大な政策パッケージを練り上げ、実行に移」したことの結果なのであろうか。それに対して、非難の声が挙がっているのも当然である。これではお肉券とかお魚券の方が良かったと思っている人も多いのではなかろうか。非難のなかには、総理大臣が表明した新型コロナウイルスに対する方策がたった2枚のマスクの支給であったことに裏切られたとか、こんな無能な総理大臣であるとは意外であったとかいった声まで聞かれたという。しかし、この総理大臣は何もこの期におよんで変節したわけではない。第一次政権のときに、当時、発生した「消えた年金問題」など、われわれの暮らしに直接かかわる諸問題を解決することなく−最後の一人まできちんとお支払いしますと宣言しながら、いまだに「消えた年金問題」は解決していない−お腹が痛いといって無責任にも政権を投げ出したことからもわかるように、この総理大臣ははじめからこんな人間なのである。だからこそ、第一次政権のときに「お友達内閣」と呼ばれ、その取り巻きによる不祥事が続出していたにもかかわらず、第二次政権以降も「お友達」が利益誘導の恩恵を受けるようなことが繰り返されているのである。そして、何よりも重大なのは、こういった人間であることを知りながら、ふたたび総理大臣の職に就かせたのはわれわれ有権者であるということである。この事実に目をつむって総理大臣の無能さをあげつらったり、騙されたと叫んだりすることは欺瞞である。選挙か、デモか、革命か、あるいは党内からの反乱か、手段は何でも良いが、この総理大臣を引きずりおろし、腐敗した政権政党を打擲した後でいっこうに構わないので、こんな総理大臣を支持し、政権政党に投票したものは自分たちの内部にどういった心理が働いていたのか、どういったきっかけでその心理が誘発されたのかを真摯に考えるべきである。そうしなければ、またぞろ同じような手合いが総理大臣となり、同じような悲喜劇が繰り返されるだけである。
posted by 乾口達司 at 00:00| 奈良 ☀| Comment(0) | 想い | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年04月02日

豊川市と中国とマスク。

伝え聞いたところによると、新型コロナウイルスの流行にともない、愛知県豊川市が友好都市提携を結ぶ中国江蘇省無錫市新呉区に寄贈したマスク4500枚の返還を求めたという。市長の呼びかけに呼応して、新呉区ではただちにマスク5万枚を調達し、豊川市に発送。豊川市に届いたとのこと。2月中旬、政府が週に1億枚のマスクを作ると高らかに宣言していたにもかかわらず―その宣言自体、いまから振り返れば、ハッタリに過ぎなかったか?―いまだマスクが市中に出まわっていない今日、まことにありがたい話である。一度、寄贈したものを相手に返還して欲しいとは、日常生活でもなかなかいえるものではない。それを思い切って要請した市長の英断は素晴らしい。しかし、そんな市長に対して、国内では「日本の恥」だとかいって誹謗中傷する連中も多いという。なかには、中国からの発送に政治的な意図があるのではないかといぶかっているものもいるというが、「政治的」であるというのであれば、なおさらのこと、それを有難く受け入れるのが「政治的」な態度であるというものではなかろうか。こういったささやかなやりとりの積み重ねによって、国同士の対立さえ解消していくことになるからである。それを「日本の恥」とかといって面子のことばかりいっている連中こそ政治を知らない馬鹿者たちである。命の危機が叫ばれる今日、いつまでもくだらない面子にこだわって「日本の恥」とかいっているお前たちの方こそよほど「日本の恥」である。「日本」のことを本当に思うならせめて黙ってろ。そういえば、大昔も「国体の護持」とかいった意味不明な面子にこだわってぐずぐずしているうちに空襲や原爆投下で多くの非戦闘員を死なせてしまったことがあったはずである。いや、そんな大昔に限らない。オリンピックの開催という面子にこだわってウイルス検査さえ受けさせず、陽性反応者を自宅でむざむざ死なせてしまった事例もあったではないか。変わらない国の変わらない国民性である。「日本の恥」とかいっている小者たちに比べて、中国の対応の何と大人風であることか。確かに中国の対応も所詮は面子に過ぎないと揶揄することも可能であろう。しかし、中国の面子にはマスクという実質がそなわっている。かたや「日本の恥」とかいっている連中には何もない。文字通りの面子に過ぎない。同じ面子でもそこに違いがある。「日本の恥」とかいっている時点ですでに相手に「敗北」していることをそろそろ自覚するべきではなかろうか。豊川市と新呉区とはすでに友好都市の関係を結んでいるらしい。新型コロナウイルスの流行が終息した後、今回のマスクのやりとりが縁となって、それぞれの都市、人と人との交流がさらに活発になっていくに違いない。喜ばしい話である。
posted by 乾口達司 at 00:00| 奈良 ☔| Comment(0) | 想い | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年04月01日

自宅でたこ焼き。

FJ3135850001.jpg

先日はたこ焼き器を使い、久し振りにたこ焼きを作った。具材は定番のたこの切り身のほか、イカ、エビ、明太子、チーズなどなど。久し振りだったため、丸くひっくり返すのに苦労したが、そのうちうまく出来るようになった。
posted by 乾口達司 at 00:00| 奈良 | Comment(0) | 料理 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年03月28日

後藤明生を読む会(第43回)開催延期のお知らせ。

新型コロナウイルスの感染拡大防止のため、4月4日に予定していた「後藤明生を読む会」(第43回)の会場である「西宮市立公民館」の閉鎖期間が延長されました。残念ながら、実施が再度延期となります。次回の実施予定日時は5月以降。詳細はあらためて告知します。
posted by 乾口達司 at 09:00| 奈良 ☔| Comment(0) | 自己 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年03月26日

韓国・慶州紀行(良洞民俗村➄)

FJ3133690001.jpg

公孫樹はすべて葉を落としていた。アヒルの足のような形をした黄色い葉はすべて地面に落ちていた。葉のあいだにはたくさんの銀杏も顔をのぞかせていた。しかし、裸木も良いものである。あたたかい日だった。
posted by 乾口達司 at 00:00| 奈良 | Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年03月24日

韓国・慶州紀行(良洞民俗村C)

FJ3133720001.jpg

「孫宗老旌忠碑」は、丙子の乱(1636年〜1637年)で戦死した孫宗老の忠節をたたえた石碑。銘文が刻まれた本体と笠の部分との石材が異なるのはどういうわけだろうか。
posted by 乾口達司 at 06:00| 奈良 | Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年03月18日

後藤明生を読む会(第43回)のお知らせ。

2009年の年末以来、大学時代の同窓生たちと内向の世代の小説家・後藤明生(1932年〜1999年)をめぐる勉強会を立ち上げようと話し合って来た。これまでに何度も会合を重ねた。そして、2010年8月29日に第1回の読書会をもよおすことが出来た。以後、勉強会を重ねて来ている。今回は、当初、3月7日に予定されていながら、新型コロナウイルスの流行によって延期となっていた会の延期開催分となります。今般の状況次第では、再度、延期になることもあり得ますが、その際は早急にご連絡します。興味のある方はいらっしゃって下さい。

■第43回後藤明生を読む会の御案内
2009年の暮れから有志で集まり、内向の世代の文学者・後藤明生の評論集を制作・刊行してみようと話しあってまいりました。それに先立ち、後藤明生の文学をより深く理解するため、これまでに「後藤明生を読む会」を企画・運営し続けております。後藤作品について共同で討議をするなかでお互いの認識と協同性を高めあい、後藤明生論集を執筆・刊行してゆく道筋をつけていければと考えております。特に発表者と聞き手とが相互に入れ替わることで各人がテクストの読み手であると同時に書き手であるという相互変換的な存在へと成長していければと願っております。さて、来る4月4日、第43回の「後藤明生を読む会」をもよおします。今回も、前回に引き続き、有志の後藤明生論についての合評会を予定しております。参加資格などは一切ありません。興味のある方はいらっしゃって下さい。

日時 2020年4月4日(土)13:00〜17:00
場所 プレラにしのみや6階和室(兵庫県西宮市高松町)
テーマ 有志の執筆した論文の検討など
会費 300円程度(会場使用料を参加者人数で割ります)
その他 終了後、某所で懇親会をおこないます(会費は別途)
会場は「GSW読書の会」として確保しています
posted by 乾口達司 at 23:00| 奈良 ☁| Comment(0) | 自己 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年03月17日

韓国・慶州紀行(良洞民俗村B)

FJ3133730001.jpg

写真は古くより朝鮮半島で普及していたオンドル用の煙突である。日本では滅多にお目にかかれない。
posted by 乾口達司 at 07:00| 奈良 ☀| Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年03月16日

韓国・慶州紀行(良洞民俗村A)

FJ3133750001.jpg

軒先には、ご覧のように、柿を吊るしている家屋もあった。ほかにも、大根の葉でろあうか、根菜類を干しているところもあった。そのなかにはあれはいったい何を吊るしているのかわからないものもあった。何やら立方体の茶色いものである。それが縄で結わえられ、数珠つなぎになって吊るされていた。その正体は味噌玉。しかし、その正体が判明するのは、日本に帰国した日のことである。詳細はあらためて記す。
posted by 乾口達司 at 00:00| 奈良 ☀| Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年03月15日

韓国・慶州紀行(良洞民俗村@)

FJ3133740001.jpg

世界遺産・良洞村(良洞民俗村)は、朝鮮王朝時代、両班であった一族によって形成された村である。驚いたことに、村には現在も彼らの子孫が暮らしていた。藁葺き屋根の家屋が立ち並んでおり、ここが裕福な暮らしを送って来た一族の住まう地であったことがしのばれる。この日は午前中から夕方まで半日かけて村内をゆっくり散策した。時間をかけてのんびり散策するのに適したところである。お天気も良かった。
posted by 乾口達司 at 14:00| 奈良 ☀| Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年03月14日

土筆採集。

FJ3135410001.jpg

所用で桜井市におもむいた際、某所で土筆の群生を発見した。土筆が芽吹くと、春を感じる。しかし、その出現は例年より一週間ほど早いような気がするが、大阪在住者に訊ねたところ、やはり生駒山地の西麓ではもう出現しているとのこと。今年は暖冬のせいで例年より早いのだろうか。そういえば、モクレンも花を咲かせている。あまり栄養が行き届いていないのだろうか、ひょろ長い土筆がたくさんであった。あいにく胞子を放出させてしまっており、幼少の頃より「脳みそ」を思い起こさせて来たその頭頂部が茶色くなっているものが多かった。それでも採集し、帰宅。ハカマをむくのに苦労した。明日はこれで何を作ろうか。
posted by 乾口達司 at 22:19| 奈良 ☁| Comment(0) | 春夏秋冬 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

「医療崩壊」

新型コロナウイルスの世界的な流行に際して、韓国やイタリアでは軽症者までふくめて検査を徹底した結果、「医療崩壊」を起こしているといった話が流布している。「医療崩壊」という言葉、はじめて耳にした。軽症者までふくめて検査を徹底したために重症者を治療することが出来ず、医療の本来の目的が達せられていない状態のことをいうのであろう。しかし、それをいうのであれば、検査を断られた挙句、自宅待機のうちに死亡し、後で検査をしたら陽性反応の患者であったという国内在住の日本人の事例はどう説明するのであろうか。これこそ「医療崩壊」の一例ではなかろうか。毎年、この時期は肺炎で亡くなる高齢者も多い。検査もされていない現状では、死因が一般的な肺炎なのか、それとも新型コロナウイルスによって引き起こされた肺炎なのかもわからず、前者としてあつかわれている死亡者も多いはずである。検査をおこなうことによってわかることは多い。検査によって、現在、国内にどれだけの感染者がおり、そのうち、重症者がどれだけの割合を占めているのか、その数値を具体的に把握することが出来るようになる。それによってどのような対処をおこなうべきか、判断することも出来るようになる。そして、それにもとづき、重症者の収容場所をどこにどれだけ確保することが必要なのかを推計することも可能となる。こんなことはわざわざ書くようなことでもない。当たり前のことである。一方、検査の結果、たとえ軽症者であったとしても、自分が陽性反応であったことを自覚すれば、たいていのものは他者に感染させてはいけないと思い、積極的な行動を控えるはずである。自分自身の状態を客観的に認識するだけでも、感染の拡大防止につながるのである。自分自身を客観的に認識することは意外と難しい。それを認識する契機となるものこそ、具体的な「他なるもの」である。この場合は検査や医師の診断ということになるが、検査を受けられないということは、個々人が「他なるもの」によって自分自身を客観化する契機を奪われていることを意味する。こんなことが行政主導でおこなわれているのである。他国の状況を「医療崩壊」という言葉でもって批判しているものの方こそ、自分たちの住まう国の現状が医療の分野にとどまらず「崩壊」している現状を客観的に認識したくないのではなかろうか。「医療崩壊」を食い止めようと試行錯誤している他国を批判し、嘲笑するばかりで自分たちの身のまわりの現実を直視せず、ただただ怖がっているだけのものに未来など開けない。
posted by 乾口達司 at 09:19| 奈良 ☁| Comment(0) | 想い | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年03月13日

後藤明生を読む会(第43回)開催延期について思うB

学生時代、夏目漱石の「写生文」を読んだ。そこで漱石は「写生文」を次のように説いていた。

写生文家の人事に対する態度は貴人が賤者を視るの態度ではない。賢者が愚者を見るの態度でもない。君子が小人を視るの態度でもない。男が女を視、女が男を視るの態度でもない。つまり大人が小供を視るの態度である。両親が児童に対するの態度である。世人はそう思うておるまい。写生文家自身もそう思うておるまい。しかし解剖すればついにここに帰着してしまう。
小供はよく泣くものである。小供の泣くたびに泣く親は気違である。親と小供とは立場が違う。同じ平面に立って、同じ程度の感情に支配される以上は小供が泣くたびに親も泣かねばならぬ。普通の小説家はこれである。彼らは隣り近所の人間を自己と同程度のものと見做みなして、擦すったもんだの社会に吾われ自身も擦すったり揉もんだりして、あくまでも、その社会の一員であると云う態度で筆を執とる。したがって隣りの御嬢さんが泣く事をかく時は、当人自身も泣いている。自分が泣きながら、泣く人の事を叙述するのとわれは泣かずして、泣く人を覗のぞいているのとは記叙の題目そのものは同じでもその精神は大変違う。写生文家は泣かずして他の泣くを叙するものである。
 そんな不人情な立場に立って人を動かす事ができるかと聞くものがある。動かさんでもいいのである。隣りの御嬢さんも泣き、写す文章家も泣くから、読者は泣かねばならん仕儀となる。泣かなければ失敗の作となる。しかし筆者自身がぽろぽろ涙を落して書かぬ以上は御嬢さんが、どれほど泣かれても、読者がどれほど泣かれなくても失敗にはならん。小供が駄菓子を買いに出る。途中で犬に吠ほえられる。ワーと泣いて帰る。御母さんがいっしょになってワーと泣かぬ以上は、傍人ぼうじんが泣かんでも出来損いの御母さんとは云われぬ。御母さんは駄菓子を犬に取られるたびに泣き得るような平面に立って社会に生息していられるものではない。写生文家は思う。普通の小説家は泣かんでもの事を泣いている。世の中に泣くべき事がどれほどあると思う。隣りのお嬢さんが泣くのを拝見するのは面白い。これを記述するのも面白い。しかし同じように泣くのは御免蒙ごめんこうむりたい。だからある男が泣く様を文章にかいた時にたとい読者が泣いてくれんでも失敗したとは思わない。むやみに泣かせるなどは幼稚だと思う。
 それでは人間に同情がない作物を称して写生文家の文章というように思われる。しかしそう思うのは誤謬ごびゅうである。親は小児に対して無慈悲ではない、冷刻でもない。無論同情がある。同情はあるけれども駄菓子を落した小供と共に大声を揚あげて泣くような同情は持たぬのである。写生文家の人間に対する同情は叙述されたる人間と共に頑是がんぜなく煩悶はんもんし、無体に号泣し、直角に跳躍し、いっさんに狂奔きょうほんする底ていの同情ではない。傍はたから見て気の毒の念に堪たえぬ裏に微笑を包む同情である。冷刻ではない。世間と共にわめかないばかりである。

「写生文」をはじめて読んだとき、「文学」とはこういうものかということを思ったものである。以来、「写生文の精神」を念頭に置きながら、いろいろ書いて来た。そして、その精神をもって人生を送りたいと思って来た。文学に未来などないと考えているような私にとって、かろうじて文学の可能性があるとすれば、それは「写生文の精神」を生きるということだけである。もちろん、自分とは異なる価値観の持ち主である他者と共存することなくして生きていくことが出来ない以上、「写生文の精神」を維持していられないような場面に直面することもしばしばである。実際、漱石自身も「二十世紀の今日こんな立場のみに籠城して得意になって他を軽蔑けいべつするのは誤っている」とさえいっている。しかし、今般のように「非常時」ということが声高に叫ばれるような社会情勢であるときだからこそ、やはり「写生文の精神」を実践するべきではあるまいか。「写生文の精神」を、文字通り、生きるべきではないか。何しろ「写生文」の存在を私に教えてくれた存在こそ、研究会のテーマともなっている作家であるからだ。こういった思いもあったからこそ、私は開催にこだわったのである。後は各人が参加するか、「自粛」するかを自分の頭で考え、判断すれば良いだけのことである。文字通りの「自粛」である。今後も同様の事態が起こらないとは限らない。そういったときにどのように対応するか、次回の会合ではそのことも話し合わなければならない。
posted by 乾口達司 at 00:00| 奈良 ☔| Comment(0) | 想い | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年03月12日

後藤明生を読む会(第43回)開催延期について思うA

ただ、今回は閉館の通知が届く前に有志から開催をどうするかという問い合わせが届いていた。先方は「自粛」するべきではないかといった。それに対して、私は開催することを要望した。当日、会場を使用するため手続きが必要ならば、私が代行するつもりであることもあわせて申し出ておいた。なぜならば、有志が別にコロナウイルスにかかっているわけでもなかったからである。もちろん、予防のために外出を控えるという考えもあるだろう。しかし、何でもかんでも予防のためということをいい出せば、社会的な生活を送ることすら叶わなくなってしまうではないか。家の前に「蘇民将来」のお札を貼り付け、いつまでも逼塞し続ける気か。付け加えるならば、家にいれば絶対に安全ということもなかろう。念のため、周囲の若い子に参加の意思を確認すると、「自粛」なんて考えてもみなかったという返答であった。そういった前向きな有志がいる以上、予定通り、開催するのが筋というものではなかろうか。若い子たちのために、どのような状況にあっても彼らの集う場所を用意してあげること。そして、疫病なんて過度に恐れる必要なんてないんだよということを諭し、みずからの態度で示してあげること。それが若い世代に対するわれわれ大人の責務というものであろう。ガキと一緒になってぶるぶる怯えるなんてとんでもない。ましてや、今回は若い子の方が積極的なのである。大人が怯えてどうするのか。
posted by 乾口達司 at 03:00| 奈良 ☔| Comment(0) | 想い | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年03月11日

後藤明生を読む会(第43回)開催延期について思う@

3月7日は後藤明生を読む会(第43回)が開かれる予定であった。しかし、先般の新型コロナウイルスの流行によって、政府が学校に対して休校の「自粛」を要請。「自粛の要請」とは何とも変な日本語であると思っていると、学校ばかりか、さまざまな公共施設までが「自粛」と称して次々に閉館するような事態となった。われわれの後藤明生を読む会を開いている西宮市の公民館も同様である。西宮市内で新型コロナウイルスに罹患したものが出たということが、閉館の直接の理由だったらしい。会場自体の都合で閉館する以上、こちらからは何もいうことが出来ない。残念無念。それだけである。そして、目下、次回の予定をいつにするか、話を詰めている段階である。
posted by 乾口達司 at 00:00| 奈良 ☔| Comment(0) | 想い | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年03月10日

奈良公園で想う。

先日、所用で奈良公園を通る機会があった。新型コロナウイルスの流行のせいで、奈良公園の観光客はまばらだった。西洋人と思しき観光客をちらほら見掛けただけである。観光地でこの閑散とした状況は厳しい。アベノミクスによって円安が進行し、海外からの観光客が急増した。それにともない、インバウンド効果を当て込んだ飲食店が次々に出現した。何を勘違いしたか、観光客が押し寄せて来たことによってそういった店の一部は、我こそは「日本文化」を体現したものであるといったことまでいい出していた。単に円安だから外国人が来日し、情報発信の効果によって来店していただけなのに、日本の「伝統」や「文化」が認められたとは、まったくもって笑止千万である。しかし、こういった状況になって、取り立てて美味しくはなくとも、外国人向けにお店の情報を積極的に発信して来たことで利益を得て来たような飲食店は、今後、どうするつもりなのだろう。観光客が戻って来るまで果たしてその体力が持つのだろうか。私自身はインバウンド効果だけに頼った店にはまったく足を運ばない。それゆえ、お気の毒に、というしかない。
posted by 乾口達司 at 00:00| 奈良 ☀| Comment(0) | 想い | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年03月09日

桜井市の長谷寺。

FJ3135350001.jpg

確定申告の書類作成も終わり、昨日は午後から雨のなかを外出。ついでに長谷寺にも参拝した。数年振りの参拝である。本尊の観音像はやはり大きかった。本堂まで上ったあたりで雨がやんだ。張り出した舞台から下界を見下ろした。
posted by 乾口達司 at 07:00| 奈良 ☁| Comment(0) | 散策 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

確定申告書類作成。

もたもたしていたため、週末に確定申告の書類作成に着手。完成した。後は提出するだけである。これで心置きなく遊べるというものだ。
posted by 乾口達司 at 06:00| 奈良 ☔| Comment(0) | 自己 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年03月08日

韓国・慶州紀行(ごめんなさい)

慶州バスターミナルから良洞民俗村までは30分ほどであった。バスは入場ゲートの手前のバス停で停まった。ここからだと村は目と鼻の先である。バス停で帰路のバスの出発時間を確認して振り返った際、西洋人の女性とぶつかった。とつぜんの衝撃で動揺したのだろうか、あっと声は出たが、その先の「ごめんなさい」が続かなかった。もちろん、「ごめんなさい」といわなければならないという意識はあった。しかし、真っ先に思い浮かんだのは韓国語の「ミアナムニダ」であった。しかし、相手は西洋人である。韓国語の「ミアナムニダ」が果たして西洋人に通じるのだろうか。そう思ったとたん、何と返事をしたら良いかとっさに思いつかず、私のなかで混乱が生じた。言葉とは不思議なものである。韓国語の「ミアナムニダ」よりも、普段、使い慣れているはずの「アイムソーリー」の一言がどうしても思い浮かばなかったのである。混乱していると、相棒がとっさに「アイムソーリー」といって西洋人に謝ってくれた。そのときはじめて「ごめんなさい」という英語が「アイムソーリー」であることを知ったかのように、私は「アイムソーリー」の響きに新鮮さをおぼえたものである。西洋人は特に立腹している様子はなかった。むしろ、気にするな、といったことを私たちにいってくれているようだった。しかし、おかげで、その後、なぜすぐに謝らなかったのかと相棒からはつめられた。
posted by 乾口達司 at 00:00| 奈良 ☔| Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年03月07日

韓国・慶州紀行(良洞民俗村へ)

FJ3133620001.jpg

世界遺産に登録されている「良洞民俗村」は慶州の市街地からバスで30分ほどのところにある。観光案内所でバスの乗り場と出発時刻を確認。1時間に1本くらいの割合であった。次のバスが出発するまでまだ小一時間程あった。私たちは市街地の西側を流れる川を見に行った。兄山江という名の川であるようだ。兄山江の流れは緩やかだった。流れているのか、流れていないのかわからないほどである。水面に対岸の山々がはっきり映し出されていた。水鳥もたくさん見られた。
posted by 乾口達司 at 17:00| 奈良 🌁| Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年03月03日

後藤明生を読む会(第43回)開催延期のお知らせ。

新型コロナウイルスの感染拡大防止のため、3月7日に予定していた「後藤明生を読む会」(第43回)の会場である「西宮市立公民館」が閉館となりました(3月3日〜3月31日)。したがいまして、「後藤明生を読む会」(第43回)は来月以降に延期します。次回の実施日時等はあらためて告知します。
posted by 乾口達司 at 00:00| 奈良 ☀| Comment(0) | 自己 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年03月01日

「非常時」に抗う。

新型コロナウイルスの流行によって「非常時」であるという認識が社会に広がりつつある。今日、外出すると、確かに人の出がいつもより少なかった。彼らはウイルスを恐れて外出もせず、ただひたすら自宅に閉じこもっているのだろうか。私のようながさつな人間にはまったく理解しがたい行動である。このような実情を踏まえて国会まで閉じよといっている政党もあるようだ。学校を休校させ、人の流れも制限し、一般人同士はトイレットペーパーやマスクの争奪戦で消耗させ、あるいはコロナウイルスを盾にとって彼らを畏怖させながら国会まで閉じて、全権を自主的に総理大臣に委任する気か?これでは独裁の完成である。為政者がもっとも喜ぶ展開である。そして、彼らはその成就を念頭において発言している。私はその流れに抗いたい。といっても、特別な行動は必要ない。いつものように当たり前の日常生活を送ること。病を恐れず、情報にまどわされず、みずからを信じて普段通りに暮らすこと。ただ、それだけだ。
posted by 乾口達司 at 21:50| 奈良 ☁| Comment(0) | 想い | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

トイレットペーパー騒動。

トイレットペーパーの品切れが続いているという。くだらないデマに惑わされたまとめ買いが横行しているのだろうか。実際、昨日、訪れたスーパーでは、トイレットペーパーがまったく見当たらなかった。トイレットペーパーの買い占め騒動は、私が生まれた頃に起こった騒動に起源があったのではなかろうか。東日本大震災のときは、紙オムツが買い占められたのではなかったか。まったくもって馬鹿馬鹿しい限りである。日本人は本当に過去の教訓に学ばない。ひとたび凶事が起こると、日本人は排他的・利己主義の塊となってトイレットペーパーのまとめ買いに走る。これがもはや日本の「伝統」となってしまった。外国人には奇妙な風習に見えることだろう。不思議の国ニッポンの不思議な風習である。しかし、たかだか数十年前にはじまったならわしを平気で「伝統」といってのけてしまう近年の日本には、お似合いの「伝統」である。日本、すごい!最近、しばしば放映されるその種のテレビ番組にとりあげてみてはいかが?
posted by 乾口達司 at 17:59| 奈良 ☁| Comment(0) | 想い | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年02月27日

韓国・慶州紀行(三陵谷)

その後は南山の尾根筋を北上した。ここからは道に迷うことはなかった。下山コースは幾つかあった。私たちは、金鰲峰を経由して、三陵谷を下ることにした。途中、慶州の旧市街地を見下ろせる展望場所があった。こんもりとした大小たくさんの円墳が街のなかに累々と連なっている様子が見て取れた。慶州が古墳と共存している街であることをあらためて印象付けられたものである。三陵に下るまでにもさまざまな石仏を目にした。僧坊もあった。ここでもやはりお坊さんが暮らしていた。こういった光景は日本では意外とお目にかかれないのではなかろうか。道に迷いながらも、日の暮れる前に三陵まで下りて来ることが出来たのは、まことに幸いであった。さすがに足が笑っている。「三陵」の名は、阿達羅王・新徳王・景明王という新羅の三人の王を埋葬した円墳が一直線に並んでいることにちなむ。うねうねと上へと伸びる松の大群が生命力を感じさせ、何とも艶めかしかった。バス停の向かいのオシャレなカフェでコーヒーを飲み、しばし休んだ。内装が真新しく、近年、オープンしたお店のようだった。一匹の猫があたりを徘徊していた。バス停で市街地方面に向かうバスを待っている頃には夕闇となった。秋は夕暮れ。夕日のさして山の端いと近うなりたるに、烏の寝どころへ行くとて、三つ四つ、二つ三つなど、飛び急ぐさへあはれなり。バス停からはまさしくそういった光景が見られた。慶州ってええところやなぁ。あらためてそう口にした。
posted by 乾口達司 at 01:00| 奈良 🌁| Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年02月26日

大和八木で一杯。

FJ3135260001.jpg

先日は久し振りに大和八木へ。ネパール料理のお店に行くつもりが、3月中旬までスタッフがネパールに帰省しているということで、休業中。代わりに訪れたのが“星屑亭”(橿原市八木町1-5-30ダイショービル1F)である。人気店なので席を確保することが出来るか心配したが、たまたまカウンター席が空いていたので、入店。ゴーヤチャンプルーやミミガーの炒め物をいただいた。オリオンビールや泡盛も美味かった。
posted by 乾口達司 at 23:00| 奈良 ☀| Comment(0) | グルメ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

誕生日のお祝い。

FJ3135230001.jpg

先日は仕事帰りに“とり鹿”(大阪市中央区日本橋1-3-5 )へ。相変わらず美味しかった。お腹もいっぱいになった。この年になっても祝ってもらえるとは、有難い限りである。すっかり御馳走になりました。
posted by 乾口達司 at 22:00| 奈良 ☁| Comment(0) | 自己 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年02月22日

韓国・慶州紀行(茸長寺跡三層石塔)

FJ3133490001.jpg

FJ3133480001.jpg

首のない石仏からさらに岩山を登ると、突然、目の前に石塔が現われた。これが茸長寺跡に立つ三層石塔である。今回の南山トレッキングで是非とも拝見したかった石塔である。実に雄大な眺めである。はるか遠くに見えているのは、南山の最高峰・高位峰。崖の上に立つその姿はまことに堂々たるものであった。剝き出しの岩盤を基壇に見立てている演出も心憎い。自然と人工の造形物との調和が見事であった。ここからさらに上方へ足をのはずと、やはり石塔の残骸が見られた。部材となる石材は付近から切り出したのであろう。鑿の跡が残る岩が幾つも見られた。南山にはこういった山岳寺院がたくさんあったようである。
posted by 乾口達司 at 10:00| 奈良 🌁| Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

韓国・慶州紀行(茸長寺跡へ)

FJ3133450001.jpg

正規のルートに復帰した私たちは川にかかる橋をわたり、茸長寺跡を目指した。しかし、ここからの登りが厳しかった。神仙庵からは、一度、川沿いに下っている。そして、ふたたび急斜面を登っていくのである。膝がガクガクである。せめてトレッキングポールがあれば、と思った。統一殿から七仏庵に向かう道中で私たちの前を歩いていた韓国人女性たちが、それぞれトレッキングポールを手にしていた理由が、ここでようやくわかった。南山トレッキングを舐めてかかっていた自分がいかに浅はかであったかを痛切に思い知らされた。急斜面をしばらく登っていくと、やがて視界が開けた。そこからは岩場の連続であった。少し前、遊歩道として安全柵や階段が設置されたようだ。それまではロッククライミングのようにして岩場をよじ登っていくしかなかったようである。やがて目の前に首のない石仏が現われた。茸長寺にあった石仏の一つであるようだ。
posted by 乾口達司 at 07:00| 奈良 🌁| Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年02月21日

韓国・慶州紀行(もう一度、道に迷う)

私たちはもと来た道を戻った。そして、間違える可能性のあった分岐点まで戻って来た。そして、ここでやはり道を間違っていたことを完全に理解した。それからはスムースであった。あらかじめ想定した分岐点を右に曲がり、ため池を左手に見て、川沿いを下流方面に沿って下った。しかし、ここで、もう一度、トラブルが発生した。道なりに進むと、河原に出たのである。河原を少し歩くと、完全に道がわからなくなってしまった。もうすぐ川にかかる橋が見えて来るはずである。したがって、そのまま川沿いを歩いても、やがては橋にぶつかるはずである。しかし、それとは別に川に沿って設けられた正規のルートがあるはずだった。また迷ったな。そういいながら、ふと足元を見ると、細長い紙片が石の上に置かれていた。紙片の上には重しとして小さな石が置かれていた。その紙片の先に目をやると、遊歩道らしきものが見つかった。これによって私たちは正規のルートに復帰することが出来たのである。どうやら、私たちと同じように河原に出てしまった迷子のために、誰かが親切にも紙片を置き、正規のルートへ復帰する方向を教えてくれていたのである。これは実に有難かった。親切な人がいるものである。しかし、正規のルートは川沿いのどこを通っていたのだろうか。私たちは道なりに進み、河原に出てしまったのである。それ以外に間違いなく分岐点などなかった。断言しても良い。私たちはどこでどう間違えて河原になど出てしまったのか。これはいまもって謎のままである。
posted by 乾口達司 at 07:00| 奈良 🌁| Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年02月19日

韓国・慶州紀行(OK Google)

「最終兵器」とは、スマートフォンに搭載された機能の一つ「OK Google」である。相棒が「OK Google」を利用して私たちの現在の位置情報を確認してくれた。「OK Google、道に迷いました。いま、いる場所を教えて」。すると、「OK Google」は次のような回答を寄越した。「あなたはいま大阪市内にいます」。そんなはずはないやろ!いま一度、私たちは「OK Google」に訊ねた。「私はいま韓国にいます。山で道に迷いました。いま、いる場所を教えて」。すると、今度は私たちに韓国語教室を次々に案内しはじめた。何を教えとんねん!「OK Google」を叱りつけると、「OK Google」は次のように返答した。「お役に立てず申し訳ありません」。
posted by 乾口達司 at 07:00| 奈良 🌁| Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

韓国・慶州紀行(南山で道に迷う)

神仙庵からは、南山の尾根筋を目指した。次の目的地は茸長寺跡である。日本を出発する前、あらかじめ神仙庵からの最短ルートを調べておいた。どこの分岐点をどちらの方角へ進むか、そのあたりも調べておいた。そして、間違える可能性の高い分岐点もしっかり確認しておいた。しかし、私たちは、結局、その間違える可能性の高い分岐点でしっかり道を間違えてしまったようである。そのため、進めど進めど、事前に調べておいた分岐点が現れなかった。道を間違えたかも。そう思いはじめたのは、間違えた分岐点を20分ほど進んでからである。道を間違えたとはいえ、道は奥へ奥へと続いていた。道の両脇に小さな土盛りが幾つも見られた。どうやら地元民の墓地であるようだった。したがって、その道をさらに進んでもどこかの集落に出るはずであった。しかし、それでは茸長寺跡へは行けない。私たちはここであらかじめ準備しておいた「最終兵器」を使うことを決断した。
posted by 乾口達司 at 03:00| 奈良 🌁| Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年02月18日

韓国・慶州紀行(神仙庵)

IMG_3723.jpg

神仙庵は七仏庵の背後の岩山にある。七仏庵からさらに岩山を登ること、約10分。断崖絶壁に刻まれた摩崖仏である。少し前に安全柵が設けられた。そのため、危険性は低くなったが、それまでは一歩足を踏み外せば、そのまま真下の七仏庵まで滑落することになったようだ。良くぞこんなところに摩崖仏を刻んだものである。ここにも地元民と思われる礼拝者の姿があった。
posted by 乾口達司 at 07:00| 奈良 ☁| Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年02月17日

韓国・慶州紀行(七仏庵)

FJ3133420001.jpg

「七仏庵」は南山に点在する仏教遺跡の代表格である。その名は、7体の摩崖仏が大きな岩に刻まれていることにちなむ。私たちが訪れたとき、その石仏群にお米をそなえている村人の姿が見られた。彼らは礼拝を繰り返していた。石仏群の脇には僧坊もあり、いまもお坊さんが暮らしている。お坊さんはちょうど石仏に向かってお経をとなえていた。こちらではその石仏群がご本尊であるようだ。
posted by 乾口達司 at 07:00| 奈良 ☁| Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

早めの誕生日会。

土曜日は誕生日会。ケーキをいただきました。ごちそうさまでした。
posted by 乾口達司 at 06:00| 奈良 ☁| Comment(0) | 自己 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年02月15日

韓国・慶州紀行(七仏庵へ)

統一殿を起点にした私たちの南山トレッキングの最初の目的地は「七仏庵」であった。七仏庵までは1時間たらずであった。山道は綺麗に整備されていた。歩きながら気づいたのは、山道の両脇に自生している樹木の多くが松であることだった。私たちが訪れたのは11月の半ばであった。紅葉の季節である。南山では紅葉が綺麗なのではないか。慶州に向かう前はそういいあっていたが、実際には南山に紅葉はほとんど見られなかった。松、松、松である。それもそのはず、南山は松のような厳しい生育環境でも耐えられる樹木が大半を占める岩山であった。
posted by 乾口達司 at 00:00| 奈良 ☁| Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年02月14日

韓国・慶州紀行(南山トレッキング)

統一殿でバスを降りたのは、南山トレッキングの基点とするためであった。統一殿からは南に向かった。集落を抜けると、やがて山道となった。
前方を女性二人が歩いていた。本格的な登山スタイルである。トレッキングポールまで手にしている。そんなに険しい山だと思っていなかった私たちとは、装いがまったく違っていた。大袈裟やな。そう思っていたが、南山のトレッキングにおいては女性たちのいでたちが正解であったことを、その後、痛烈に思い知らされることとなる。
posted by 乾口達司 at 00:00| 奈良 ☁| Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年02月13日

韓国・慶州紀行(統一殿)

統一殿は、1977年、朴正熙政権の時代に建立された施設である。朝鮮半島を統一した新羅時代の英雄たちを顕彰した施設であるようだ。それによって南北統一の機運を高めようとしたのであろう。しかし、あいにく私たちは足を踏み入れなかった。トイレを借りただけである。
posted by 乾口達司 at 06:00| 奈良 ☁| Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年02月10日

某宅で一杯。

FJ3135140001.jpg

FJ3135120001.jpg

FJ3135160001.jpg

先日は仕事帰りに某宅へ。一年振りの鴨鍋、美味かった。先方がお刺身や春巻を用意してくれているとは思わなかったので、お腹がいっぱいになった。高価なワインも出していただき、いたれりつくせりで申し訳ないほどであった。相棒が、昨年、一緒に出掛けた某所でカリンの実を拾った。そのカリンを漬け込んで酒をつくったという。カリン酒は濃厚であった。ついつい飲み過ぎて酔っ払ってしまった。
posted by 乾口達司 at 06:00| 奈良 ☀| Comment(0) | グルメ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年02月09日

橿原市の橿原市昆虫館。

FJ3135190001.jpg

所用があって、久し振りに橿原市の橿原市昆虫館(橿原市南山町624)へおもむいた。おりしも化石発掘体験がもよおされていた。記念にアンモナイトの化石を買い求めた。
posted by 乾口達司 at 17:20| 奈良 ☁| Comment(0) | 散策 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

大和八木で昼食。

FJ3135180001.jpg

冬になると食べたくなるのが、担々麺である。大和八木方面で担々麺といえば、ここ、“一番亭”(橿原市四条町794-1)である。チャーハンとあわせて今回もおいしくいただいた。
posted by 乾口達司 at 17:16| 奈良 ☁| Comment(0) | グルメ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年02月07日

韓国・慶州紀行(バスの運転手)

慶州では、移動にしばしば路線バスを利用した。チャージ式の交通カードを使えば、乗車の際に現金を支払わなくて済んだが、交通カードがどこで販売されているのか、さっぱりわからなかった。とにかく現金を支払っていたのは、私たちだけであった。バスの運転手は日本では考えられないほどスピードを出した。それ自体は特に不快ではなかった。むしろ、早く目的地に着けるので有り難かったくらいである。しかし、一人だけ猛烈に運転の荒い運転手がいた。サングラスとマスクで顔を覆っており、どこかしら凶暴な印象を与える人物であった。あいつは現金を支払った私たちに最後までお釣りを寄越さなかった。走行中、別の乗客が立ち上がると、大声で「Sit!」と繰り返した。乗客を犬か何かのように見なして恫喝しているかのようであった。しかし、相手は乗客なのである。「Please, sit down」というべきだろう。世界中から観光客がやって来る慶州の路線バスには、まったくふさわしくない運転手であった。慶州で唯一残念な体験であった。そんな運転手のバスに揺られて、私たちは統一殿前で下車した。
posted by 乾口達司 at 00:00| 奈良 ☀| Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

韓国・慶州紀行(瞻星台)

FJ3133350001.jpg

善徳女王の時代に築かれたともされる「瞻星台」は、慶州歴史遺跡地区のなかにあった。あたりには何もない。瞻星台だけがぽつんとたっている。東洋最古の天文台遺跡であるといわれている。しかし、真相ははっきりしない。天文台のように見えると思えば、そう見える。別の石造物として見れば、そうとも見える。まことに不思議な建造物である。夕闇迫るなか、広場にぽつんと立つその姿は、なかなか印象深かった。
posted by 乾口達司 at 00:00| 奈良 ☀| Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする