2012年05月25日

プチトマト栽培1

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4月の終わりにプチトマトの苗木を4株頂戴した。5月に入ってから暇を見つけてプランターに移植。プチトマトを栽培するのは今回がはじめてではない。したがって、多少の心得はある。移植してから半月ほどがたったいまでは枝葉を大きく広げている。そろそろ摘心をしておかねばなるまい。トマトの葉は虫が良くつく。要注意である。夏には美味しい実が出来るだろう。いまから楽しみである。
タグ:プチトマト
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2012年05月22日

病状経過報告。

病状といっても大袈裟なものではない。喉に細菌が入り込んで扁桃腺が腫れ、咳が出たりするだけである。しかし、昨夜からY医院でいただいた抗生物質や咳止めの薬を服用しているため、経過はきわめて良い。しつこく残っていた扁桃腺の腫れもほとんど気にならないくらいにまでなった。決められた期間中、服用を続ければ、もう問題はないだろう。あとは日々精進である。
タグ:病気
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2012年05月21日

溶連菌感染症でした。

先日来、喉が痛い。そのことはこれまでの日記にも記して来たとおりである。昨日よりも症状は改善されていることは、扁桃腺の腫れがだいぶおさまって来たことからもわかる。しかし、念には念を入れて、今日は夕方からかかりつけのY医院で診察をしてもらった。診断の結果は溶連菌感染症とのこと。溶連菌感染症とはA群β溶血性連鎖球菌という細菌が喉に感染する病。症状としては喉の痛みや発熱があるものの、抗生物質を1週間ほど服用すれば簡単に完治するという。しかし、なかなかしつこい細菌であるようで定められた期間をきちんと服用し続けなければ、喉に残っている細菌がふたたび増殖し、咳や発熱を繰り返してしまうという。夕食後、早速、抗生物質と喉の痛みを抑える薬を服用した。きちんと服用し、早く病を完治させたい。
タグ:病気
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2012年05月20日

喉が痛い(続き)

喉が痛いことは5月18日の日記に記した。あれから咳はほとんどおさまった。しかし、扁桃腺は依然として腫れており、恢復までにはまだ2、3日は要するようである。身体もだるい。今夜はそろそろ休もうと思う。
タグ: 風邪
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2012年05月19日

二条町の歓喜寺地蔵尊。

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二条町の地蔵堂(奈良市二条町)はあたかも離れ小島のように交差点の中央に建てられている。地蔵堂の周囲は舗装された自動車道となっており、乗用車がひっきりなしに通る。お堂の内部には大小さまざまな石仏が集められている。なかでも、特にもっとも大きな地蔵石仏が実に立派である。舟形光背の前面に厚肉彫りされた地蔵尊は鎌倉時代後期の作で像高は2メートル近く。その魅力としては造型が細やかである上に保存状態がなかなか良いことが挙げられる。流れるような衣紋がはっきりと残されている。右手に持った錫杖の彫りも細やかである。お顔も柔和である。地蔵堂の横には別棟として弘法の井戸も残されている。
タグ:石仏
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2012年05月18日

喉が痛い。

先日来、風邪がぶり返し、いま一つ体調が良くない。風邪そのものは治癒する方向に向かっているものの、咳がまだ残っているせいで喉が痛い。おそらく喉が腫れているのであろう。そのせいで食欲もあまりない。来週は大忙しである。それまでには体調を恢復しておきたい。
タグ:風邪
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2012年05月17日

メダカの学校1

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昨年来、メダカを飼っている。井戸水の入ったプラスチックケースや大きめの甕にメダカを投入。無事に冬も越した。初夏の陽気となった近頃では自由気ままに泳ぎまわっている。まさしく“メダカの学校”である。水温の上昇を抑えるために水底に入れたアサザもたくさんの葉をつけはじめている。メダカはアサザの葉の下をすいすい泳ぐ。すでに尻尾に卵をつけているメスも認められる。これからの季節、たくさんの子どもが生まれることだろう。それにしても“メダカの学校”で子作りとは何とも珍妙な組み合わせである。
タグ:メダカ
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2012年05月16日

岡山で昼食。

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岡山紀行(旭川の潮干狩り)→こちら
岡山紀行(備前長船刀剣博物館)→こちら
岡山紀行(弘法寺踟供養)→こちら
岡山紀行(弘法寺踟供養・被仏)→こちら
岡山で昼食。→こちら

今回の岡山紀行ではかねてより行ってみたいと思っていた“梶屋”(岡山市東区竹原1356-1)を訪れることも出来た。梶屋といえば、名物のエビ丼である。もちろん、エビ丼を注文。写真のようにエビフライ3匹がご飯の上に突き立てられており、そこにタルタルソースがかけられている。ご飯とタルタルソースとの相性が思いのほか良かった。もちろん、エビフライも美味しかった。次回は別のものを注文してみよう。
タグ:
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2012年05月15日

岡山で昼食。

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岡山紀行(旭川の潮干狩り)→こちら
岡山紀行(備前長船刀剣博物館)→こちら
岡山紀行(弘法寺踟供養)→こちら
岡山紀行(弘法寺踟供養・被仏)→こちら

先日の岡山紀行ではちょっとした集会に出席した。そこで出されたのが“一扇”(岡山市北区田町2-7-10)の仕出弁当(5000円)である。これがまことに美味しかった。刺身、煮物、揚げ物、その他、大変なボリュームである。酒が入っていたこともあってその場ではすべてをたいらげることが叶わなかった。食べ残しは有り難く持ち帰り、後刻に食した。機会があれば、いつか店舗で食事をいただきたいものである。
タグ:弁当
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2012年05月14日

矢田丘陵縦走41

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久し振りに矢田丘陵を歩いた。前回、矢田丘陵を歩いたことは1月15日の日記に記した。あれからもう4ヵ月がたったのか。早いものである。今回も同じように子供の森から尾根筋へと駆け上がり、松尾寺・法隆寺を経由した。前回の散策時、冬枯れの木々によって占められていた矢田丘陵はすっかり新緑に覆われていた。写真は尾根筋で見かけたヤマツツジ。すでに枯れかけている花が多かった。ヤマツツジの季節が終わるとそろそろ梅雨であろうか。今度はキノコがぽつぽつ出現しはじめる。
タグ:矢田丘陵
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2012年05月13日

ベルフルール押し花教室押し花作品展。

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5月7日の日記でも案内しているように母親が主宰するベルフルール押し花教室の第11回押し花作品展がもよおされた。8日からはじまった作品展も今日が最終日である。最終日であるということもあって朝から会場であるなら工藝館ギャラリー阿字万字(奈良市阿字万字町1-1)へ見学におもむいた。これまでの作品展と同様、会場には母親およびその教え子らの作品数十点が展示されていた。一人で数点の作品を出展している人もいた。実に熱心である。風景を描いた作品が多かったが、それ以外のものも見られた。日曜日の午前中ということもあって来場者の数は決して多いわけではなかった。しかし、作品を熱心に見ている来場者もいた。お疲れ様でした。
タグ:押し花
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2012年05月12日

岡山紀行(弘法寺踟供養・被仏)

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岡山紀行(旭川の潮干狩り)→こちら
岡山紀行(備前長船刀剣博物館)→こちら
岡山紀行(弘法寺踟供養)→こちら

毎年5月5日にもよおされる弘法寺(岡山県瀬戸内市牛窓町千手239)の踟供養については5月11日の日記で紹介した。今回は踟供養に登場する迎え仏としての被仏に焦点を当ててみよう。5月11日の日記にも記したように、被仏は中将姫の小さな像をいただく行道一行をお迎えする際に登場する。興味深いのは、その際、実際に人がその被仏のなかに入って一行を出迎えていることである。その様子は以下の写真をご覧いただきたい。

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ご覧のように内部が空洞化しており、裾部から人間が頭を差し込んですっぽり被るようになっている。3枚目の写真は被仏の裾部。人が内部に入り込む際は周囲の人に本体を高く持ち上げてもらっているあいだにここから上半身を突っ込むことになる。

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実際に内部に入った男性の話では、人間の頭部は仏像の腹部あたりに位置しており、それ以上、上部には進まないように肩当てのようなものがもうけられているという。内部から両腕で仏像を支えるだけの空間はない。したがって、自力では内部から本体を支えることが出来ず、両脇から人に支えてもらわなければ、立ったままの状態を維持することは出来ない。腹部にもうけられた覗き穴は内部から外の様子をうかがうためのものである。4枚目の写真はその覗き穴を拡大したものである。

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外界との接点はこの小さな覗き穴しかない。そのため、実際に内部に上半身を入り込ませると息苦しく、酸欠に近い状態になるらしい。もちろん、内部はほぼ真っ暗である。こういった被りづらい形状を勘案すると、はじめから人が被ることを目的にして作られたものではないことが推察される。2011年11月6日の日記にも記したように、上部と裳裾部とを分離させた上下二部式像が一般に現れて来るのは中世以降のことである。弘法寺の被仏も本来は二部式像としてまつられていたものが何かの理由で裳裾部が失われ、上部が行道用の被仏として転用されることになったのであろう。行道の一行が入堂し、迎え仏としての役割を終えると、男性は周囲に助けられて被仏から出て来る。男性は汗びっしょりである。酸欠に近い状態になってしまっているのであろうか。息も絶え絶えである。立っていられず、すぐにその場に這いつくばっている。内部に入っている時間は15分から20分程度である。傍目には大した時間ではないように思われる。しかし、実際には、相当、苛酷な状況なのであろう。踟供養の表向きの主役は小さな中将姫像である。しかし、裏の主役、真の主役は被仏のなかに入る男性であることは間違いない。男性が被仏から出て来ると、周囲からは拍手が起こっていた。
タグ:行事 仏像
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2012年05月11日

岡山紀行(弘法寺踟供養)

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岡山紀行(旭川の潮干狩り)→こちら
岡山紀行(備前長船刀剣博物館)→こちら

弘法寺(岡山県瀬戸内市牛窓町千手239)では毎年5月5日に踟供養(岡山県指定重要無形民俗文化財)がおこなわれる。踟供養は中将姫が極楽浄土へ導かれる様子を演じた宗教劇とでもいおうか。私の住む奈良県内でも、中将姫伝説のお膝元に相応しく、當麻寺の練供養など、数ケ寺で練供養がおこなわれている。弘法寺の場合、一般に「練供養」と記される表記が「踟供養」と表記されているのがまず興味深い。当日は午後2時から法要がいとなまれ、菩薩面をつけた人たちや僧侶、稚児らの行道がはじまるのは法要が終わる午後3時頃からである。近年の行道は塔頭である東寿院と遍明院とのあいだを行進することになっており、出発地点と到着地点は毎年入れ替わる。今年は東寿院を出発し、遍明院に到着するというルートであった。午後3時、法螺貝を吹き、銅鑼を打ち鳴らしながら、一行が東寿院を出発。坂道を30分ほどかけてゆっくり登り、遍明院へと向かった。何しろ一行のなかには仮面を被り、視界のほとんどを遮られた状態のものも多くいるのである。付き添いのものに介助され、自分でも足元を確かめながらゆっくり進むしかない。遍明院では内部に人が入った被仏(阿弥陀如来像)が迎え仏として待機しており、一行が入堂するたびにお辞儀を繰り返していた。中将姫の木像が入堂すると一連の行事は終了である。当日は寺宝の特別公開もおこなわれており、普段は閉じられている収蔵庫も一般に開放されている。遍明院では5体から成る木造五智如来坐像(国重文)を拝観することが叶った。昨年だったか、一昨年だったか、岡山県立美術館でもよおされた特別展で拝観して以来である。東寿院では本堂にまつられた快慶作の木造阿弥陀如来立像(国重文)を拝観することが出来た。境内ではうどんの接待もおこなわれており、檀家をはじめとする関係者総出で踟供養を盛り上げようという気概が感じられた。ただ、その関係者のなかに若者がいなかったのは気になる。関係者の高齢化が進むなか、その前途に一抹の不安も感じたのも事実である。
タグ: 行事
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2012年05月09日

岡山紀行(備前長船刀剣博物館)

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岡山紀行(旭川の潮干狩り)→こちら

備前長船刀剣博物館”(岡山県瀬戸内市長船町長船966)を訪れるのははじめてである。その名のとおり、日本刀の名刀を展示した博物館である。備前長船は古くより東の美濃と並んで刀剣の生産がさかんな地域であったという。敷地内にもうけられた鍛刀場では刀身を作る刀匠たちの仕事振りを見学することが出来る。刀剣工房では塗師・白銀師・刀身彫刻の技法を見学することが出来る。刀剣そのものにはさほど興味のない私にも彼らの実演は興味深かった。毎月第2日曜日には古式鍛錬の様子も公開されているという。刀剣の製造過程をビジュアル的に紹介したコーナーも勉強になった。
タグ:刀剣
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2012年05月08日

岡山紀行(旭川の潮干狩り)

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今回の岡山旅行では潮干狩りも楽しんだ。潮干狩りの場所として選んだのは旭川の下流である。正確にいえば、旭川大橋と岡南大橋とのあいだ、東岸に設けられたT字形のケレップ水制脇に広がる浅瀬付近である。バケツを持ち合わせていなかったため、ペットボトルを切り取った即席の容器を急遽用意した。スコップで砂地を掘る。大小さまざまなアサリを見つけることが出来た。なかには市販のものよりも大きなアサリもあった。翌朝、収穫したアサリ入りの味噌汁を作った。身が大きくぷるぷるして美味しかった。
タグ:潮干狩り
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2012年05月07日

ベルフルール押し花教室押し花作品展のお知らせ。

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宣伝告知。母親が主宰するベルフルール押し花教室の第11回押し花作品展が明日からなら工藝館でもよおされる。母親およびその教え子らの作品が展示されている。近くの人は足を運んであげて下さい。宜しくお願い申し上げます。

日時:2012年5月8日(火)〜13日(日)午前10時〜午後4時(8日は13時〜)
場所:なら工藝館ギャラリー阿字万字(奈良市阿字万字町1-1)
タグ:押し花
posted by 乾口達司 at 17:10| 奈良 雨| Comment(0) | TrackBack(0) | 自己 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年05月06日

帰宅しました。

ゴールデンウィークの後半は岡山を旅して来た。本日、無事に帰宅。今日は特に帰省のラッシュに巻き込まれることもなく、思いのほか早く帰宅することが出来た。今回の旅の記録は、明日以降、少しずつアップしていこう。旅の疲れが出たのか、調子が悪い。とにかく今日はもう寝ます。
タグ:岡山
posted by 乾口達司 at 22:14| 奈良 晴れ| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年05月03日

旅に出ます。

ゴールデンウィーク後半に突入した。ゴールデンウィークの後半は旅に出る。帰宅は6日の予定。天気も回復して来たようである。雨が上がり、これから暖かくなるのであろうか。
タグ:
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2012年05月01日

京都市の同聚院。

同聚院(京都市東山区本町15-799)は東福寺の塔頭である。 東福寺を訪れる観光客は方丈や本堂、国宝の三門あるいは重森三玲の庭園にばかり目を奪われてしまいがちである。しかし、東福寺を訪れた際、是非にも訪れて欲しいのが、同聚院である。同聚院といえば、やはり不動明王坐像である。像高265センチメートルの丈六仏である。平安時代を代表する仏師・定朝の父親である康尚の作とされており、かつては藤原道長によって建立された五大堂に安置されていたものであるという。創建当初は残り4体の丈六明王像も安置されていたという。現存する一体だけでも充分に迫力がある。5体すべてが揃っていたときはさぞかし圧巻そのものであっただろう。
タグ:仏像
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2012年04月30日

京都市の法性寺。

公益財団法人京都古文化保存協会による平成24年度春季京都非公開文化財特別公開で法性寺(京都市東山区本町)の国宝・千手観音菩薩立像が一般公開されている。今日は法性寺を拝観するために京都までおもむいた。狭い境内は千手観音菩薩立像を一目見ようとする観光客で大行列であった。混んでいるときの拝観は人数制限がおこなわれ、入堂を許されるまでしばらく待たなければならない。ようやく通された堂内の座敷はこれまた拝観を待つ観光客でひしめいていた。千手観音菩薩立像は110センチメートル。唐の影響を強く受けた平安時代前期から国風文化の開花する中期以降にうつる過渡期に作られた仏像である。28の面相を持っているのも珍しい。しかし、厨子のなかにおさめられた本像から拝観を許されている座敷までは距離がある上、照明も思いのほか暗く、そのお顔をはっきり確認することは難しい。帰宅後、所有している図鑑であらためてそのお顔やお姿を確認したほどである。普段、一般に拝観するのが難しい仏像である。せっかく一般に公開しているのであるから、照明をもう少し明るくして拝観しやすい環境を整えて欲しかった。
タグ:仏像
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2012年04月29日

暑かった。

今日は午前中に仕事を終わらせた。人と落ち合う予定があり、その後、平城宮跡へ出掛けた。暑い日であった。最高気温が30℃近くはあったのではなかろうか。4月とは思えないような気温である。日陰のあまりない平城宮跡を歩いているだけで体力が消耗してしまった。おまけに昨夜は夜遅くまで仕事に取り掛かっていたために寝不足である。暑い上に睡眠不足で途中からクラクラして来た。明日は今日よりは涼しくなるのであろうか。もう少し涼しくなり、快適なゴールデンウィークを送りたいものである。
タグ:平城宮跡
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2012年04月28日

南永井町の石仏。

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北之庄南の交差点を都南中学校方面に向かう。150メートルほど進むと左手に折れ込む道があり、その脇に写真の石仏がまつられている。等身大の石に錫杖を手にした地蔵菩薩立像である。印象深いのはそのお顔である。ご覧のとおり、その造型は稚拙である。首と胴体とのバランスも悪い。しかし、この場合、稚拙な造型がかえってユーモアと親しみやすさを印象付けている。
タグ:石仏
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2012年04月27日

東大阪市の大阪府立中央図書館。

所用があって午後から大阪府立中央図書館(東大阪市荒本北1-2-1)へおもむいた。一時期、ほとんど足を向けない時期もあったが、最近は仕事関係や私的な調べものでしばしば利用している。今年になってもう何度目の訪問であろうか。平日ということもあって人の出入りも少なく、作業もはかどった。ついでに朝鮮総督府官報や朝鮮総督府が作成した植民地時代の朝鮮主要都市を対象にした測量図も閲覧していろいろなことを教えられた。新たな発見もあった。たまにはこういった単純な調べものも良いものである。
タグ:図書館
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2012年04月26日

鳴川町の徳融寺(笠塔婆石仏)

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徳融寺(奈良市鳴川町25)の境内には笠塔婆の形をした石仏が立っている。鎌倉時代中期の作で高さ115センチメートル、幅は40センチメートル。北面に当たる正面に刻まれているのは薬師如来立像である。東面には釈迦如来立像、南面には阿弥陀如来立像、西面には弥勒仏立像がそれぞれ刻まれている。面相には部分的に摩滅が見られるものの、衣文の様子ははっきりと確認することが出来る。両脇には2基の宝篋印塔も立っており、それぞれ中将姫とその父・藤原豊成の供養塔であるとされる。境内は奥行きがあって広く、本堂の側面および背面には墓地も広がっている。春には桜が真っ白い花を咲かせて美しい。桜の季節には時折参詣し、境内を散策させていただいている。
タグ:石仏
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2012年04月24日

井上町の高林寺。

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高林寺(奈良市井上町12)は付近に点在する誕生寺や徳融寺、安養寺などとともに中将姫ゆかりの寺院の一つであるといわれる。毎年4月13日には中将法如尼御忌会式がとりおこなわれ、その折に中将姫にちなんだ寺宝の数々を拝観することが出来る。写真は本堂の前に位置する円墳。中将姫の父・藤原豊成の墳墓であると伝わる。墳丘には小さな石塔が建てられている。参道には擬宝珠の形をした石柱に三尊仏を彫った石塔もある。こちらも珍しい。
タグ: 石塔
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2012年04月23日

恢復。

先日来、頻繁に出ていた咳もようやくおさまった。原因はわからない。やはり花粉の影響であろうか。今日は完全オフ日だった。咳の心配もなくなったため、午後からはのんびり散策した。奈良公園では浮御堂にまで足をのばして鹿と戯れた。暑い一日だった。早くも初夏の雰囲気である。明日も暑くなりそうである。絶好の洗濯日和・散歩日和である。風邪などひいている場合ではあるまい。
タグ:風邪
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2012年04月22日

鳥羽で昼食。

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朝から近鉄特急を利用して鳥羽までおもむいた。昼食をとったのは近鉄鳥羽駅近くの“戸田家”(三重県鳥羽市鳥羽1-24-26)である。あらかじめ予約していたこともあり、個室の座敷でランチをゆっくりいただくことが出来た。魚の刺身は仲居さんが切り分けてくれた。釜飯には蛸の切り身が入っており、これも思いのほか美味しかった。酒は瓶ビールと日本酒を注文。食後、しばらく休憩してから大浴場におもむいた。あいにくの天気である。そのため、遊覧船に乗ったりすることは出来なかったのは残念である。次回、鳥羽を訪れたときは海を満喫したいものである。
タグ:鳥羽
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2012年04月21日

咳。

昨日から咳が続く。風邪がなおったかと思いきや、今度は咳・咳・咳である。喉が痛くて仕方がない。風邪ではなかろう。では、原因は何か。花粉だろうか。そういえば、花粉症がひどかった3月にも同じように激しく咳き込む日が何日か続いたものである。明日は日帰り旅行に出る。旅先で咳がひどくならないことを祈るばかりである。
タグ:
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2012年04月20日

大和郡山市の豊国製麺所。

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“豊国製麺所”(大和郡山市今国府町129-3豊国ヌードル内)は豊国ヌードルの直売所である。事務所の片隅に販売コーナーが設けられており、そこで豊国ヌードルの商品を買い求めることが出来る。豊国ヌードルの商品を使った軽食も食べることが出来るようである。しかし、私の場合はもっぱら購入ばかりである。買い求めるのはうどんやパスタなどいろいろである。先日はニョッキを買い求めた。帰宅後、ニョッキを使った料理を作ってみた。生地がもちもちして美味しかった。次は何を買ってみようか。いまから楽しみである。
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2012年04月19日

横田町で昼食。

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元祖タマユラーメン”(大和郡山市横田町75-1)は、その名のとおり、タマユラーメンの店として知られている。以前、別のところで別の名前で営業されていた頃に訪問して以来である。したがって、店舗が当地に移転して来てからははじめての訪問となる。もちろん、名物のタマユラーメンを注文。まろやかな豚骨スープである。毎日食べても食べ飽きないのではないか。そう思わせるほど臭みもなく、食べやすい。麺は豚骨ラーメンに相応しく「バリカタ」でお願いしてみた。開店早々ということもあり、店内に客の姿はなかった。
タグ:ラーメン
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2012年04月16日

橿原市の益田岩船。

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先日、益田岩船(奈良県橿原市白橿町)を訪れた。10代の頃に訪れて以来ではなかろうか。東西が約11メートル、南北が約8メートル、高さが約5メートルという巨大な石造物である。頂上の平坦部分には幅約1.6メートルの溝が彫られている。その溝には一辺が約1.6メートル、深さ約1.3メートルの穴が並んでいる。実に奇妙な構造を持った石造物である。事実、用途については石碑の台石説、天文台説、横口式石槨説と幾つかとなえられており、見解が定まってはいない。個人的には、先の発掘調査により、斉明天皇の真の陵墓であることがきわめて有力となった牽牛子塚古墳の特異な石室との構造の類似性にもとづき、牽牛子塚古墳の築造前に造られた未完成の横口式石槨であるという説をとっているが、物的証拠があるわけではないため、実際のところはわからない。未完成の横口式石槨であると考えていながら、その一方で壁面には実は隠れた入口があり、内部にはいまも竹内老人=武内宿禰がタイムカプセルに入って人工冬眠を続けていると思い込んでいる自分自身もいる。『暗黒神話』(諸星大二郎)の読み過ぎである。
タグ:石造物
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2012年04月15日

体調回復。

風邪をひいて体調を崩していた。昨日はおとなしく自宅に引きこもって仕事をこなした。それも珍しくスローペースで仕事をこなした。そのかいもあって今日にはほぼ恢復。おかげで午後からは“けいはんな記念公園”(京都府相楽郡精華町精華台6-1)までおもむいてお花見を楽しむことが出来た。桜はそろそろ散り初めであった。しかし、まだ充分に楽しめた。あたたかい陽射しのもと、びっくりするほど大勢の花見客がやって来ていた。病み上がりということもあり、それほど無理をせずに早めに退散。明日も完全オフである。明日で完全に体調を恢復させよう。
タグ:風邪
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2012年04月13日

春の風邪。

季節の変わり目にしばしば風邪をひく。今年も例外ではなく、どうやら風邪をひいたようだ。冬のあいだ、羽毛布団を愛用している。しかし、この頃は夜中もあたたかく、朝、起きると布団をはねのけて寝ていることが多い。そのせいだろう。週末はゆっくり静養して恢復に努めたい。
タグ:風邪
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2012年04月11日

西新屋町の小塔院・宝篋印塔。

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小塔院(奈良市西新屋町45)は元興寺の子院である。現在は狭い境内にささやかな御堂が一つ建っているだけである。宝篋印塔は御堂の裏手、崖のすぐ手前に立っている。鎌倉時代後期の作で奈良時代後期から平安時代にかけて活躍した学僧・護命を供養して建てられたものであるという。相輪の先端部分が欠損しているのが残念である。しかし、保存状態は良い。なかなか見応えがある。
タグ:石塔
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2012年04月10日

大渕町の御嶽山大和本宮。

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日曜日に御嶽山大和本宮(奈良市大渕町)へ花見に出掛けた。その名のとおり、御嶽山大和本宮は御嶽山を信仰する御嶽教関連の宗教施設である。しかし、私にとっては花見の名所の一つである。日曜日は花見にちなんだ祭典がおこなわれていた。仮設の舞台ではフラダンスや音楽の演奏などさまざまな演芸が披露されており、老若男女を楽しませていた。日曜日の時点ではまだ桜は満開ではなかった。しかし、今日あたり、もう満開になっているのではなかろうか。明日の雨が花散らしの雨になるのだろうか。心配である。
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2012年04月09日

後藤明生を読む会(第9回)

後藤明生を読む会(第8回)→こちら

一昨日は後藤明生を読む会の第9回目がもよおされた。今回のテクストは『嘘のような日常』(平凡社/1979年2月)である。いつものように代表の発表者が基調報告をおこなった。その後、参加者で討議がおこなわれた。今回も話題となった事柄をアトランダムに列記しておこう。重要アイテムとして母のつけている「補聴器」がある。「補聴器」をはずすという行為が「わたし」を含む親族に対する拒絶の姿勢を表している。父の三十三回忌法要への無関心。結婚の失敗が自分のせいであるという受け止め方とそれを時代のせいにはしたくないという意志。三十三回忌は「わたし」にとっては過去=朝鮮での暮らしを思い出す良いきっかけであるが、母親にとってはそうではない。両者のズレ=「母」の他者性。「わたし」にとって過去を回想するための装置として母の存在がある。すなわち、母とは「補聴器」(回想を補助する)そのものである。しかし、「補聴器」をはずすということは、「わたし」にとっては過去を回想する装置を奪われることにもなる。それは「わたし」が過去から断ち切られた存在であることを指し示している。そのことはラストのシーンにもっとも劇的且つ滑稽に表されている。朝鮮半島の思い出を想起しようとして来た『夢かたり』『行き帰り』『嘘のような日常』という一連のシリーズは筆を進めるにともなって回想される出来事の豊饒さよりも反対に貧しさ、断絶、不可能性を浮かび上がらせてしまうという点にいわゆる回想録的な小説との違いが認められる。「補聴器」をはずすという行為を小説の方法論として読むと、出来事に対する「補助」=統一的な解釈や見解などを拒絶するということになるのではないか。母が「補聴器」を落としたことに対する甥・姪・兄嫁の解釈の羅列は出来事に対する解釈を一本化しようとするつもりがないことを表している。まったく関わりのない出来事の羅列が各所で認められる。それらも出来事を作者として統一的にとらえる=「補助」することを拒絶としていることと関連しているのではないか。「数珠」や「屏風式」の「真宗在家勤行集」も重要アイテムである。これらはいずれも「結合」の象徴として登場するが、重要なのは「わたし」がそれらを法要の折に忘れて来ているという点にある。いわば、それは「結合」の不可能性であり、「ばらばら」であることに対する認識と関わっている。甥が「阪神」や「大洋」といった球団(結合としての集団)よりも「掛布」や「シピン」といった特定の選手(個)に関心を持っているという記述も「結合」としての集団よりも「ばらばら」としての個人に力点が置かれていることを暗示している。「花山里」における大阪行の滑稽な顛末。「気になるデパート」という表現そのものが気になる。中島とのやりとりを「〜気がする」「錯覚かも知れない」「思い出せない」と表現し、読み手のもっとも読みたいはずの敗戦秘話・哀話を相対化・拒絶している。後藤の関心はそういった秘話・哀話を書こうという点にはない。李恢成「邂逅はあるか」(『イムジン江をめざすとき』所収)における後藤と李との「いい争い」について。坂口安吾の『堕落論』=「墜ちる」ことに対する憧れと飛行機が「落ちては困る」という表現とのズレ=滑稽さ。朝鮮時代の父=後藤規矩次が雑貨商としてだけでなく、永興自動車運輸株式会社や料亭の株式会社二水園の経営にも取締役として関わっていたこと。母に「平凡な母親」を期待し、自分自身、「平凡な父親」として振る舞おうと考えていること。父の墓も平凡なもので良いと考えていること。「平凡さ」を求めることがかえって非凡な現実を招き寄せてしまっている。次回の研究会は6月の予定。『夢と夢の間』(集英社/1978年2月)について討議をする。
タグ:後藤明生
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2012年04月06日

花冷え。

荒天がおさまったかと思いきや、今日は花冷えの一日であった。寒の戻りというのが適切なのであろうか。時折、冷たい雨の降る一日であった。おかげで4月とは思えないほど寒かった。明日も寒いという。小雨がちらつくこともあるかも知れない。風邪をひかないように注意しよう。
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2012年04月05日

香芝市の屯鶴峯。

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先日、久し振りに屯鶴峯を訪れた。小学生以来ではなかろうか。県の天然記念物に指定されている屯鶴峯は二上山の火山活動に由来する奇岩群。二上山の火砕流が堆積した後、長年にわたる地殻変動や侵食作用などによって、現在のような姿になったという。近鉄南大阪線と並行して走る県道703号線沿いに駐車場が設けられており、そのすぐ近くから山側へ登っていくと数分で白一面の奇岩が顔をのぞかせる。不思議な眺めである。小学生のときにこの地を訪れたときには岩の上に腰を下ろし、弁当を食べたように思う。最近は訪れる人も稀なのであろうか。訪れたときには観光客の姿は皆無であった。
タグ:屯鶴峯
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2012年04月03日

春の嵐。

今日は午前9時前からポツポツと雨が降りはじめた。しかし、事前の予報どおり、暴風雨になるような状況ではなかった。このままの様子だと予報されていたような大雨にはならないのではないか。そう思いながら仕事をしていると午後3時前から急激に雨と風とが強まった。窓ガラスを叩きつけるような猛烈な雨風である。「春の嵐」という言葉がピッタリの凄まじい暴風雨である。全国で被害が発生しているようだ。奈良ではもう雨はあがっている。風も弱まっている。外に出てみると風で舞い上げられた花粉が飛び交っているようで連続してクシャミをした。
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2012年04月02日

春到来。

今日は午前中から外出した。ちょっとした用事で市役所を訪れると、新年度ということもあり、それぞれの部署は人・人・人でゴッタ返していた。その後、平城宮跡を散策。先日来、顔をのぞかせていた土筆は多くの人に採られてしまったのか、あまり見つからなかった。土筆に代わって桜の蕾が大きくふくらんでいる。明日は雨だそうだ。雨があがった頃からいっせいに開花しはじめるのではなかろうか。越冬を終えた自宅のメダカは水面を優雅に泳いでいる。春本番の陽気である。
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2012年04月01日

木蓮。

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庭で木蓮が開花している。青空に向けて白い花が次々と咲いている。いまが最盛期であろう。木蓮の次は桜である。桜の蕾も大きく膨らんでいる。すでに開花をはじめている桜も街中で見かける。いよいよ春本番である。
タグ:木蓮
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2012年03月31日

年度末。

年度末である。今日は土曜日。しかし、只今仕事中である。仕事は4月1日の午前中までかかる予定。今年は年度を越して仕事をすることになりそうである。来年度もこれまで以上に公私ともども充実させてゆきたいものである。
タグ:仕事
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2012年03月29日

ミウ・マオ来訪。

ミウとマオが来訪した。前回の来訪は2年前の5月である。前回は東大寺や奈良公園を案内した。今回は平城宮跡附近を一緒に散策した。まずはならファミリー内のレストラン街で昼食。その後、平城宮跡の第一次大極殿と平城宮跡資料館を案内した。ミウとマオにとってははじめて訪れる場所である。しかも、大極殿の大きさ、平城宮跡の雄大さに圧倒されたようである。案内のかいがあったというものだ。次回の来訪ではどこを案内してやろう。いまから楽しみである。
タグ:平城宮跡
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2012年03月28日

平群町の杵築神社(木造深沙大将立像)

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杵築神社(奈良県生駒郡平群町福貴畑1396)境内の観音堂に安置された木造聖観音坐像のことは昨日の日記のなかで触れた。観音堂には他にも数体の仏像が安置されている。そのなかでも言及しておかなければならないのは木造深沙大将立像である。像高約2メートル。檜材の寄木造で室町時代後期の作であるという。清水俊明の『やまとのかくれ仏』(創元社/1976年1月)のなかでも写真つきで紹介されていたため、かねてより拝観したいと思っていた仏像である。清水はその姿を次のように解説している。「深沙大将は、きわめて怪異な形相をしていて、髪は逆立つ災髪で、眼を怒らし、牙をむき、大忿怒の面相で、手には青蛇が巻きつき、裸の腹部には子どもの顔をあらわし、片足を大きく踏み出して岩座に立っている」。目を凝らしてみると、面部には彩色が残されているようである。しかし、遠目からは「裸の腹部」に表されているという「子どもの顔」までは確認することは出来ない。いつか堂内でじっくり拝観したいものである。
タグ:仏像
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2012年03月27日

平群町の杵築神社(木造聖観音坐像)

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近鉄生駒線から十三峠に向かって山道を登っていくと福貴畑の集落にたどり着く。集落には杵築神社(奈良県生駒郡平群町福貴畑1396)が鎮座している。本殿と並行するようにして観音堂が建てられており、正面の格子戸から内部を覗くと、奥に幾つかの仏像が安置されているのがわかる。中央に安置されているのは観音堂の本尊・聖観音坐像である。像高93.4センチメートル。檜材の寄木造で素地仕上げ。差首の後頭部内面に銘文が墨書されており、それによると「天文十七年甲戌八月十八日」に「宿院仏師源次」によって造られたという。「天文十七年」とは西暦1548年のこと。当時、南都を基盤にして活躍していた番匠出身の宿院仏師の手によって造られた仏像であるという点が興味深い。とりわけ製作者の源次は宿院仏師のなかでも知られた仏師の一人であり、源次の手によって造られた仏像は奈良県下だけでも幾つか存在する。まさか奈良と大阪との県境に近い鄙びた山中で源次によって造られた仏像と対面することになろうとは思いも寄らなかった。
タグ:仏像
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2012年03月26日

平群町の信貴山朝護孫子寺。

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信貴山朝護孫子寺(奈良県生駒郡平群町信貴山)を訪れるのは十数年振りではなかろうか。子どもの頃から何度も参詣している。前回は大阪側からケーブルを使ったのではなかろうか。朝護孫子寺といえば、やはり「寅」であろう。しかし、注意してみると、いたるところに本尊・毘沙門天の使者であるムカデをかたどったものが見られる。本堂の欄間や燈籠にもさりげなく刻まれている。「寅」は良く目につく。しかし、「ムカデ」の方は思いのほか目につかない。参詣の折、「ムカデ」を探してみるのも一計であろう。なかでも、印象深いのは戒壇巡りである。戒壇巡りとは本堂の真下に設けられた回廊をめぐる修行のこと。長野県の善光寺にも同様のものがあったように思う。回廊の内部は真っ暗闇であり、そのなかにひとたび足を踏み入れると、壁伝いに手探りで進んでいかなければ、自分がいま前を進んでいるのか、それとも後ろに向かっているのかさえわからない。途中、燈明の設けられた場所がある。灯りのなか、十二支それぞれの守本尊がお祀りされている。漆黒の回廊のなかで、唯一、灯りが得られる場所である。そこからふたたび暗闇のなかを進んでいくと、暗闇のなか、鉄の錠前に触れる。これが覚鑁上人ゆかりの「如意宝珠」と深い関わりを持つ錠前である。子どもの頃、戒壇巡りが怖かった。しかし、怖いながらも、参詣のたびに入堂して恐怖を新たにした。恐怖を感じるだけに戒壇巡りを終えるとかえってすがすがしい気持ちにさせられたものである。もちろん、今回も戒壇巡りをさせていただいた。闇と光。恐怖と僥倖。その糾える縄の如き関係のなかで人は生かされていることを実感する。
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2012年03月25日

平城山で昼食。

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“らーめん大魔神”(奈良市左京6-2-5 )をはじめて訪れた。豚骨醤油・豚骨塩・豚骨味噌の3種類のスープを選ぶことが出来る。今回はもっともオーソドックスであると思える豚骨醤油ラーメンを注文した。出された白濁のスープは濃厚である。しかし、思いのほかしつこさはなくてむしろクリーミーである。野菜が入っているのも気に入った。麺自体にこれといった特徴はないものの、スープとはほど良く絡んでいた。次は豚骨塩を注文してみようか。
タグ:ラーメン
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2012年03月24日

出産。

従兄弟夫婦に間もなく待望の赤ちゃんが生まれるということは昨日の日記に記した。昨日、そのことを書いていた頃に赤ちゃんが生まれたようである。性別は女の子とのこと。詳細についてはまだ聞かされてはいないものの、まずは一安心である。子育ては大変であろう。これからの奮闘を心より祈りたい。
タグ:子ども
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2012年03月23日

出産間近。

京都に住む従兄弟の奥方が産気づいた。今日、そういう連絡を両親から受けた。予定日が3月であるということは以前に聞いていた。しかし、すっかり忘れていた。それだけに両親から話を聞いたときは驚いた。いよいよ今日である。従兄弟夫婦にとってははじめての子どもである。仕事を終えた従兄弟は、今頃、病院に駆けつけ、奥方の頑張りを献身的に支えているのであろうか。それとも残業で会社を抜け出すことが出来ず、もどかしく思っているのであろうか。いずれにせよ、いよいよである。無事の出産を祈りたい。
タグ:出産
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2012年03月21日

花粉症?風邪?

一昨日から昨日にかけては咳がひどかった。さいわいにも鼻水はあまり出なかった。この症状はいったい何だろうか。花粉症であろうか。しかし、花粉症の際、クシャミや鼻水がひどいことはあっても咳が続くといった状態はいままでになかったことである。それとも風邪をひいたのであろうか。しかし、風邪にしては他に悪寒などの自覚症状があったわけではない。咳は今朝にはおさまってしまった。昨日・今日と自宅で仕事をしていたせいだろうか。花粉症の症状も見られない。いたって快調である。しかし、一昨日から昨日にかけての咳はいったい何だったのだろうか。
タグ:風邪 花粉症
posted by 乾口達司 at 21:21| 奈良 晴れ| Comment(0) | TrackBack(0) | 春夏秋冬 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする